パーティーを終えてほろ酔い気分で部屋に戻ると、すでにヤツは先にいた。
「おつかれ。」
「・・・・・・・・・」
俺の顔を見て一言そう言うと、また目線を元に戻す。
ヤツはベッドに寝転び、なんとなく片手で携帯をいじっている。
揃いのフォーマルスーツの上着はきっちりと、はずされたネクタイと共にハンガーにかけられていた。
ボタンが3つほどはずされたYシャツの隙間から、浮き出た鎖骨が妙に目についた。
・・・・って。
どうでもいいんだ。日向のことなんかはよぅ。
そんなことより、そんなことよりも、だ。
「・・・・なんでカーテン全開にしてんだ・・・」
今日はスポンサー主催のレセプションパーティーで、色んなことの待遇がなんだか知らないけどやたらイイ。
パーティー会場のホテルにそのまま宿泊することになっているのだが、部屋もデラックスルームとかゆーやつで
いつもより随分広くて設備も充実している。
オマケに俺と日向の部屋ときたら25階の角部屋だもんだから、それはもう100万ドルの夜景が拝めるときたもんだ。
だから、なんでってことはねぇだろ・・・なのはわかってるんだけども。
「なんでって、この夜景を見ずして何を見る?」
「・・・そう、だな・・・。
俺はヤツに気づかれない程度の小さなため息をついた。
ふたつ並んだベッドの背後と、左側のベッドの横はかなり大きな窓になっている。
カーテンを全開にしている今、L字型に夜景が広がって見えた。
「しかも心優しい俺は、お前に窓側を譲ってやったんだ。」
言いながら、日向は携帯を閉じるとサイドテーブルに置いた。
「別に頼んでねえよ。」
俺は上着を空いている方のベッドに脱ぎ捨て、ネクタイをはずした。
それからバッグをあさって着替えを取り出す。
「先にシャワー使うぜ?」
「どうぞ。」
言いたくない。っつか、言えない。
この俺が・・・
高所恐怖症だなんて!!!
あいつに知られようものならば、バカにされるどころかこれから死ぬまで嫌がらせのネタにされることは明白だ。
(イヤだ。それだけは勘弁だ・・・)
熱めのお湯のシャワーを頭から浴びながら、せめて窓側のベッドに寝るのだけはどうにかならんものかと考えを巡らせるが、
これと言って素敵な解決策を思いつかないままに浴び終えてしまった。
・・・っつか、窓側を譲ってやったとか、余計なことした上恩着せがましいこと言いやがって、あんにゃろー。
マジムカツクっつーの!!!
(別に窓側でもいいんだ。カーテン閉まってて外さえ見えなきゃ。)
Tシャツを頭から被りながら、俺はついにナイス名案を思いついた、ような気がした。
日向がシャワー使ってる間にでもカーテンを閉めてしまえばいい。
なんか言いやがったら「朝眩しいだろうが!」とでも言えば・・・。
ガチャリ
突然背後のドアが開いて、ぬっと日向の姿が鏡越しに見えた。
「なんだよ。」
「遅ぇ。」
勝手に入ってきて、半強制的に廊下に押し出されてしまった。
いつもなら文句の一つも言ってやるところなんだが、これは今がチャンスってやつだ。
ベッドルームに戻って、あんまり窓に近づきたくはないんだが、今のうちにカーテン閉めちゃえ。
と、思っていたら、
「あ、松山。そのカーテン電動式だから手で閉めんなよ。」
バタン。
「・・・・・・・・で」
で、電動式だとぅ?!
