「じゃ、コーヒーで。砂糖とミルクたっぷり。」
「…ここは喫茶店じゃねえ。」
「うるせーな。いいじゃねえか、かてーこと言うなよ。」
ふん、と鼻を鳴らして松山が言った。
すでに勝手にソファーに腰を下ろしてくつろいでいる松山を横目に、日向はしぶしぶキッチンへ向かう。
(何なんだ、あいつは…)
やかんに水を注ぎながら、思わずため息が出る。
久しぶりに東京まで出てきてるから会わないか?というメールが来たのがつい数時間前。
たまたま練習が午前中だけで午後も用事がなかったが、
それにしたって前日に連絡してくれたっていいだろうと思う。
で、いきなり「お前んち行きたい。」とか言い出して、上がりこんで、座って、「コーヒー」って…
(そこまでの仲じゃねえだろ、俺たちって。)
ちょっと迷惑… っつーか腹立つ…
と、日向はちょっとした仕返しを思いついた。
カレンダーを見れば、今日は2月14日。
世の男性は貰えるものなら貰いたいとそわそわしちゃうバレンタインデーではないか。
「どうぞ。」
「…注文してねーぞ。」
「だから、喫茶店じゃねえっての。」
自分でツッコミつつ、喫茶店ぽくカップをテーブルに置いてみた日向である。
「ココア?」
「ホットチョコレート」
「おんなじだろ?」
「まあな。」
松山は目の前に出されたカップから漂う、その甘い香りを吸い込んでみる。
そーいや、ココアなんか最近飲んでなかった…
「美味そうだなv」
「森●ココアだが。」
「そーゆーベタなのがいい。日向がココア飲むなんて意外だけど。」
「森●ココアは常備品だ。それに今日はバレンタインデーだからな。」
「……? は?」
「だから、バレンタインデーだろ?今日。」
にぃ〜っと笑って日向が言った。
(どうだ、松山、気持ち悪いだろう?)
日向は松山が「ヤメロ!!!寒気がするわ!!!」と、嫌がる顔を想像してほくそ笑む。
(…バレン タイン デー って… なんつー気味の悪い事を言いやがるんだ日向。)
日向の思惑通り、松山は思わず鳥肌が立った…
が。
(これは、あれだな。軽い嫌がらせってやつだな。)
おそらく、手土産ひとつなしに突然訪ねて来たから、ちょっと拗ねてるんだな…と思った松山は
その手には乗るまいと一呼吸してから言った。
「ありがとう。すげー 嬉しい。」
日向の前では絶対にしないような優しい笑顔を向けると、松山の思惑通り、日向は固まってしまった…
はず、だったが。
(?!!まさか?!!!松山の奴… 俺のこと、そういう目で…???)
いただきます、と言って、ふーふー必死で冷ましながら熱いココアを口に運ぶ松山の横顔を見る。
俺は、とんでもないことをしてしまったのでは…?
いやいや!冗談だからさ!!と、爽やかに言えば何とかなるような気もするが、
もし松山が本気だったら?
「……」
つい昨日、妹の直子が「反町さんが代表の中で一番カッコイイvv」とか言ってたので
反町みたいないい加減なチャラ男なんか絶対に絶対にやめておけ、と、懇懇と諭したばかりだというのに。
そんな俺が、真摯な想いを踏みにじるような、いい加減な事をしていいのか?!!
いや、ダメだろ!!!!!
「日向、これホントに美味いv」
「…… あー 松山?」
「何?」
「その… よ、 喜んでもらえて 良かった」
「……」
(……え…????)
思わず持っているカップをココアごと落っことしそうになる。
今、なんつったよ?日向…
喜んでもらえて良かっただと???
(まだまだ嫌がらせを続けるつもりか日向め。)
これは、心が折れた方が負けだ!と思った松山は、覚悟を決めた。
ようし、日向が「もうやめようぜ」というまで、とことん付き合ってやる!!と。
「な。日向。バレンタインデーにホットチョコレートをくれるって事は、俺のこと、好きってことなんだろ?」
「お?!!! おおおお、 おう… そうだ な」
「俺も、日向のこと、 す… 好きだぜ」
「やっぱそーなのか?!!」
「当たり前じゃねーか!気付いてなかったのか?今まで」
「…ば、 ばーかっ 気付いてたに決まってんだろうが!!」
マジか?!松山!!!と、困惑する日向と、
さすがアホの日向。全然心が折れる様子がないぜ…と、俄然燃える松山。
「えっと… 松山」
「…おう」
「じゃあ… その… キスとか… するか?」
「?!///」
「え?あ? ち、違ったか?!!」
「いやっ ち、違わねえ!!」
松山は正座に座り直すと日向の方を向いた。
(日向メンタル強過ぎるぜっ でも俺も負けねえ!)
(松山… 本気で俺のこと… でも悪い気はしないのは何故だ???)
日向はそっと松山の肩に手を置く。
そしてゆっくりと顔を近づけた。
「目を、閉じないと、やりづれー だろが」
「お、 おう」
ぎゅっと目を閉じたその顔が、やたら可愛くておかしくって。
日向は思わず頬が緩んでしまった。
「ひゅーがっ」
「…何だよ」
いよいよ唇を重ねようとしたところで松山が目を開けた。
「お前、キス、初めてじゃねえ よな?」
「そらまあ。それなりには… って、まさか松山、初め」
「んなわけねーだろ。いくつだと思ってんだ。」
…だよな…。ほっとしたような、がっかりしたような… 日向はとても複雑な気持ちになった。
「でも、男とすんのは、初めて?だろ?」
小首を傾げて、松山が尋ねる。
「あたりめーだ。お前だってそーだろ?」
「…うん」
「…で、何だ?」
「いや、その…」
「もういいか?」
「え?」
「もういいだろ?」
「んむっ」
返事を待たず、日向は松山の唇を塞いだ。
(えーーーーー?! ひゅ、ひゅーがっっ えええええええええ?!!!!)
がっつりキスされて、さすがの松山も心が折れた。
が、もうすでに時遅し…
「んーっ///」
(ちょっ 待っ 舌入れてくんなアホ日向!!!)
そんな松山の心の叫びなど知る由もない日向は、すっかりその気になっていた。
(あー。なんか俺、松山の気持ち受け入れてもいいかもしれんという気になってきた。)
長い長いキス。
それぞれの思惑が、思わぬベクトルを作り出す。
「はあ… はあ…」
ようやく唇が離れて、松山は大きく息をついた。
(何だよ… これ… 日向、キス上手過ぎだし)
途中から気持ち良過ぎて、抵抗するのも忘れてしまった自分が恨めしい。
「… まつ やま」
松山の潤んだ瞳や紅潮した頬に引き寄せられるように、日向はそっと松山の頬を撫でた。
「じゃあ… これから、宜しく な?」
「……宜しくって?」
「付き合うんだろ?俺たち」
「………」
日向は松山の身体を引き寄せ、強く抱きしめた。
(完)
間に合った!!
今年のバレンタインデーはそんなこんなの二人です。