負けた…
掴みかけていたはずの勝利は目前にすり抜けていき、その瞬間、アジア杯連覇の夢は途絶えた。
1点のビハインドを後半に追いつき、怒涛の攻めをみせたものの得点には繋がらず。
延長戦も何度も訪れたチャンスを生かしきれず、ついに迎えたPK戦。
一人目の日向のキックは枠を大きく外す。
が、相手の三人目も外してサドンデスに突入した。
確実に決めるだろうと思われていた六人目、翼のキックはまさかのゴールポスト。
全てはGK若林に託されたが、相手は落ち着いてゴールを決め…
俺達日本代表はアジア杯連覇どころか準々決勝で敗退することとなった。
ピッチに座り込む者。呆然と空を見上げる者。
岬に抱きしめられた翼は、悔し涙を浮かべて肩を震わせていた。
俺は…
そんな皆の姿を見ながら、キャプテンとしての不甲斐なさを感じ…
それから、
「……」
無意識に、日向の背中を探していた…
「松山、日向を知らないかい?」
「え?」
試合後のインタビューを終えてロッカールームに戻ると、三杉に話しかけられた。
スタッフがインタビューに応じるよう日向に言っていたけど、ガン無視して先に戻って行くのは見かけた。
多分、誰よりも先にロッカールームに戻っていたはずだ。
「いねえの?」
「ああ。」
「一番に戻って行ったぞ?」
「それは僕も気付いてたけど。その後」
監督とスタッフが気付く前に探さないと… と三杉とコソコソ話していたら、
「あの〜」
おずおずと、今回初召集の佐野が話しかけてきた。
「どうした?」
「日向さん、探してますか?」
「おう。どこ行った?」
「先にタクシーでホテルに戻るって」
「……」
あいつーーーーーっっ 勝手な事しやがって!!!!!
「あのバカっ…」
「松山、静かに。」
怒りのあまり思わず叫びそうになった俺を三杉が諌める。
「悪いけど、松山も先にタクシーでホテルに戻っておいてくれないかい?」
「え?!」
「君、確か今回は日向と同室だよね?
それに、日向がヤケを起こしてとんでもない行動に出ないとも限らない。
そうなった場合、彼を止められるのは君しかいないだろう?」
いやいや!俺しかいないことはねーだろ!!と思ったけど、三杉の顔は真剣そのもので。
「僕が上手く言っておくから。頼むよ松山。」
「…ま、まあ… それはいい けど。」
「佐野も知らなかった事にしてね。」
佐野は数回頷くと、自分のロッカーの方へと戻って行く。
三杉に「じゃあ宜しくね」と言われて大慌てで着替えると、そっとロッカールームを後にした。
タクシーに乗り込み、宿泊先のホテルの名前を伝える。
スタジアムの周辺は応援に来てくれたサポーターで溢れていて、
日本代表の青いユニフォーム姿もたくさん見てとれた。
今日の不甲斐ない試合を観て、みんなどう思ったんだろう…
あの時こうしていれば、あと1点取っていれば、延長戦でのチャンスを生かしていれば…
日向が、翼が、PKを外さなければ…
違う、そうじゃない。
誰が悪いとか、そういうことじゃない。
それは分かってる俺もみんなも。
でも…
俺の脳裏に、試合終了後の景色が蘇る。
岬は、真っ先に翼の元へと走った。
どうして俺は… 日向の元へ走らなかったんだろう。
どうして俺は日向を、思いっきり抱きしめなかったんだろう…
慰めや同情なんかじゃない。
その気持ちを、共有するために。
「Sorry. Could you hurry a little more?」
つたない英語でそう言うと、運転手は軽く頷いた。
ホテルに到着すると、俺は大急ぎでフロントに走り鍵を受け取る。
それからエレベーターに乗り込み、目的階のボタンを押した。
とりあえず部屋にいてくれればいいけど…
三杉の言うとおり、ヤケを起こしているかもしれない。
どこかで酒を飲んで喧嘩してるとか…
突然、修行だとか言って行方不明になってるとか…
俺の荷物が悲惨なことになっていても許してやるから、
せめて部屋で大暴れするくらいで収まっていてくれ!!!
