【Sweet Memories】


「あ…」
「………」
まさか、こんなところで偶然会うだなんて思ってもみなくて、心底驚いた。
日向も同じ事を思ったのだろう、目を丸くして、しばらく声も出さなかった。
「松  山。びっくりした。何してんだ。」
「えっと… 俺は、明日の午前中から友達の結婚式があって、それで泊りで来てて。
 さっきまで三杉と会ってたんだけど、もうホテルに戻るところ。この駅で乗り換えなんだ。」
「そうか。」
東京の、とある駅のホーム。
別々の車両だったが同じ電車に乗り合わせていたらしき日向とばったり出くわした。
帰宅ラッシュなのかものすごい混み様で、どう考えても往来の邪魔になっている俺たちは隅の方へと移動した。
「日向は?この辺に住んでるのか?」
「ああ。最寄駅だ。」
「そっか。知らなかった。」
「時間あるなら、うちに寄ってくか?お茶くらい出すぞ。酒でもいい。」
日向は何気なくそう言ってくれたが
俺にとっては思いがけない申し出で、一瞬頭が真っ白になった。
「えと…」
反射的に断る理由を探してしまう。
もちろん、何もなかったのだけど…
「? ホテル戻るだけなんだろ?何か用事あるのか?」
「あ… いや…   じゃあ、ちょっとだけ。」
「おう」
「悪いな。」
「こっちが誘ったんだ。」
今更、不安に思う事なんかない。
ましてや、期待する事なんかもっとない。
俺と日向はずっと… ただの友達なんだから。


「ああ。バレンタインか。」
他人事のように日向が呟いた。
駅と直結しているデパ地下のショップはあちこちに「St.Valentine's Day」と書かれたハートの風船が飾られて、
バレンタインチョコレートの特設コーナーには大勢の女性が集まっている。
「正確には明日だけどな。」
俺がそう言うと日向は「そうだったか?」と、また他人事のように言った。
「明日だから、みんな慌てて今日買ってるんだろ。」
「なるほど。」
俺たちはカゴいっぱいにチョコレートを入れてレジに並ぶ女性を横を通りぬけて行く。
「松山、飯は?」
「三杉と食べた。日向は?」
「俺も食ってきた。じゃあ、酒でも買って帰るか。」
最寄駅というだけあって、まるで自分ちみたいに迷わずにリカーショップの方へと向かう日向の後について行く。
サッカーとは関係ない場所で日向の背中を見るのは久しぶりな気がした。
「チョコレートリキュールだと。買ってみるか?バレンタインだし。」
俺でも知っている有名チョコレートブランドのラベルが貼られた茶色い瓶を手に持って、悪戯な笑顔を向けてくる。
「別にいいけど… チョコレートなんか明日いっぱいもらうんじゃねえの?お前。」
「それはそれだ。」
って、否定しないんかい。
まあ、俺ですら毎年ダンボール一箱分くらいはもらうんだから、
強豪チームに所属してる日向だったらもっともらうのは当然だろう。
日向は適当に酒やらつまみやらを籠に入れてレジに向かった。
「半分払うよ。」
「いらん。」
「……」
なんとなく、それ以上言うのも微妙な気がして、素直に、でも冗談めいて「ゴチになりまーす」と答えた。


************


あれは何年前のことだったか…  確か高校一年生で、そうすると、もう10年近く前のことだ。
ジュニアユースで優勝した俺たちは、サッカーファンの間では少しばかり有名になっていた。
いつもは見学者なんていたことなかったのに、その時のトレーニングキャンプは結構多くて。
慣れない感じにそわそわしながら練習していたのを覚えている。
「すみません」
練習後の後片付けをしていると、柵越しに自分と同じくらいの年の女の子に声を掛けられた。
「はい」
「あの… 日向くんは、いませんか?」
「あー。当番じゃないから、もう戻ったと思うけど」
夕暮れ時、気温も下がって結構寒い。
見学者は彼女以外残っていなかった。
「これを渡してもらえませんか?」
「…ああ。はい。渡しておきます。」
赤い小さな箱。
すぐにバレンタインのチョコレートだって分かった。
「あれ?バレンタインデーって明日じゃなかった?」
「はい。でも、明日だときっと人が殺到して、渡せないと思うから。」
「本人呼んできてあげようか?」
「いえっ 大丈夫です///」
女の子は頭を下げると走り去って行った。
日向は意外とモテるらしい。
まあ、黙ってりゃカッコイイし、なんせストライカーだから目立つし。
「DFって損だ…」
なんか悔しいな…とか思いながら、俺は小さな箱をポケットに入れて片づけを続けた。

