*こちらは裏館の「Bitter Chocolate」と「Bitter Chocolate 2」の間のお話になります。
できればそちらを先にお読みくださいませ。
「暑…」
見上げた空はどこまでも青く澄み渡り、雲ひとつない。
眩しく光るグリーンの芝に転がるボール。
点々と置かれた赤い三角コーン。
見慣れた代表のプラクティスユニフォーム。
この景色を作る全てが…
そう。
全てが…
「……」
「まっつん、おつかれ〜vv」
「おう。」
隣に腰を下ろしたのは反町。
ここ最近では一番気が許せる相手と言っていいのかもしれない。
面倒見の良さが滲み出るその笑顔に、俺も少なからず癒されていると思う。
「大丈夫?バテてない?」
「なんでだよ。」
「だって、松山雪ん子だからさ〜」
「誰が雪ん子だっつーの。」
その調子ならダイジョブだね、と笑って、反町もスポーツドリンクを飲んだ。
今回の合宿は国内組だけで、同年代は反町と若島津、それから井沢、滝、来生の南葛組、
そして選手兼コーチ(今回は主にコーチかな)の三杉だった。
国内で開催される親善試合のための合宿でもあり、
海外組がプラスされた時に残留できる選手をふるいにかける目的もある、のだと思う。
だから、気が抜けない。
翼や岬が…そして、日向が加わった時に入れないだなんて、絶対に嫌だ。
「…まっつん」
「うん?」
反町が俺の顔を覗きこんだ。
「まっつん てさ、今、調子 いいよね?」
「え?ああ… うん。そうだな。」
自分で言うのもなんだけど、と言うと、反町はすごく複雑な表情をした。
「…何?」
「いや。うん。それならいいんだ。」
反町は立ち上がり、ユニフォームについた芝をはらった。
遠ざかる反町の背中を見つめながら、俺は、自分に「大丈夫。」と言い聞かす。
大丈夫。
今まで以上に努力を重ねた。
怪我も完治したし、練習の成果も出てきていて、とにかく今は調子がいい。
だから、俺は、大丈夫。
「松山」
聞き慣れた声に顔を上げると、三杉の姿が見えた。
肩に掛けた真っ白いタオルで汗を拭きながらこちらに近づいてくる。
「休憩は済んだ?」
「あ、うん。もう戻る。ごめん。」
「松山さ。君、最近すごく調子上がってきてるし、ポジション変えてみたいんだけど…どうかな。」
「ああ。もちろん。」
三杉は満足そうに微笑んで、持っているファイルを俺に見せる。
ほら。
大丈夫。
三杉が褒めるくらいなんだから。
足りないものなんて… きっと ない。
「花火?」
「そ。少し行ったところに河原があるだろ?そこでやろうって。」
同室の井沢が、誰かからのメールを読んだ。
たぶん、滝か来生のどっちかだろう。
「えー。三杉に怒られねえかな〜」
「大丈夫だろ。別に自由時間なんだし。子供じゃないんだから。」
危ない火遊びするよりマシだろ?と小指を立ててみせる。
俺はお前と違ってそーゆー遊びはしないっつーの。一緒にすんなっっ
「わかった。行く。」
「そーこなくっちゃvvv」
井沢はふんふん鼻歌を歌いながら、長い髪をひとつに束ねた。
「花火ってどこで買うんだ?」
「コンビニじゃね?若島津と反町が買いに行ってるみたい。」
「ふうん。」
井沢と二人、河原に続く土手を歩く。
空には満月。
虫の音が響く夜の散歩は、なんだかとても幻想的だった。
河原に数人の人影を見つけて、そこに向かう。
わーわー喋っているうちに若島津と反町が袋いっぱいの花火を持って合流した。
「そんじゃ花火大会はじめまーすvvv危険なことだけは絶っっっっ対しないようにね〜」
反町が言うと、みんなが手を挙げて「は〜い」と返事をした。
なんだか、高校生の頃を思い出すなあ…
学祭の後にみんなで集まって、花火したっけ。
そんで、先生に見つかって怒られて、一度素直に帰るフリしてまた集合したりなんかして。
「なーにニヤニヤしてんの?松山。」
反町が近づいてきて、はい と花火を渡される。
「いやなんか、高校生みてーだなって思って。」
「いいだろ?たまにはこーゆーのもさvv」
「先生に見つかって怒られたけど」
「ダメだな〜。うまくやらなくっちゃ。」
俺たちは裏をかいて居酒屋に行ったんだ〜vvvって!それは問題発言だろ!!!
