日向と喧嘩した。

いつものことじゃないか、と誰もが言う。
松山本人だってそう思いたいくらいだ。
でも、今回ばかりはいつもとは違う喧嘩。
それも大喧嘩、だ。



「いつものことじゃん。」
風呂あがりで濡れた長めの髪をタオルでがしがし拭きながら、
予想通りの答えを、今回の合宿で同室になった井沢守が答えた。

松山が井沢と同室になったのは初めてだった。
あいうえお順なら確実に同室になることなんてない。
ポジションも全然違うため、ミーティングで絡むことも滅多にない。
それに井沢は大抵南葛組と行動を共にしているから、こうして面と向かって話をするのは珍しいことだった。
しかもサッカー以外の話をだ。

夕飯時、どこか沈んだ様子の松山に気づいた。
普段なら岬や小田あたりがすぐに気づいて声をかけそうなものだが、
今日はたまたま二人ともが食事当番をしていて、松山の異変には気づいていないようだった。
井沢もいつもならおそらくスルーしているのだろうが、今回は同室ということで妙に目に付いてしまった。
そして、どうにも放っておけなくなってしまったのである。
理由を尋ねると、「日向のバカといつもより激しい喧嘩をして長引いて、イライラしてんだ。」という返事が返ってきた。

「いつもはどうやって仲直りしてんの?」
「仲直りっつーか・・・別に一日たてばお互い忘れちまってるし。」
「そんなもん?」
「そんなもんだよ。だいたい、すぐ忘れるくらいのくだらねぇ理由なんだ。」
そうだ、いつもの喧嘩は本当にくだらねぇ理由なんだ・・・と、松山はあらためて思い返す。
人の歯磨き粉を勝手に使っただとか、
ちょっと言い合いになってお互い引っ込みがつかなくなっただとか。
フィールドの上なら周りから見れば喧嘩かもしれないが、二人にとってはお互いありがたい指摘なのだ。
もちろん、それを素直に受け入れるほど二人とも広い心は持ち合わせてはいないが。

「ふうん。ってことは、今回の喧嘩はくだらなくない理由なわけだ。」

ーーーーー くだらなくは、ない理由

井沢の言葉が、松山に重く圧し掛かる。

「・・・・どう、なんだろう・・・」
自分でもよくわからない。
すでにベッドに横になっていた松山は、天井の明かりをぼんやりと見つめた。
「だってそういうことじゃない?」
「くだらねぇような気もするけど。」
「なんだよ、それ。サッカーのこととかじゃなくて?もっと別のこと?」
「別のこと。」
「何?」
「・・・・・・・・・」
急に押し黙る松山を見て、井沢はやれやれとため息をつく。
「松山って、全然悩んだりとかしない奴なのかと思ってたよ。あ、これ誉め言葉だぜ?」
少々揶揄いを含んだ笑いを零しながら言う。
松山はそんな井沢の何気ない心遣いに思わず頬が緩んだ。
「電気消すよ?」
「うん。」
部屋が暗くなり、井沢はカーテンから漏れる僅かな外の明かりを頼りにベッドに潜り込んだ。
「井沢って、」
「ん?」
「こんなに明け透けにものを言うような奴だと思ってなかったよ。・・・誉め言葉だぜ?」
お返しのように松山が言うと、井沢は、なんだよそれ、と言ってクククと笑った。
しばらく沈黙が続いて、井沢はもう話は終わりなのかとゆっくり目を閉じる。

「あのさ、」
松山が、再び沈黙を破った。
井沢は目を開け、松山の方を見る。
松山は天井を見たまま、少し戸惑い気味に言葉を続けた。
「井沢は、彼女とか、いる?」
「え?」
まさか松山がそんな質問をしてくるとは思っていなかったから、井沢は心底驚いてしまった。
そう言えば、中学三年の時にマネージャーの女の子を空港まで追っかけたとかなんとか、
誰かがそんな話をしていたのを耳にしたことがあるような気がする。
それは恋人なんだろうか?
でも、少なくとも、自分が知っている松山は、とても彼女がいるとは思えないし、
やっぱり他の誰よりもサッカーサッカーのサッカー馬鹿だと思う。
突然どうしたんだろうかと首を傾げながらも、井沢は正直な返事を返した。
「今はいないけど。」
「そうなんだ。」
「いたことはあるよ。俺結構もてるし。」
「ああ。そうだろうな。」
「って!つっこめよ!!自分で自分が恥ずかしくなるだろ!!」
「え?だって、井沢本当にもてそうなんだもん。」
率直にそう言われてしまって、井沢は思わず脱力してしまった。
実際松山が思うとおり、井沢がもてるのは周知の事実なのではあるが。
「で?彼女がどうしたって?」
「・・・・いや、彼女と、ケンカした時って、どうやって仲直りしたのかなって。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
それは、その、そういうことか???
実は薄々感づいてはいたんだけど・・・
井沢は半身を起こして右腕で支えると、あらためて松山を見た。
「自分が悪いと思ったら謝るし、相手が悪いと思ったら・・・わかってもらえるように説明する、かな。」
「・・・どっちも、悪くなくて、自分の言い分もあるし、相手の言ってることもわかる時・・・は?」
「そりゃ、分かり合えるまで話すしかないんじゃない?」
だよなあ・・・と、松山は大きくため息をいた。
「でも松山と日向の話し合いって、なんか想像つかない。」
「だろ?」
さらっと普通にそう答えて、3秒後、松山はガバっと起き上がった。
「なっ・・・ なんで日向なんだよ!!」
「なんでって、松山、日向と付き合ってるってことなんだろ?」
「ええ?!!///」
あからさまにわかりやすい反応。
「ちちちち違う!!さっきの話とは全然関係なくてっ」
「いや、だって、明らかにそういうことじゃん・・・」
少々呆れ気味に井沢が言うと、松山は何か言いたげに口をパクパクさせて、
それからどうしようもなく掛け布団を頭から被るようにしてベッドにうずくまってしまった。

「松山ぁ」
「・・・・・・」
撃沈した松山が、井沢はなんだかやけにいとおしく思えた。
「・・・俺、お前が羨ましいよ。」
井沢は独り言のように続ける。
「好きな人と目一杯フィールド走れてさ。」
「・・・・・」
どこか悲しげで、でも穏やかな井沢の声に、松山はそっと掛け布団から顔を覗かせた。
「時々しか会えなくても、こうやって一つ屋根の下にいて、喧嘩したり笑ったり・・・」
「井沢・・・?」
「そういうの、すげー羨ましい。」
井沢は起こしていた身体を再び横たえると、松山に背を向けるようにして布団を肩まで掛けた。
「喧嘩の原因はなんだか知らないけど、早く仲直りしろよな。」
薄暗闇の中、井沢の背中はなぜだか、泣いているように見えた。
「井沢・・・ お前の好きな奴って・・・?」
「・・・・・・・」

答えはなかった。
夜の闇がすうっと部屋全体に溶け込んできて、しん、と静まり返る。

松山は目を閉じ、大喧嘩した恋人の顔を思い浮かべる。
(明日、謝ろう・・・)
自分の言い分を曲げるわけではない。
でも、とりあえず折れてやってもいい・・・と思う。
分かり合えるまで、話し合ってもいいと思う。

それから、
この心優しい友人にも、どうか幸せが訪れますようにと、静かに願った。

裏で喧嘩の理由がわかります。
って、「裏」って言ってる時点で予想はつきますな・・・(笑)
井沢君の想い人・・・は、私個人は源守派なので、そゆことで4649。
えへ。

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