「日向いる?」
「お。珍しいな。松山が日向に用事なんて。喧嘩か?」
「違う。」
「はは。」
同室の井沢が、日向を呼んでくれる。
ジュニアユースでそこそこ仲良くなったような気はするが、
周りからすれば喧嘩しては三杉に怒られてばっかりいるバカコンビらしい。
「おう。なんだ?」
「ちょっといいか?」
「? ここじゃダメなのか?」
「あー。うん。ちょっと。」
何となく、あの子の気持ちを考えると、井沢の前で渡すのも微妙かな…と思って。
それに日向も照れくさいと思うかもしれない。
俺は日向を連れて、誰も来なさそうな外階段の踊り場まで来た。
「何だよ…」
不審に思ったのか、日向は眉をひそめて低い声で言った。
「これ。」
「?」
預かった小さな赤い箱をポケットから取り出す。
「明日、バレンタインデーだろ?」
「っ…///」
「だから   ?!!!!」
最後まで言い終わる前に、いきなり日向に手をひかれたかと思ったら、
あろうことか俺の身体は日向の腕の中にあった。
「…え」
「松山っ   マジかっ  俺… 俺…」
「ひゅう が?」
「俺も、お前の事、ずっと… 見てた…」
「???」
「俺も、好きだ… 松山…」
「?!!!!  なっ///」
ぎゅうっと抱きしめられて、息が苦しくて…
俺は必死であまり動かせない腕をジタバタさせて、日向の背中を叩いた。
「おいっ ふざっけんなっ 苦しいっっ」
「お、おう。すまん。」
ようやく解放されて、俺は日向の顔を見た。
「おっ 俺じゃねえよ!!バカじゃねえの?!!」
「………え?」
「だからっ これっ お前に渡してくれって、知らない女の子に頼まれたんだよっ」
「………そ  そーなのか?」
「そーだ」
箱をぐいっと日向の胸に押し当てると、日向は慌ててそれを受け取った。
「………」
う… どうしよう… なんか、変な空気になっちまった…
っつか、え… 日向、俺のこと、そういう… え…
「すまん。」
「…いや、別に」
「気持ち悪い思いをさせちまった。」
「………」
「今のは… その、  忘れてくれ。」
「ひゅ」
「悪かった。」
日向はくるっと背中を向けるとドアを開け、建物の中に入っていってしまった。

それから…
日向は、その事については全く触れず、本当に記憶から消し去ったみてーに、俺と普通に接してくれた。
俺は…
あの衝撃の告白を受けた時は何とも思っていなかったのに…
まるで何かを植え付けられたみたいに、日向の事が気になって気になって…

いつの間にか、日向の事を好きになってしまったのだ。


************


「適当に座ってろ。」
「あ、うん。」
初めて入る日向の部屋は、広くはないが新しくて綺麗に片付いていた。
バッグを置いて、ソファに腰を落ち着ける。
そのうちに日向がグラスを持ってきて、買ってきた酒を用意してくれた。
「初めてだな。松山とサシで飲むなんて。」
「…ああ。」
「チョコレートリキュール、ロックで飲めるらしい。とりあえず。」
氷の入ったグラスにリキュールが注がれる。
もっと本物のチョコレートみたいな濃い色を想像していたが、最初からクリームベースになっているのか、
カルアミルクのような色をしていた。
「じゃあ、乾杯。」
「乾杯。」
一口、飲んで…
「「あっま!!!」」
って、同時だし。
思わず顔を見合わせて笑ってしまった。

