松山が熱を出した。
馬鹿でも風邪ひくことってあるんだな、と悪態をついたが、それにすら反応できないくらいで。
これは今流行りのインフルエンザというやつでは…と思って病院へ連れて行ったがそうではなかった。
結局のところは高熱を伴う風邪ってことで、松山に薬を飲ませて寝かせて、
俺はスーパーに買い物に出かけた。

とりあえず、食べられる物を食べさせてくださいね、と言われたが…
あいつ、おかゆくらいなら食えんのかな…
一応ゼリーやリンゴも買ってみたが。
アパートの部屋に帰り、鍵を開けて中に入る。
…ん?
この靴は一体誰の
「すみませんねえ。鍵だけは開けてくれたから勝手に上がりこんじゃ… あらあらあらあら」
「あ…???」
部屋の奥から現れたのは…
ええええ?!!
誰だこのおばちゃんは?!!!
「誰かと思えば、日向君じゃないの!!」
「…はあ。」
「びっくりしちゃったわ〜。お友達と一緒に住み始めたとは聞いていたけど、まさか日向君だなんて。」
あの子ってば教えてくれればいいのに…と言う。
「あの… もしかして」
「ああ、ごめんなさいね。光の母です。」
いつもお世話になってます、と深々と頭を下げられ、俺も「こちらこそ!」と慌てて頭を下げた。



「ええと、コーヒー大丈夫ですか?」
「はい。ありがとう。頂きます。」
何やら複雑な気持ちで、コーヒーメーカーを準備する。
いや、別に後ろめたいことなんか… あるな。
やましいことも… あるな。いっぱい;;
心の中で、あなたの息子さんに色々なことをしてしまってスミマセン…と謝っちまった。
キッチンカウンター越しに、リビングのソファに腰かけ、きょろきょろとあたりを見回す松山母を見る。
…似てるな。目とか…
松山って、母親似なんだな。
「光、大丈夫ですか?随分熱があったみたけど。」
「あ、はい。今日病院に連れて行ったんですが、インフルエンザじゃなかったし。
 ただの風邪みたいです。」
「そうですか。すみませんねえ。ご迷惑おかけしちゃって…」
「いえ。」
何か出せるようなお茶菓子でもあるかと思って、戸棚の中を漁ってみるが特になく。
そしたら松山母が
「あ!日向君日向君。これね、買ってきたの。今北海道ですごい人気のチーズケーキなのよ。
 光はどうせ食べられないんだし、一緒に食べちゃいましょ。」
ニコニコ笑って言う松山母。
見覚えあるその笑顔につられて、俺も景気良く「はい!」と返事をしてしまった。

「それにしても、綺麗にしてるのねえ。」
チーズケーキを食べながら、松山母が言った。
「光じゃこうはいかないわ… 日向君、綺麗好きなのね。同居人があなたで良かった。」
「いや。そんな…」
「日向君のことは光から聞いてるわ。…そうね、岬君と同じくらい、名前が出てくるのよ。」
って、岬と同じくらいかよ!!
微妙に複雑だな…
「よく喧嘩したんでしょう?うちの子、あなたに怪我させなかったかしら?ごめんなさいね。」
「それは、その、お互い様というか… 俺も、松山には脚に消えない傷を作ってしまったし。」
「ああ!そう言えばそうだったわね!」
チーズケーキをごっくんと飲み込んで、松山母は目を大きくして言った。
しまった… 俺、余計なこと言った気がする;;
「す、すみませんでした…」
「違うの違うの。怒ってるんじゃなくてね。
 そりゃ、あの時はびっくりしたけど… まあ、光も悪かったんでしょう?
 それにね。あの傷のおかげで、光、ますます練習頑張るようになったのよ。」
「え?」
「あの傷を見る度に、日向にだけは絶対に負けない!!てね。よくお風呂で叫んでたわ〜」
馬鹿よねえ、うふふふふ…と笑う。
俺は気恥ずかしくなって苦笑いするとコーヒーを一口飲んだ。
「あの、今日は松山に会いに?」
「いいえ、本当は孫の顔を見に来たんだけどね。その前にちょっと寄って行こうかしらと思って。」
そーいや、松山の姉ちゃんが結婚して東京に住んでいて、
半年くらい前に子供が生まれたって言ってたな…
「その孫がね、光の赤ちゃんの頃にそっくりなのよ!もー笑っちゃって笑っちゃって…」
いやいや、笑わんでもいいだろ…
つられて思わず笑ったら、松山母は妙に嬉しそうな顔をした。
「なんだか、光が生まれた時のこと、思い出しちゃったわ。」
「……」
「切迫…って、わかるかしら?ずっと入院してて、絶対安静でね…。
 結構危なくて、もしかしたらダメかもしれないって、何度も思ったのね。
 でもいざ生まれたら、それはもう元気な子で。
 本当に、心の底から、生まれてくれてありがとうって思ったのよ。」
そう言って、俺を見て微笑んで。
松山母はコーヒーを一口飲んで、話を続けた。
「ごめんなさいね、変な話しちゃって。」
「いえ。」
「…あのね、日向君。」
「はい。」
「母親はね、いつでも子供の味方なのよ。」
「…?」
「光が選んだ道なら、私は全力で応援するわ。」
「…はい。」
変なことを言うな、と思った。
サッカーのことなのかと思ったが…
「あの…」
「それがあなた達にとって厳しい道のりになったとしても、自分のことを信じて進んでね。」
「……」


あなた たち…?