慌てて部屋の中を探したが、それらしきスイッチとかリモコンとかが見つからない・・・。
くっそー・・・
ホテルめ・・・。余計なハイテク設備を整えやがって・・・。
「何突っ立ってんだ?」
いきなり背後から言われて、思わずびくっとしてしまった。
「・・・・べ、別に。」
「?」
日向は上半身裸で頭をがしがし拭きながら、自分のベッドに腰掛ける。
(そっちのベッドがいいなんて、今更言ったら不自然なんだろうな・・・)
うう・・・。
俺はなるべく窓を見ないように、もうひとつのベッドに潜り込んだ。
そう言えば、ベッドの上に脱ぎ捨てていたはずの上着もネクタイも、いつの間にやらハンガーにかけられている。
あいかわらずそういうとこマメだよな・・・こいつ。(オカンか、お前は。)
「・・・ひゅ、日向。」
「うん?」
「・・・カーテン、やっぱ閉めねえか?」
「なんでだ?」
「朝眩しいじゃん。」
「・・・・・・・」
訝しげに俺の顔をじっと見つめる日向。
べ、別におかしなこと、言ってない・・・よな?
「断る。」
一言そう言うと、日向は視線を窓に移した。
「なんでだよ!!」
「なんでお前はそう閉めたがるんだよ。」
「う。そ、それは」
俺は何かうまい言い訳を他に考えたが思いつかず、「なんとなく」とぼそぼそ言って布団を被った。
・・・・おかしいと思われたかもしれない・・・。
もういい。
このまま布団被って寝る。
そう心に決めた瞬間、横たわる身体がベッドごと沈み、ギシリ、と軋む音が響いた。
頭から被っていた布団が急に剥ぎ取られたと思ったら、いつの間にか部屋の電気は消されていて、
それから、驚くほど近くに日向の顔があった。
「っ・・・ な・・・」
俺に覆いかぶさるようにして、上から腕を押さえつけている。
日向は何も言わず、薄暗闇の中ほんの少しだけ笑ったような気がした。
湿った前髪から、シャンプーの甘い香りがする。
なんだか、頭がぼーっとしてきた・・・
気づけば日向の顔はさらに近づいていて、危うく唇と唇が触れそうになった。
「っ・・・///」
思わず顔を横に逸らす。
そして視界に飛び込んできたのは・・・
「?!!!」
「・・・・・折角なんだから、もっと堪能したらどうだ?」
視界いっぱいに広がる夜景。
ぐらり、と頭の奥が揺れる。
首の後ろ辺りを引っ張られるような独特の感覚・・・
どこかに吸い込まれて戻れなくなりそうな・・・・・
心臓の音が耳元で聞こえてくる。
鼓動が一気に速さを増した。
「・・・どうした?」
そう言った日向の声は、どこか反応を楽しんでいるように思えた。
「ひゅ・・・ てめっ・・・」
もしかして、知っているんじゃないだろうか?
知っててわざとやってるんじゃないだろうか?
「?!」
突然、日向の唇が首筋に触れて、俺は思わず総毛立った。
「なっ・・・なにす・・・」
押さえ込まれた腕は動かすことができないまま・・・
首筋から鎖骨まで生温かい舌が這って、軽く歯を立てられて。
それからそのまま、今度は逃れられないキスをされる。
「っ・・・ん・・・」
時々視界に入ってくる逆さまの夜景と
理解できないコトしてくる日向の
狭間にいる俺
急に身体が軽くなったと思ったら、薄暗闇の中を歩くヤツの後姿が見えた。
しばらくして機械音と共にカーテンが閉まって、部屋はすっかり暗闇に包まれた。
「・・・・ひゅーが・・・?」
無言のまま、ヤツは自分のベッドに戻ったようだった。
一体、今のは何だったのだろう・・・・?
(俺は、揶揄われた、のか?)
剥ぎ取られた掛け布団を手探りで引き寄せて、再び包まった。
頭では、とんでもねぇことをしてくれたバカをぶん殴って罵声のひとつも浴びせなくては、と思うのだけど・・・。
目を閉じると、逆さまの夜景が瞼の裏で広がって
さっきのキスが、甘ったるく頭を侵してくる。
俺はその不思議な感覚のまま、吸い込まれるように眠りについた。
裏におくつもりが裏になりませんでした。
あは。
ちなみに私、高いところ割と平気なので、高所恐怖症の方の気持ちになりきれません・・・。
ど、どうなんでしょう?
日向さん、リモコン隠し持っていたようです。(笑)