「キャプテーン。そろそろ起きないと間に合いませんよ〜」
耳元で言われて思いっきり飛び起きた。
すぐ傍でなかなか素敵な寝ぐセットの若島津が、眠そうな目を擦りながらあくびをする。
「…おう。」
「ふあ… ホント、もっと時差のないところでやってくれませんかね〜…」
ゴキゴキと首を鳴らしてドアを開ける若島津の背中を見ながら、俺もようやくベッドから下りた。

2010年ワールドカップ、南アフリカ大会。
強化試合の4連敗は何だったんだ?という勢いで、日本は初戦カメルーンを1−0で下し、
強豪オランダには負けたものの0−1。
今日のデンマーク戦、引き分け以上で決勝トーナメント進出という試合がこれから始まろうとしている。
たとえ合宿中だろうが、開始時刻が日本時間の3時過ぎ(もちろんド深夜の)だろうが
この歴史的瞬間を見逃すわけにはいかない。
合宿に参加している選手、監督、コーチ陣、揃ってこの試合をテレビ観戦することになったのだ。

食堂に行くと、すでに電気もテレビも点いていて大半が集まっていた。
テーブルをよけて、椅子をテレビの前に並べて座っている。
…出遅れたか…
お世辞にも立派とは言えないテレビではどうにも小さすぎて、俺は椅子には座らず後ろの方で立つことにした。

序盤押され気味だった日本だが、前半17分、本田選手の鮮やかなFKが決まって先制。
さらに遠藤選手もFKを直接決めて、格上デンマーク相手に2点リードで前半を終了した。

「やっべー… 俺すでに泣きそうだぜ…」
「勝てるな、っつか絶対勝つだろ!!」
「あああーーーーっっ 生で見たかった〜〜っっ」
「俺、今のうちに便所行っとこ…」
ハーフタイム、それぞれが感想を言い合いながら今のうちにやっておきたいことをやる中、
「日向日向っ」
声をかけてきたのは松山で。
「んだよ。」
「ちょっと来いよ。」
松山は俺の腕を掴み、食堂を出る。
…まさかの連れション…?いやいや、ありえん。
何だかわからないままに松山に手を引かれて行くが、トイレもとっくに通り過ぎて廊下の端の方まで来た。
「おい。どこまで行くつもりだ。もう始ま…」
「ここ。」
松山が指さしたのは、とある部屋。
…ここは…
「三杉の部屋じゃねえか。」
「うん。」
するといきなり松山は目の前にあるドアノブに手をかけた。
「…お前何するつもりだ…?」
「入るんだよ。」
「…は?」
ドアに鍵はついていない。
そりゃ入れますけれども、入るか普通!!!怒られるぞ確実に!!
「おい、ヤメロって」
「大丈夫大丈夫。三杉最前列で夢中だったから。」
どこらへんが大丈夫なんだ!!アホか!!!
「早くしろって。」
松山はさっさと中に入りスリッパを脱ぐ。
何だかわけがわからないままに、俺は仕方なく後に続いた。