「日向!!!!」
部屋の鍵を開け、勢いよく中へと飛び込んだ。
「……っ」
が、そこに日向の姿はなく…
「ひゅー が?」
ベッドの上にスポーツバッグとジャージが乱雑に置いてある。
部屋の中は特に荒れた様子もなくて、単純に一度ここに戻って荷物を置き、着替えて出掛けたように思えた。
どこに行ったか見当もつかないが、とりあえず後を追いかけようと荷物を置いたところで
「お?松山。」
「?!!」
聞き慣れた声に振り返ると、Tシャツ短パン姿の日向が髪をタオルで拭きながらこちらに近づいてきていた。
え…?
もしかして、シャワー浴びて た?だけ???
「早ぇな。」
「…ひゅ… が… お前…」
「ん?」
「お前ええええええーーーーー!!!!!」
「うわっ 何だ松山!!!」
俺はずかずかと日向に近づき、ゲンコで思いっきり頭を殴った。
「いっで」
「日向!!てめーっっ 自分勝手な行動しやがって!!!!」
「?!! まつっ…」
奴の身体を引き寄せ、力強く抱きしめた。
試合終了直後こうしていたら、その気持ちを共有出来ていたら…
日向は一人で抱え込まずにいられたのかもしれないのに。
「ったく… インタビューは受けねえわ、勝手に先に帰りやがるわ… 心配かけるんじゃねえよバカ」
「…いや、ちゃんと断って帰ってきたぞ?」
「…え?」
意外な言葉に、俺は身体を離して日向の顔を見た。
「監督と、早川コーチと、あと佐野にも。
今日はもう帰るだけで、反省会は明日ホテルでするって聞いたからな。」
インタビュー受けなかったのは、まあちょっと悪かったが… と続ける。
「心配かけたんだったら悪かった。」
「いやっ その…///」
予想外の話をされて面食らった上、日向のくせに素直に謝ってきたりして
すっかり早とちりだったらしき俺の方が恥ずかしくなってしまった。
しかもピッチ上でもないのに、力強く抱きしめちゃったりして…
俺は慌てて一歩離れて距離をとった。
日向はそんな俺の顔をちらっと見て、後頭部を掻きながらバツ悪そうに目線を逸らして。
「…正直、イライラしすぎてそこら辺にある物ぶっ壊しそうになってたからよ…
喚き散らして暴れるわけにもいかねえから、とりあえず一人で頭冷やさねーとって思ってな。」
「…そ、 そうか」
「さっきまでベッドにうつ伏せになってジタバタして思いっきり叫びまくって。
今シャワーを浴びたところ… なんだが。」
そこまで言うと、日向は大きくため息をついて俺の顔をじっと見た。
「お前だから、言うんだからな。松山。」
「え?」
「こんなカッコ悪ぃ話、他の奴にはするなよ。」
「…… あ うん。」
いやいやいやいや。
お前がインタビューも受けずに一人でいなくなった時点で、怒り狂ってどうかなってるだろうって誰もが思うって。
俺も思ったし、三杉も佐野も、確実にそう思ったに違いない。
「ま、まあ、無茶苦茶なことしてなかったなら良かった。」
思わず本音を漏らすと、
「無茶苦茶な事って、なんだ?」
と聞かれてしまった。
「うーんと、それこそ部屋の中が荒らされまくってるとか、酒飲んでどっかで暴れてるとか、
外人相手に喧嘩してるとか、あと行方不明になってる、とか…」
「なんだそりゃ。」
随分とワイルドだな、と笑って、日向はベッドに腰を下ろした。
俺は日向の前に立って顔を覗きこむ。
「じゃあ、もう落ち着いたんだな?」
「ああ」
「…あ。さっき殴ってゴメン。」
頭をなでなでしたら、日向は「ヤメロ」と言って手を払いのけた。
「もう二度と、あんなヘマはしねえ。情けない試合もしねえ。」
「…おう。」
いつもの日向だ。
こうやって、また一つ強くなる成長する。
俺も、日向も、みんなも。
「それより松山、お前シャワーも浴びずに出てきたんだろ?」
「え?まあ。」
「すげー汗臭い。さっさとシャワー浴びてきてくれ。」
「…誰のせいだと思ってんだコノヤロー」
もう一度ゲンコで殴ってやろうと思ったが、まんまと避けられてしまった。
(完)
アジア杯を観て思いつきで。
思いつきの割には時間がかかりましたが;;
PK戦は仕方なかったとしても、あそこまでやって負けるのはなあ。
強くなれ!日本!!