僕が日向小次郎と初めて出会ったのは、小学6年生の全国大会の時だった。
僕は武蔵FC、彼は明和FC。
準決勝で南葛SCに負けてしまったから、明和FCとの対戦は叶わなかったけれど…
日向の圧倒的な強さは、翼君や岬君に負けず劣らず、僕の脳裏に刻み込まれたのだった。

その後、僕は武蔵中学に、日向は東邦学園付属中学に進学。
同じ東京だったこともあって、試合や練習試合で顔を合わせる機会も増えて。
さらに二人ともU−16に選出されて、トレーニングキャンプで共同生活もした。
だが残念なことに、もともと日向と僕とでは性格もサッカーのプレースタイルも真逆なタイプで、
僕は日向のことを認めながらもどこかで苦手意識があったし、
日向は日向で、割と分かりやすく僕の事を嫌っているようで。
別に喧嘩する訳ではないけれど、お互いに牽制し合っている節はあったように思う。

だから…
病院で再会することになった時には、本当に、複雑な気持ちだった。



「…え?お父さん、今、何て?」
「日向小次郎君だ。
 彼が居眠り運転のトラックに轢かれたらしくてね。昨日、うちの病院に救急搬送されたんだ。
 淳の友達だって聞いたから、特別に手術は私が担当したんだが…
 この先、これまでと同じようにサッカーができるかどうか…」
「……」
言葉を失った。
日向の事は苦手だったけど、正直、翼君と同じくらい素晴らしい実力の持ち主だってことは認めていたから。
U−16のチームメイトとして、欠く事の出来ない存在だったから。
苦手だし、嫌われているのは分かってたけど… 仲間 だったから。
ものすごく、ショックだった。
でも…
「…大丈夫だよ。お父さん。彼ならきっと、またサッカーが出来るようになるよ。」
「そうか」
僕は、日向の強さを知っている。
どんな大怪我を負ったとしても、彼ならば絶対に、くじけたりしないだろう。
「だから、僕も、頑張らなくちゃ。」
「…ああ。そうだな。淳。また一緒にサッカー出来るように、お互いに頑張らなくちゃな。」
ちょうど一ヶ月ほど前、僕は持病の心臓疾患が悪化して大きな発作を起こしてしまい
しばらくサッカーから離れなければならなかった。
僕は病気で日向は怪我で。
理由は違えど、もう一度ピッチに立ちたいという気持ちは同じだ。
そう信じて疑わなかった。
なのに、日向は…

「ごめんなさいね。会いたくないって言うのよ。」
「…そう ですか」
「お父様には本当にお世話になってっていうのに… 本当に、ごめんなさいね…」
「いえ。いいんです。また一緒にサッカーしようって伝えて下さい。
 僕もいつか手術して病気が治ったら、またサッカーやるからって。」
「…ええ、ええ。そうね。小次郎に必ず伝えます。ありがとう。三杉君…」
日向のお母さんは泣きながら何度も頭を下げてくれた。
結局僕はその時、日向がサッカーをしない本当の理由を知らないまま…
日向は僕に黙って、退院していった。


高校生になって、僕は本当の理由を小泉さんから初めて聞いた。
小泉さんという人はとても奇特な人で。
武蔵医大付属高校のサッカー部に所属しながらも、病気で選手として全く活躍出来ていない僕を
U−18でコーチの勉強をしてみないかと声をかけてくれたのだった。
そして、サッカーから離れてしまった日向もまた、
自分が東邦学園にスカウトしたのだからと、大学まで特待生扱いすることになったらしい。
僕に対しても日向に対しても、
いつかはサッカー日本代表選手として活躍してくれる日が必ず来ると信じてくれたのだ。
「…と、まあ、そういうわけ。私も責任は感じているの。
 日向君が頑なにサッカーを拒むようになってしまったことには…」
「そうですか…。でも、良かった。足が悪いんじゃなくて、心の問題ならいつかは」
「どうかしらね。私は、身体的なことよりも精神的なことの方が、よっぽど大変なんじゃないかって思うけど。」
「僕が何とかしてみせます。」
「あら。心強いわ。よろしく頼むわね。三杉君。」
「はい。」

僕は…
僕はこの時、日向の心を理解し癒せるのは自分しかいないと、なぜかそう思っていた。
いや、そうあって欲しいと、願っていたのかもしれない。
日向の『特別』になりたい、と。
だけど、現実はそう甘くはなかった。
日向にサッカーの話をすればするだけ、僕と日向の距離は開いていくばかり。
今思えば、それはただの僕のエゴで、日向からしたら押しつけがましい、本当に余計なお世話で…
幼馴染の若島津に言われるならまだしも、僕なんかに言われるのは筋違いだったのだろう。
とにかく、僕はいつしか、日向との距離を縮めるためにサッカーの話をしなくなっていた。