「最近どうだ?お前は。」
何やらざっくりした質問をされたなあと思いつつ「何が?」と聞き返す。
「色々と。」
「うちは鹿児島のキャンプが終わって、来週からは練習と練習試合三昧だな。シーズン始まるまでは。」
「ふーん。ま、うちも似たようなもんだな。キャンプは宮崎だったが。
 シーズン始まる前に代表の強化合宿があるぞ。召集されれば、だがな。お互いに。」
「お前は呼ばれるだろ。」
「松山は?どうなんだ?」
「んー。どうかな。三杉は呼ばれると思うよって言ってくれたけど。」
「そうか。」
「うん。」
「……」
「………」
…沈黙。
俺も日向も、自分から喋る方じゃないから、サシだと割と困るんだな…って今気付いた。
普段は南葛組とかがすげー喋るから。
「お前は…」
「ん?」
日向がグラスを傾け、中のチョコレートリキュールを見つめて言った。
「お前は…   明日バレンタインデーだが、誰か一緒に過ごすようないいヒトは出来たのか?」
「いや、だから、明日は友達の結婚式だから」
「じゃ、なくて。それはそーなんだが、明日がどうとかじゃなくて。
 今現在、彼女とかいないのか?って聞いたんだ。」
「……今は、いないけど…  日向は?」
「俺は… 」
日向は大きなため息をついて言った。
「実は、別れたんだ。割と最近。」
「え… ああ、そう なんだ。」
これは… アレか。
人に話を振っておいて、本当は自分の話を聞いて欲しいパターンか。
「一応、結婚まで考えてた相手だったんだが。」
「…へえ」
胸が、ちくん と痛んだ。
まさか日向から『結婚』なんて言葉が出てくると思わなかったから。
「…なんで別れちまったんだ?」
「長いこと付き合っていたから、一応向こうの親に挨拶でもって思ったんだが…
 最近、元スポーツ選手の不祥事が続いたりしただろ?
 そしたら彼女の親に、サッカー選手をやめたらどうするんだ?って言われて。」
「……」
「監督やコーチや解説者になったり、テレビタレントになれるなんて一握りだろうって。
 サッカー以外の何が出来るんだっ  てな。」
日向は苦笑いして、グラスをあおった。
「元日本代表だって、その後の道が保証されてる訳じゃないからな。正論だ。」
「…そんな事…」
「ま。そーゆー訳だ。で、彼女の方も一気に目が覚めたんだかなんだか知らねえが、別れたいって。
 高3から付き合ってたんだぜ?今更だよなあ。」
はあ…と大きなため息をついて、日向は空っぽになったグラスをテーブルに置いた。
そして「甘いの飽きた」と呟いて、キッチンの冷蔵庫に別の酒を取りに向かう。
俺は…
色々と複雑だった。
日向の話は俺にとっても同じ事が言えるんだろうな…なんて、表向きは考えたりしたけど。
本当はそんなことよりも、日向に結婚まで考えた相手がいたってことがショックで…
高3から付き合ってたってことは俺に告白してから2年後くらい。
日向はちゃんと前に進んでいたのに、俺はあの日からずっとずっと置いてきぼりを食っていたのだ。
「くっそ…」
ふざけんな。
俺の青春返せってんだコノヤロウ。
「松山もビール飲むだろ?」
目の前に缶ビールを置かれた。
なんだか急に腹が立ってきて、
俺は残ったチョコレートリキュールのロックを飲み干しビールを開けると一気飲みした。
「あ、おいっ 松山」
「ぷはーーーーっっ」
「…お前、そんな飲み方する奴だったか?」
じゃあ、もう一本…と再び立ち上がろうとする日向の腕を掴んで引っ張る。
「うおっ なんだ?!あぶねえな…」
足がもつれて、日向はコケるようにして俺のすぐ横に座った。
「俺の話も聞け。」
「っ… お、おう。悪かったな。自分の話だけしちまって」
「俺はっっ」
俺は… 何を言おうとしているんだ…
「俺には、ずっと好きな奴がいる。今もだ。きっとこれからもだ。」
日向は驚いた顔で俺を見た。
そして、
「そんなに好きな相手が いたのか…。」
小さく呟いて、俺の頭をくしゃっと撫でる。
骨ばった指が額に触れた瞬間、懐かしい痛みが胸を刺した。
「松山… 今、幸せか?」
「……………ああ」
そんな質問をするな…
嘘をつくのは、得意じゃない…
「そうか。うまくいったら結婚式は呼べよな。」
日向がもう一度立ち上がって背中を向けた途端、涙が零れ落ちた。
もう一度、あの日に戻れたら…
「また、ビールでいいか?松山」
「…おう」
涙を誤魔化して、無理矢理に笑顔を作る。

失った時間だけが美しく見えた。
今は俺の中だけに残る 『Swee Memories』…


(完)

思いのほか、迷走しました。
なんだかんだで、歌詞によせてみよかなと思って。

バレンタインだな→甘いやつ書きたいな→甘い、すい〜と…→Sweet Mamories→聖●ちゃん!!
(年齢バレますよ?)
そんなこんなでタイトル先行で。
甘いとか言ってて、切ない話になっちまったぜぃ。
どうしよ。続き書こうかな。(来年?笑)


   top