電気はもちろん点けなかったが、薄暗い中でも三杉の部屋はとても片付いているのがわかった。
2階、3階の俺らの使う二人部屋とは違い、通常監督やコーチが使う部屋だからベッドは1つしかない。
しかもテレビ&DVD付きだ。
もちろん真面目な三杉はここでテレビなんか見ない。
録画した練習試合なんかを他のコーチ陣と見て分析するためにあるのだ。
松山は掛け布団が綺麗に二つに畳まれたベッドに座り、おもむろにテレビをつけた。
「お、そろそろ後半始まるな。」
「お前まさか」
「日向も座れば?」
「…そういうことか。」
俺はようやく松山の奇行の趣旨を理解した。
つまりは、あれだ。
のんびりゆったりテレビ観戦をしようってわけだ。
「あんな大人数じゃ全然見えねーだもん。」
そりゃそうだが…
俺は今更戻る気もなくして、小さくため息をつきながら松山の横に腰を下ろした。
「…っつか、お前、一人で来ればいいだろ。」
人のこと巻き込みやがって…そう言うと、松山はチラリと俺を横目で見やって、
「だって、この歴史的瞬間を、一人孤独に味わうのもちょっと淋しいじゃん。」
「何で俺」
「なあなあ!本田選手って日向に似てると思わねえ?」
俺の言葉を遮って、松山は画面いっぱいに映る本田選手を指さして言った。
似てる?俺が?
「…そうか?」
「うん。プレースタイルもそうだけど、顔もなんとなく。」
…って、ちょっと嬉しいこと言ってくれるじゃねえか、松山。
「今は金髪だけどさ、前、黒かった時なんか特に。」
「お前は、中澤選手に似てるよな。」
「え?!俺ヒゲ生えてねえよ!!!」
「…いや、そこじゃなくて…」
思わずガクッと肩を落とす。
見た目じゃなくって。
「努力の人ってとこがだ。」
「…悪かったな。才能なくて。」
「…そんなこと言ってねえだろ。ひねくれてんな。」
「あ。始まる…」


後半。
デンマークに1点返されたものの、その後本田選手のナイスパスを岡崎選手が決めダメ押しの3点目。

『試合終了!!日本、決勝トーナメント進出を決めました!!!』

「っしゃあ!!」
「やったな!!!」
俺も松山も立ち上がり、力強く抱き合った。
まるで自分たちがピッチにいて、デンマークに勝ったみたいに。
胸が熱くなった。
お前ら、俺たちのサッカー見たか!!と、代表選手の声が直接聞こえたような気がした。
「俺、もー、マジ感動してる…」
松山は涙声でそう言って、すん、と鼻をすする。
「日向っっ 今、俺と同じこと考えてる?」
「たぶんな。」
「じゃ、行くか。」
「おう。」
窓の外は白々と明るくなってきていた。
言葉に出さなくてもわかる。
俺も松山も、今、同じことを考えている…

『ボール 蹴りたい』

松山とは妙に分かりあえる部分がある。
だから松山は、他の誰でもなく、俺を誘ったんだろうか?
この、歴史的瞬間を共有する相手に。

松山が、にぃっと笑った。
俺も小さく笑い返す。

ドアを開け、廊下に飛び出した瞬間、遠くから声が聞こえた。
「ああ!!どこに行ったかと思ったら君たち!!」
三杉だった。
「ごめん三杉!他何も触ってないから!!」
満面の笑みで松山が叫んだ。
俺も一応「すまん」とだけ謝っておく。
さすがの三杉も今日はそれ以上何も言わず、どうやら許してくれるようだった。


シューズに履き替え、グラウンドに飛び出すと、
「遅いよ小次郎!!」
「岬」
「日向君!昨日のワンツーリターンもう一回やろっ」
「翼…」
そしてゴールマウスにはすでに若島津の姿。
「考えることは一緒か。」
松山にバシンっと背中を叩かれた。
「続くぜ、俺たちも。次、あのピッチに立つのは俺たちだからな。」
松山の言葉が、強く、重く、心に響く。
そうだ。
次、あのピッチで勝利を掴むのは、俺たち なんだ。

地面を蹴って力強く走り出す。

その先にあるのは、輝ける未来。



(完)



珍しく真面目(?)な話を書いてみました。
最初はもう若干マツコジ度も高いつもりだったんですが、
もー、ワールドカップに感動し過ぎて…ねえ…(思い出すだけで泣ける。)

よっしゃ!ボール蹴りに行くか!と、飛び出したとこに三杉に捕まり、罰則のトイレ掃除中。
「お前、なんで俺を誘ったんだよ」「…他の奴じゃ悪いだろ。」
なんとなく煮え切らない返事をする松山。首を傾げる日向さんv

という、マツコジになる予定でしたv本当はv
しかしもう、そんな、マツコジとか言ってらんないよ!!
みんな一丸となって戦うんだよ!!!な気分になっちゃって、こうなりました。
ま、たまには。
せっかくWC2010おつかれ&ありがとう記念ですからvv


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