「…おはよ…」
「もう夜の8時だぞ。調子はどうだ?」
「んー。熱はもうないと思うけど…」
キッチンで洗い物をしていると、
Tシャツにスウェット、ぼさぼさ頭の松山が寝室からふらふらと出てきてソファに腰かけた。
「俺が寝てる間にどっか行ってきた?」
「今日はオフだからな。いつもの公園でボールを蹴ってきただけだ。」
「うーーー… 俺も行きたかったぁ…」
「試合の日じゃなくて良かったじゃねーか。」
濡れた手を拭って、リビングに戻ると松山の隣に腰かけた。
額に手を当てると、水を使っていたせいで手が冷たかったのだろう、松山が「ひゃっ」と声を上げた。
「お。下がったな。」
「だろ。」
あー、喉乾いた〜 と松山は立ち上がり、キッチンへと向かった。
「あああああ!!!!」
「おん?」
「なんで?!なんでこれがあるんだ?!!」
松山はわあわあ言いながら、空っぽの紙の箱を持ってきた。
「これ!シューフルールだろ!!」
「ああ。昼間にお前の母ちゃんが土産に持ってきて」
「俺のは?!」
「いや。二つしかなかったから。どうせ病人だから食べれないだろうって。」
「ぐわあ!!酷ぇ!!」
「俺が言ったんじゃねえぞ。お前の母ちゃんが言ったんだぞ。」
うおおおおっっ と床に倒れる松山。
「大げさだな。」
「だって!これ人気だからなかなか買えないんだぞ!!」
「通販でも買えるらしいぞ。今度買ってやるって。」
「…約束だぞ。」
松山は納得したらしく、紙箱を置いて再びキッチンへ戻って行った。
「お前、母ちゃん来たのわかってたか?」
「玄関開けて、ああ、そーいや姉ちゃんのとこに行くから寄るかもって言ってたな〜って思ったんだけど
 立ってるのも辛くてさあ。すぐ布団に戻って寝ちまった。」
牛乳の入ったコップ片手に戻ってきた松山は、お袋なんか言ってた?と小首を傾げる。
「しばらく姉ちゃんちにいるから、時間あったら来いってよ。」
「りょーかい。」
「あとなんか、サインを書いてくれって、色紙を大量に置いていった。」
「げーーーー もー。こないだ書いたのに〜」
「俺の分も追加していった。」
「わははは。」
そーゆートコはしっかりしてんだよな〜と松山は嬉しそうに言った。
そうして牛乳を一気飲みすると、空になったコップをテーブルに置きソファに凭れかかる。
「…お前、」
「うん?」
「俺たちのこと、話してあったのか?」
「まさか。何で?」
「…いや。」
あの時確かに、松山母は『あなた達』と言った。
それは、俺と松山のことじゃなかったんだろうか…
俺の顔をじっと見つめる松山の丸い目は、やっぱり松山母に似ていると思う。
「松山、俺…」
「ん?」
松山母が言った言葉が、俺がずっと悩んでいたことに終止符を打ってくれそうな気がした。
「近々、な、お前のこと、家族に紹介しようと思うんだが。」
「え?一緒に住んでるって?」
「いや。付き合ってるって。」
「っ…」
大きな丸い目が、一層大きくなった。
「ずっと、そうしたいと思っていたんだ。本当は。」
「日向…」
「でも、恐かったんだろうな… 俺。受け入れてもらえなかったらと思うと…」
そう。
恐かった。
俺が一番大事にしている人を否定されるのが…
でもそれは大きな間違いだ。
俺を産んでくれた人は、俺と同じ血が流れる人は、どんなことがあっても俺の味方をしてくれる。
俺がそうするのと、同じように。

『母親はね、いつでも子供の味方なのよ。』

松山と同じ笑顔で、松山母はそう言った。
その言葉が、俺の背中を押してくれた。

「絶対、大丈夫だから。」
今なら自信を持ってそう言える。
「俺と、俺の家族を、信じてくれないか?」
「……うん。」
松山は大きく頷いた。
「じゃあ、俺も、日向のこと話すよ。
 父ちゃんと、母ちゃんと、姉ちゃんと、じいちゃんと、小田と、金田と…」
指折り名前を挙げていく松山の口は止まらない。
って!!岬とか翼とか若林とか言ってますけどこの人!!!
「ちょっと待て!!お前どこまで話す気だ?!!」
「え?だって、この人に言ったらこの人にもってなるだろ?」
お前… 結婚式の披露宴に誰を呼んだらいいか?みたいな話になってるじゃねえか!!
「ダメ??」
「………好きにしろ。」
諦めて言った風だが、もうバレるならいっそ思いっきりバラして、外堀から固めちまうのもアリかもしれん。
松山って、色んな意味でハートが強い…
それも松山母譲りなんだろうか?
なんだか急に胸がきゅうっと熱くなって、俺は松山を抱きしめた。
「愛してるぜ、松山。」
「っ///なななな何だよ!!急に!!気持ち悪ぃな!!!!」
顔を真っ赤にして慌てる松山の頬にキスをする。
そして心の中で松山母に「俺の背中を押してくれて、
それから松山を産んでくれてありがとうございます。」と感謝した。


(完)


優花様に捧ぐ、50000HIT御礼小説です。
リクエストは「生まれてきてくれてありがとう」でした。
深いテーマ、ありがとうございます。
いやー。私では思いつきません(><)
いかがでしたでしょうか?
自分が子供に思ってることを、小説にしちゃったみたいなところもあるんですが。(恥)
ところでマツコジ披露宴が行われたら、松山ものっすごいいっぱい人呼んじゃいそうですよね。(笑)
いつもパン買ってるパン屋さんのおばちゃんとかまで呼んじゃいそう。




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