この扉 ノックする確信のリズム
声も無く呼んでいる存在のパルス
ボールがゴールネットに突き刺さる。背中のあたりがゾワゾワっとして、たまらなく身体が震えた。歓声が耳に遠く響く。
日向の放ったパスは、むちゃくちゃだと思ったけど的確で。
ホント、頭にくる奴・・・。
だって、マーク何人ついてたよ?よくパス出したもんだな、おい。

思わず右腕を空に向けて突き上げて振り返ると、俺の目に最初に入ったのは、
真夏の太陽のまぶしい光と、それから・・・。 「なんか、珍しいもの見ちゃった。」
試合後、合宿所に帰ってから同室の岬が言った。
「何だよ、珍しいものって?」
「松山と小次郎が抱き合ってたの。」
「・・・・・・はあ?」
俺は思わず眉をひそめて、ベッドの上にうつぶせに寝転がりながらこっちを見ていた岬の顔を覗き込んだ。
「何言ってんだ?岬。」
「今日松山がゴール決めた時、小次郎と抱き合って喜んでたじゃない。」
そら、そうだけど・・・。別に普通じゃん。そんなの。日向のアシストだったんだし。 
俺はそのまま岬の寝転がるベッドの脇に腰を下ろした。反動でベッドと岬の体が揺れる。
「俺、DFにコンバートされてから初めてのゴールだったから、すっげー嬉しかった。」
「小次郎、あんまり抱き合って喜んだりとかするタイプじゃないじゃん。手合わすとかぐらいでさ。」
「・・・・・。」
岬は俺の発言を無視して続けた。
「松山に突進してったもんねぇ。」
クスクスと思い出し笑いしながら、ごろん、と仰向けになる。そして「明日は雨が降るかもね。」と、横目で俺を見ながら言った。
「さーて、僕お風呂行ってこようかな。松山は?」
「俺帰ってきてすぐ入った。」
「そうなんだ。じゃあ行ってくるね。」
岬はベッドから降りると、傍に置いてあったスポーツバッグの中から着替えとタオルを引っ張り出し、部屋を後にした。
珍しかったのか?
日向が俺に・・・ 人に抱きついたことが。
普段別にそんなこと気にしてあいつのこと見てねえし。ってか別に日向のことばっか見てるわけじゃねえし。
・・・・よくわからん。
まあ、岬は日向のことばかりでなく、きっと俺のことも、みんなのことも良く見て気にしてくれる奴だから、そーゆー事にも気づくのかもしれない。
とか、自己完結してみた。
「・・・・・。」
よそう。だいたい、日向のことなんか考えたところで何の得にもなりゃしねえ。 
俺は今日とてもとても気分がいいノダ。一点決めて、試合にも勝って、飯もうまかったし、同室は岬だし。
・・・・・・・なんか、持ってる運使い果たしたような気がしてきた・・・。大丈夫か?俺・・・。
そんなことをつらつらと考えていると、ノックもなしに突然反町が部屋に入ってきた。
そして気が付くと、数人が何やら大盛り上がりしているどこかの部屋に拉致されていたのだった・・・。
部屋に戻った時には岬は疲れていたのかもう眠っていて、俺も静かにベッドに潜り込んだ。
結局、俺は話題のネタにされただけだった・・・。
反町に拉致られた部屋には、早田と石崎とタケシと新田と修哲トリオが輪になって座っていて、俺はその輪の中に座らされた。
来て早々何かの罰ゲームか、ハンカチ落としの便所みてーだな・・・とか思っていたら、
「では早速松山くんに、彼女の作り方を伝授して頂きましょう。」とかなんとか言われて、藤沢のことをあれこれと聞かれた。
だーかーら。藤沢はそんなんじゃないんだってば。じゃあ、何なんだ!!って聞かれても困るんだけど、とにかくそんなんじゃないんだって。
「またまた。照れちゃって。逃げようったって、ダメですよ、松山さんっ」 新田にこづかれる。
「俺は知ってるんだぜ・・・。中3の夏、彼女を追いかけて空港まで行ったことを。」 石崎がふふふ、と笑う。
・・・・と、そんなやり取りを何度か繰り返して、なんだか知らんうちに話が別の方向に移ってきて、適当な頃合を見計らって脱出してきた。
洗いたてのシーツが身体に冷たい。クソ暑いからちょうどいいんだけど。
岬の寝息が静かに聞こえてくる。
目を閉じると、今日の試合のことが思い浮かんできた。
日向からのパスが俺に綺麗に通って、俺はゴールが目に入った瞬間シュートを放った。
低い弾道は少しカーブを描いて、ボールはキーパーの指先をかすめ、ネットに突き刺さった。
振り返ると真夏の太陽の白い光と、日向の・・・・
「・・・・・・」
なんか、眠れない。
きっと勝利の興奮をまだひきずっているんだ。
身体はすっごい疲れているはずなのに、脳ミソは活発に動いている感じ。
こーゆー時って、金縛りにあいやすいんだよな。俺はあったことねーけど。
岬を起こさないようにベッドから出る。こういう時はボールを蹴るのが一番。
俺はいつも持ち歩いているマイボールを手にとり、音をたてないように部屋を出た。
合宿所にももちろんグラウンドはあるんだけど、試合が終わったその日にボール蹴ってるなんて、なんか・・・ちょっと恥ずかしい気がして、
俺は近くの公園までランニングも兼ねて行くことにした。
外灯はまばらだけど、今日はたまたま満月で月明かりでだいぶ明るい。
さすがに試合直後だし、まあ誰もいないだろうと思っていたら・・・いた。
しかもよりにもよってあいつだ。
試合直後だぞ!アホか!!と言ってやりたいところだが、残念ながら自分もそんなアホだと気付く俺ちゃん・・・。うう。
いい音を鳴らしながら、壁当てを続ける日向。
さすがに公共の場の壁を壊したり、ヒビ入れたりするつもりはないらしい。いや、でもサッカー場も公共の場か・・・?
「松山。」
おおう!!ぼっさりしていた俺は、日向がこちらに気付いた事に気付いていなかった。思わずビクってなっちまった・・・。くそ。
「よう。試合終わったばっかりなのに、ご苦労なこったな。」
こいつの顔を見ると、思わず悪態をつかずにはいられない。
「お互いさまだ。」
ふん、と鼻をならして日向が言った。そしてニヤリ、と笑いやがる。
「付き合えよ、松山。ちょうど相手が欲しかったところだ。」
「望むところだ!」
俺は自分のボールを置いて、日向のボールを獲りに行った。
のだが。
くっそーーー!!!ちっとも獲れやしねえ!!!
「どーした?松山。試合の疲れが残ってんのかよ。」
「っせえ!!」
あああ!!腹立つ〜〜〜っ!!
「んなろっ!」
若干(?)反則気味に、無理矢理身体を入れて、日向が体勢を崩したところでようやくボールを奪った。
「シュートぉっっ」
俺はなんだかやけにテンションが上がって、小学生みたいに叫んだ。
さっきまで日向がボールを当てていた壁に描いてある、一番大きな円の中心の赤いところを目掛けて蹴ったはずが
それはもう大きくはずれて木々の中に吸い込まれていった。
「ナイスホームラン」
「・・・・・・」
「へぼ。」
「ぅるせ。」
悪戯な笑みを浮かべ、俺をからかう。
俺は振り返りざま日向にケリを入れる真似をして、そのままボールを追いかけた。