「ね。君にピッタリのバイトだろ?」
微笑んでそう言うと、「まあ」と言いながらも眉間に皺を寄せる日向の顔が目に入った。
東邦学園近くの、路地裏のカフェ。
僕が用事で小泉さんに会うために東邦学園を訪問する際、小泉さんに教えてもらったカフェだ。
正直、この春大学生になる僕が行くには落ち着き過ぎていて少々場違いな気もするが、
学園の近くの割には学生もほとんどおらず、静かな雰囲気が気に入っているのは確かだった。
ついでに言ってしまえば小泉さんに会いにしばしば東邦学園に来る度、
高校の寮に遊びに行って日向や若島津とそこそこ仲良しになったのも事実。
「あのよ、みす」
「じゃ、決まりだ。前任者が腰をやってしまって、入院中でね。
 本当に困ってたんだよ。すぐに引っ越しの手続きをしよう。」
「…は?!!俺、昨日アパートに越してきたばっかなんだぞ?!」
「いいじゃないか。荷造りの手間が省けて。」
日向がやいやい言い出す前に、僕はさっさと引っ越しさせてしまおうと
よくお世話になっている業者さんに電話をかけた。
東邦学園付属中学の、中学生寮の寮母のバイト。
この寮の持ち主は僕の叔父で、長年寮母さんを務めてくれている人もよく知っていた。
寮生たちは実は皆サッカー部で、それも推薦で入ってきた子達ばかりだが
とりあえず、日向にはしばらく黙っておいた方がいいか。
僕は電話を終えると、コーヒーを口に運んだ。
「…それから、日向に2つ報告があるんだ。」
「ん?」
この話をしたら、君はどんな反応をするんだろう?
期待と不安半々で、僕は話し始めた。
「1つ目。僕も東邦学園大学に合格したよ。4月から同じ大学の学生だ。」
「…え」
日向が驚くのは無理もない。
そんな話は少しもしていなかったし、僕は武蔵医大付属高校に通っていたから、
当然、医大に進学すると思っていたのだろう。
「…お前、医大に行くんじゃなかったのかよ…」
「海南医科大も合格した。ギリギリまでどっちに進学するか迷ったんだけどね。
 で、どうして東邦学園大学に決めたかっていうのが2つ目の報告。」
「?」
「去年の秋、手術をしたんだ。心臓の。」
「?!!」
「無事、成功した。だから」
「……」
「だから、東邦学園大学に進学を決めたんだ。」
それ以上は言わなかった。
言わなくても、日向には分かるだろうと思ったから。
僕が『サッカーをするため』に、東邦学園大学に行くってこと。
「……」
日向は驚いた顔で目を見開き、それから小さくため息をついた。
「そうか。   良かったな。」
「…うん。」
「何で」
「え?」
「何で、言わなかった?」
予想外の質問に、僕は面食らった。
「手術の話だ。」
「……」
だって…
君は、僕の手術になんか興味なかっただろ?
僕がサッカー出来るようになろうがどうだろうが、君には関係なかっただろ?
…そこそこ仲良くなったとは言え、僕を、友人だなんて…呼んではくれないだろ?
「…言ってたら、お見舞いくらい来てくれてたかい?」
「………」
日向は答えず、照れ隠しのようにそっぽを向いた。
ねえ、日向。
僕は、期待してもいいのかな。
君にとっての『特別』になれなくても、気が置けない友人くらいにはなれる?
「あのね、日向」
そして、君の心を理解し癒してくれるのは僕じゃなくても、いつかまた、一緒にサッカーできるって。
「お願いしたバイトなんだけど。寮生はみんな、サッカー部の子なんだ。」


(完)

びび様に捧ぐ!
「中2病〜」の三杉先生でした。
書き始めたら、範囲が広くてどこを書こうか迷いました。
過去+第一話を膨らめた感じです。
二人とも、理由は違えど「サッカーをしたいのにできない」ってことは同じで、
三杉はそういう意味でも日向に対しては何か特別な思いがあったんだろうな、と。
一瞬、恋愛感情に発展するかと思ったけど(爆)さすがになかったわぁ〜

「中2病〜」は、まだまだ書きたい番外編があります。
徐々に書いていければと思いますw

びび様、素敵なリクエスト、ありがとうございました!!!


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