裏をかいてるのか何なのか…
そしたら反町は悪戯な笑みを浮かべて続けた。
「ところで今日の場合、先生って三杉になるわけ? … て、ぎゃーーーーーー!!」
「うん?わーーーーーー!!!!」
反町の目線の先には、なんと三杉本人の姿がっっ
俺と反町はそれこそ学校の先生に見つかったみたいに思わず「気をつけ!!」をしてしまった。
「なんだい?人の顔見て叫んだりして。」
「みっ 三杉っっ いいいいい いつから いたんだ?」
「いたじゃないか。最初から。」
少しカチっときたような表情で、三杉が言った。
「また僕だけ退け者にしようと思ってたんでしょ」
「そんなことないって。やだな〜 被害妄想 被害妄想vvvv」
反町は笑顔でハイvvvと三杉にも花火を手渡し、さっさとその場を去って行った。
というか、逃げた…
残された俺は、非常に… 微妙な空気で…
「いいよね。こういうことも。仲間同士の絆が深まる。」
一変笑顔を見せてそう言って。
俺はほっとしつつも… やっぱり、三杉と二人で話をするのは、今も苦手だ。
「…そう だな。」
三杉が悪いわけじゃない。
三杉の言っていることは正しい。
何度も、何度も、考えたけど…
「松山は最近、本当にすごく調子がいいね。安心したよ。」
「……」
「これからもその調子で頑張って。」
「…うん。」
花火の先に火を点ける。
パチパチという軽快な音とともに赤や黄や緑に変化する花火。
誰かがくるくると回した花火が、暗闇に光の円を描く。
…… みんなの笑い声が、妙に遠くに聞こえた気がした。
一通り終わってそろそろ帰ろうと歩き出した時、なぜか若島津に呼び止められた。
「まだ残っていた。」
そう言って見せてきたのは線香花火。
他の奴らを呼びとめようとしたけど、いつの間にか随分向こうまで行ってしまっていて、
今更追いかけるのも微妙な気がしてやめた。
若島津は腰を下ろし、ポケットの中からライターを取り出す。
俺も隣に腰を下ろした。
…若島津の事は嫌いじゃないけど… 実は少し苦手だ。
なんか、何考えてんだかよくわかんねーし。
目の前に線香花火を一本差し出されて、俺は黙って受け取った。
「お前に話があった。」
「…え?」
ライターで花火の先に火をつける。
小さな赤い玉がチリチリと音を鳴らした。
しばらく無言が続いて、そろそろこの空気に耐えられない…と思い始めたころ、
ようやく若島津が口を開いた。
「お前んとこのチームのコーチなんだが」
「…へ????」
「いや、だから、お前んとこにいる、吉田さんってコーチがな」
「……おう」
てっきり日向の話でもされるのかと思ったら、全然関係ない話だった;;
おいっ なんだよ!!さっきの無駄な間は!!!
やっぱり若島津ってよくわかんねえ…
その後もあのチームの誰それがどうのこうのとか、どこどこのあの店が美味いから
今度試合で行くことがあったら行ってみたらいいだとか、そんな話をいっぱいされた。
よくわかんなかったけど、微妙に距離感は縮まったかもしれない。うん。そーゆーことにしておく。
「線香花火って、渋いな。」
突然、若島津がぼそっと言った。
渋いって… 言うか?ふつー。
「小さいのに、こんなに綺麗な火花を散らして、潔く終わる。」
「……」
「そうだ。桜に似ている。それから、侍にもだ。」
…まあ、言いたいことはわかるけど。
「侍はいいけどさ。侍ジャパンが潔く終わっちゃったら困るぜ?」
思わず笑って言うと、若島津がじっと俺の顔を見て
「やっと笑ったな。」
「え?」
「いや。何でもない。」
それから、ごそごそとジャージのポケットの中をあさった。
「やる。」
「?」
手渡されたのは、小さな四角いチョコレート。
一瞬、息が止まった。
そう…
それは俺にとっては特別な…
「日向さんがな、高校生の頃、購買に行く度に必ず1つは買っていた。」
「…え…」
「ある時から、パタっと買うのをやめたがな。」
「……」
若島津の言う『ある時』というのは、俺と別れた時のということだろうか…
俺はぎゅっと唇を噛みしめる。
「別に日向さんに頼まれたわけじゃないし、今更お前を責める気もないが」
若島津は俺から目線を逸らし、夜空を見上げた。
「俺はあの人とずっと一緒に育ってきた兄弟のようなものだから、
お前よりはあの人のことをよくわかっていると思う。」
「…うん」
「日向さんは、本気でお前のことを好きだった。」
「……」
その言葉に、責める気はないと言われながらも、やっぱりすごく責められた気がして
…胸が痛んだ。
俺は、自分自身を守るためにアイツを裏切った。
三杉のためでも、日向のためでも、チームのためでもない。
ただただ、自分自身を守るために…
ーーーーーー 最低な、人間だ…
「俺、 は」
「今でも好きだぞ。」
「っ… 」
思いがけない言葉に、俺は奴の顔を見た。
若島津はゆっくりと俺の方を向いて、言葉を続ける。
「ずっと、お前のことだけを見ている。俺にはわかる。」
先に戻る、と言って、若島津は去って行った。
「っ…」
遠ざかる若島津の後ろ姿を見送りながら… 俺は、どうしようもないくらい、胸が苦しくなった…
後から後から、涙が零れて止まらなくなった…
日向… 日向…
もう、長いこと呼んでいないその名前。
手の中にあるチョコレートは、夏の気温と、俺の手の体温のせいで形が歪んでいて…
ああ、まるで、今の俺みたいだ…と思う。
包みを開いて口の中に入れると、妙にほっとする、懐かしい味が口に広がった。
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「反町。少しいいかな?」
「?」
健ちゃんとまっつんはどこへ行った〜?とロビーをフラフラしていた反町は三杉に呼び止められた。
なんだか嫌な予感w と思いつつも三杉に連れられ、無人の食堂に入る。
椅子に腰を下ろすなり、いつでも自信に満ち溢れている三杉には珍しい、
少しばかり不安げな顔で反町に質問を投げかけてきた。
「僕は、間違っていたと思う?」
「はい????」
反町の頭の上は ?????? で、ある。
しばらく考えてはみたが、やっぱり何のことやらわからなくて。
「あのう。三杉センセ。らしくないよ?その質問の仕方って。」
「うん。そうだね。」
はあ、と ひとつため息をつき、三杉は頭を掻いた。
「君は、日向と松山が付き合ってるのを知ってた。」
ああ、そのことか〜 と思いつつも、なんで今更?!とツッコミも入れたくなる。
何年前の話だよ…ソレ。
「まあ。尋問された時はシラ切り通したつもりだったけど… 今更だよね。
どうせ随分前に別れちゃってるわけだし。」
「…ああ。」
「なんのつもり?少なくとも三杉にとってはいい形に収まってるわけでしょ?