そう言えば・・・
今みたいな日向は、あまり見たことがないかもしれない。
いや。俺はしょっちゅう見てるんだけど。いつもこんな感じだし。
正確に言えば、俺以外の奴に、日向はこんな表情するんだろうか?ってことだ。
こんな風にガキみてーなケンカして笑い合ったりとか。
だって、あいつ普段、クールでストイックみたいなオーラ出しまくっててさ。
後輩どころか同い年の連中にすら、ちょっと恐がられてるってゆーかなんとゆーか・・・。
東邦の奴らとだったら、サッカー以外の場所だったら、あんな感じなのかな?
でも東邦の奴ら、みんな「さん」付けだしなあ。
・・・・・・・・・・・って!
ちくしょう。また日向の事なんか考えちまった・・・。岬が妙なこと言ったからだ。


ようやくボールを見つけて戻ると、日向は水道の蛇口の下に頭を突っ込んで水をかぶっていた。
「あ。」
日向はびしょ濡れの顔で俺を見上げた。
・・・・・・・タオル忘れやがったな。こいつ・・・・・。
「ほらよ。」
俺は肩にかけてあったタオルを差し出した。
なんでか日向は黙ってしばらくタオルを見つめていて、それから「サンキュー」と言って受け取った。
少し乱暴に頭と顔を拭くと、またしばらくタオルを見つめる。
「・・・・洗って返す。」
「気味の悪いことを言うなあ!!」
思わず鳥肌がたったぢゃねえか!!俺は日向からタオルをむしり取った。
「・・・・・・な、なんだよ。」
またあのにやにや顔で俺のことみてやがる・・・。
「いや、松山おもしれえなと思って。」
「なっ・・・///」
何がだ!いっこも面白いことなんかねえだろ!!という俺の心の叫びをよそに、日向はスタスタと歩き芝生にすとんと腰を下ろす。
「疲れた。」
「おい。俺はまだまだこれからだぞ。」
 リフティングしながら日向に近づく。日向はそのままごろんと仰向けに寝転がった。

岬が、妙な事言うから、気になってしょうがないじゃないか・・・。


「よう、日向さあ、」
「ああ?」
そんなこと聞いてどうするんだ?バカみてー。
「何だよ。」
俺だから、あの時抱きついたのかって?俺だから、あんな表情見せるのかって?
「松山?」
「・・・・・・日向さあ、高校卒業したら、やっぱ海外とか行くのか?」
「・・・・・・」
日向は目線を満月に向けたままで言った。
「どーだかな。」
「でも、行きたいんだろ?」
「まあ、な。」
「ふうん。」
「俺がいなくなったら寂しいか?」
ニヤリ、と笑って日向が言った。
「・・・・・・サッカーやめなければ、どっかで会うだろ。絶対。」
全日本とかあるんだし・・・。と、日向は何か珍しいものでも見るみたいに、俺の顔をきょとんと見ていた。
「それは、俺がいなくなったら寂しいって認めてるってことか?」
「?!/// んなこと言ってねーだろっ!ひとっことも!!バっカじゃねえのっ」
俺は持っていたボールを、思いっきり投げつけた。


本当は、わかってるんだ。岬。俺も。たぶん日向も。

俺の中にはまだ開けたことのない扉がある。
その扉はいつでも開けられるんだろうけど。


きっといつかは、開けてしまうんだろうけど・・・。

でも、まだ今は、開けないでおきたいんだ。
もう少し、このままでいてもいいかなって。
あのバカがうるさくノックしてきやがるけど。
もうちょっとだけ、このままで・・・。


この扉 ノックする確信の・・・

Song by THE BACK HORN   「扉」


失礼をばいたしました。
連載企画しか小説ができてなくて(小説メインのくせに・・・)とりあえず挑戦してみました。
うう・・・。撃沈・・・。
みなさまの素敵小説の数々を読んではクラクラしている私ですが、
やっぱりいざ自分で書くのは難しい・・・。

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