「いいか?」
そう訊ねると、松山は返事の代わりにぎゅっと目を閉じた。
形の整った唇は真一文字に結ばれたまま。
がちがちに固まった両肩にそっと手を置くと、わかりやすくビクリと震えた。

初めて出会ったのは小6ん時。
恋だと気づいた(というか、諦めて認めた)のが中1ん時。
なぜか喧嘩ごしで告白したのが中2。
なぜか喧嘩ごしで返事が返ってきたのが中3。

そして今、5年目にしてようやくここまで漕ぎ着けた。
俺にとって、おそらく松山にとっても・・・、初めての、キス。
今日まで何度頭の中でシュミレーションしたことか・・・
・・・って、本当のこと言えば、全然その先までシュミレーション済みなんだけどな。俺は。

左側には二段ベッド、右側には勉強机、の間の狭い空間に二人きり。
今回松山と同室は三杉で、奴は今コーチ陣ととミーティング中だからしばらくは戻らない。

ゆっくりと顔を近づける。
ふいに、なんとなく二人して正座してしまったのが可笑しい・・・と気づいて笑いそうになって、思わず緩みかけた口元を引き締めた。
唇まで、あと5センチ。
顔を見ていたい気もするが、それはデリカシーがないってもんですよ、と反町に言われたことを思い出し俺も目を閉じた。

唇まであと・・・

「たんま!!」
いきなりぎゅうぎゅう顔を押さえつけられて、俺は思いっきり不機嫌そうな声をあげた。
「ああ?!」
「ちょっ、やっぱ、やめねえ?」
「・・・・今更何言ってんだ・・・」
「だって日向、すっげーマジな顔して鼻息荒いんだもん。」
「・・・・・」
なに途中で目ぇ開けてやがんだ、コノヤロウ・・・
「てめぇだってガチガチに固まりやがって、余裕のカケラもねぇのな。」
「そんなの仕方ねぇだろ!初めてなんだしっ」
「つか、途中で目ぇ開けてんじゃねえよ、バカ。」
「バカとか言うな!!」
松山の突き出した右足が鳩尾にクリティカルヒットし、俺はたまらず腹を押さえてゲホゲホしながらうずくまった。
「あ、わり・・・」
「てめえ・・・ 利き足使いやがったな・・・」
どうにか身体を起こすと、松山の胸座を掴んで引き寄せる。
ついさっきまでの「あと○センチでキス・・・v」なんつー甘い距離感覚はどこへやら、だ。

「とにかく、やらせろ。」
「イヤだって言ってんだ。」
「さっきいいって言っただろうが。男に二言はねえんだろ。」
「いいなんて言った覚えはねえ。」

引き寄せる俺。
押し返す松山。
色気もへったくれもないまま、手も足も出まくりの喧嘩になる。

「いってーな!!利き足は使わない約束だろうが!!」
「てめーだってさっき使っただろ!」
「さっきは焦ってたんだよ!日向がいきなり変なことすっからっ」
「いきなりじゃなかっただろうが!全然っっ」
「うわぁっっ」
松山の足を払って上手い具合に床に倒した。
起き上がる隙を与えないうちに体重をかけて押さえつける。
俺は思いっきり勝ち誇った顔で松山を上から眺めて言い放った。
「俺の勝ちだな。大人しく負けを認めやが・・・」
「っ・・・///」

松山の顔が、見る見る間に真っ赤になった。
恥ずかしそうに俺から目線を逸らす。
な、なんだよいきなり・・・
ついさっきまでボカスカやりあってたというのに、突然意識されたらこっちの調子も狂っちまう・・・
俺もまた、急に先程の緊張感を取り戻してしまった。
松山の顔が、すぐ近くにある。
しかも、この体勢は、なんとゆーか、押し倒してしまった・・・みたいな・・・。

「・・・松山・・・」
小さな声で囁くと、ためらいがちな視線が戻ってきた。
「・・・本当に、嫌なら、やめる、ぜ?」
「・・・・」
黙ったまま、ほんの小さく首を横に振る。
「今度は、途中で目ぇ開けんなよ・・・な・・・」
返事の代わりに松山の瞼がゆっくりと閉じていく。
さっきとは違って、ぎゅっと瞑ってはいない。
唇も軽く閉じられただけで、僅かな隙間から赤い舌が覗いていた。

唇まで、あと5センチ。
5年間待ち続けたファーストキス・・・

「松山お風呂ー・・・」
「わあああああっっ///」
ゴチン、と鈍い音が後頭部に響いて、気づけば俺は松山に反対側に倒されて無様に頭をぶつけていた・・・

「・・・・・何、してんの・・・?」
いつもより低い声・・・。これは・・・
「なななな、なんでもねぇんだ!!岬!!」
・・・・やっぱり・・・・。
松山は転がっている俺を踏みつける勢いでドアに向かった。
「ふろ、風呂、な。ちょっと待てよ。」
大慌てでタオルやら着替えやらを引っ張り出す松山。
俺はようやく身体を起こし、打ちつけた後頭部をさすりながら、恨めしい目で出入口にいる岬を睨んだ。
・・・・・・そして思いっきり睨み返された・・・。

「行こうぜ、岬っ」
おい、なんか楽しそうじゃねえか・・・?
若干変なテンションのまま松山は部屋を出ると、とっとと先に行ってしまった。

「ノックくらいできねえのかよ。」
あらためて岬の奴を睨みつけてそう言うと、またさっきの低い声が返ってくる。
「小次郎、部屋ここじゃないでしょ?」
「・・・・」
思わず口を噤むと、岬はずかずかと大股で部屋の中に入ってきた。
そして床に座ったままの俺のまん前に立って見下ろすようにこう言った。

「松山に変なことしたら、承知しないんだからね。」

言うだけ言って踵を返すと、ちらりとも振り向くことなく部屋を出て行きやがった・・・。

頭くんな・・・。岬のヤロー・・・。

あんまりイライラしたから二段ベッドの下にあった枕に八つ当たりしていたら三杉が戻ってきて、
「僕の枕で何をしているんだい?」
そしてなんで君がここにいるんだい?と、ここぞとばかりに関係ないことまで引っ張り出してチクチク嫌味を言われまくった。

なんて厄日なんだ、今日は・・・。
岬と三杉なんか最凶コンボじゃねえか。

松山の、伏せられた瞼や、薄く閉じられた唇を思い出す。
あと5センチ。
近くて遠い5センチ・・・。

次こそは!と、俺は拳を握り締めた。

かわいらしい感じにしてみましたv
いかがでしたでしょうか?キモイ?!(笑)
ま、結局岬+三杉に阻止されるというありがちな展開で。
ああ、ちょっと悪な感じのこの二人が好きだ〜(叫)
日向さんには悪いけど。


top