掘り返してどうしたいの?」
三杉は そうだね、と呟いて、また、ため息をついた。
「日向も、松山も、よくやってくれていると思う。
特に松山は、前回怪我で選出されなかった悔しさもあるのか、
今まで以上に練習熱心で、それは結果にも表れている。」
「だったら、言うことないんじゃない?」
「そうだ。言うことはないはずなんだ。なのに」
「……」
「松山が自分を追い込むくらいに努力している姿を見ると…
時々、思い出すんだ。あの日、二人が楽しそうに話をしていたことや、
僕が話を切り出した時の、松山の辛そうな顔を…
そうして… ふと考えてしまう。
僕は、正しかったんだろうかってね。」
反町は「ふうん。」と言ってテーブルに頬杖をついて、それから、ゆっくりと喋り始めた。
「俺は三杉が正しかったとか間違ってたとか、そーゆーのはよくわかんないけどさー。
松山は、変わったよね。あれから。」
「…どう変わった?」
「どうって?うーん… うまく言えないけど…
なーんか、つまんないんだよね。一緒にボール蹴ってても。
あー。勿論アイツ超真面目だからさ。サッカーの技術に関しては上がる一方だけど。
でも、技術とかじゃなくて、もっと大事なモノが欠けちゃってる気がしてさ。
ちょっと切ないんだよね〜 俺的には。」
ため息交じりにそう呟く。
三杉はほんの一瞬考えて、
「それは、やっぱり、僕のせいって、そう言いたいの?反町は。」
と言う。
「いやっ 俺別に三杉のこと責めてるつもり全然ないけどっ?!!」
きゃーーーーっっ!!俺怒らせた?!!!
慌ててフォローを入れる反町に、三杉は苦笑いをする。
「ごめん。意地悪を言ったね。」
「なっ なんだよも〜 びびらせんなっつの!!」
「そうか。…うん。そうだね。僕もそれは、感じていたんだ… 本当は…」
三杉の表情は、悲しげで淋しげで… いやそれよりも、苦しげで。
反町は今まで、心のどこかでずっと三杉を悪者扱いしてしまっていたことを後悔する。
この男も、悩み、苦しんだのだろう、と。
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クラブハウスに届いているチョコレートを見て、ああ、そろそろバレンタインデーだな、と思う。
夏の合宿で若島津に言われた言葉が、いつまでも、いつもでも、心の中に引っかかったまま。
ーーーーーー ずっと、お前のことだけを見ている
『俺もっ 俺もだ!!! 日向!!!』
そう、大声で叫びたいくらいだった…
空はイタリアまで続いているのだから。
コンビニで見つけたのは『Bitter』と書かれた小さな四角いチョコレート。
箱の中にただそれだけを入れて封をする。
許してほしいだなんて、やり直したいだなんて、言えるわけがない。
でも、伝えたいと思う気持ちに、歯止めが効かない。
こんな卑怯な俺を、お前はどう思うだろう…?
若島津に英語で書いてもらったアイツの住所を指で辿りながら、
間違えないように送り状に書き写す。
どうか、無事届きますようにと、祈りを込めて。
(完)
A様に捧ぐ、55555HITありがとう小説でございました☆
らぶちょこシリーズ、ビターチョコ2の続き、あるいはビターチョコとビターチョコ2の間の話
とのことでしたので、間の話の方を取らせて頂きました☆
ちょうど季節も夏っちゅーことで、夏のお話ですv
三杉先生も悪い奴じゃないんだよ〜vvって感じですかね。(笑)
この話を書くにあたって、ざっくり時間軸を考えてみたんですが…
高2〜22歳くらい?の話になってました。多分。
A様、勇気あるお申し出ありがとうございました!!
これからもよろしくお願いします☆