三杉から届いた封書の中には一通の手紙と旅館のパンフレット。
それから、2つの切符が入っていた。
東京までの航空券に、これは・・・熱海までの新幹線???

『うちのホテル経営の一環で伊豆に旅館を開くことになった。モニターとして一泊どうぞ。』

・・・・・三杉の親父の会社って、なんか色々やってんだな・・・。
こないだなんかはスポーツジムの無料券、これでもかっつーくらい貰ったし。
もともと何の会社だったんだろ?

って。いやいや、そんなことより。

俺はスケジュール帳を開き一応オフかどうかを確かめる。
なんで「一応」なのかと言えば、三杉が何か誘ってくる時は大抵、いや、ほぼ確実に、きっちりオフの日を押さえてくるのだ。
それどころか試合とか重要な案件でなければいつの間にやらどこかに手を回して勝手にスケジュール調整されてる事すらある。
・・・一体どんな人脈を持っているというんだろう・・・。
予想通り、指定された日もオフになっていた。

しかし、『モニター』って一体・・・
現地に到着した途端、元南葛やら元東邦やらがわんさかいたりして。
それはそれで・・・まあ、嬉しいか。
ともかくなんだかよく分からないが細かいことは考えないことにして(どうせ無駄だし)
それ以降結局当の本人三杉と連絡を取ることもなく、俺はその日を迎えることとなった。



東京を経由し、無事熱海駅に到着。
ふう。やっぱこっちは暑いなあ。
大して中身の入っていないスポーツバッグを肩に担いで改札を抜ける。
それはそうと、熱海駅からのことは何も書いてなかったな。
旅館の送迎バスが来たりするんだろうか?
それともタクシーに乗れってことか?

駅前のロータリーはタクシーやバスが目まぐるしく行き来している。
立ち並ぶ土産店や「○○ご一行様」なんて書いた大きな観光バスを見ると、いかにも観光地に来たなぁ・・・と感じずにはいられない。
(ん?)
近くから何やらいい匂いが漂ってきて、俺はふらふらとそちらへ歩いていった。
見れば幟旗には「温泉まんじゅう」の文字。
蒸し器からはもわもわと湯気が立ち上っている。
おおおお・・・。う、うまそう・・・vv

「松山。」

聞き覚えのあり過ぎる声にはっとして振り返ると、そこには・・・
「み、三杉!!」
「・・・・・・何してるんだい?」
「え、あ、いや・・・」
まさか三杉がいるなんて思わなかったから、俺は心底驚いてしまった。
三杉はそんな俺のマヌケ顔をしばらく見て、それから饅頭屋を見てクスっと笑った。
「さあ、行こうか。」
「え?」
三杉は向きを変えると、颯爽と歩き出した。
慌てて荷物を担ぎ、俺も後を追う。

久しぶりの三杉の後姿は相変わらず姿勢が良くて。
俺はなんだか妙に嬉しくなったのだった。



車は海沿いの国道を南下する。
空は快晴。最高のドライブ日和で気持ちがいいったらない。
運転席にはサングラスをかけた三杉。
白地にワンポイントの入ったポロシャツが良く似合っている。
開け放った窓から入る潮風に、亜麻色の髪がなびいた。

「・・・・なんか、意外だよな。」
「何が?」
俺の呟きに、三杉はサングラスの脇からチラリとこちらを見た。
「三杉って、俺が見たことないような外車とか乗ってそうな気がしたから。」
「なんだい?それ。」
三杉はくすくすと笑った。
「国産車でSUVなんてさ。」
「そんなに意外?」
「しかも自分で運転してるし。」
「運転好きだよ。」
「だって、絶対お抱え運転手とかいそうじゃん。」
「松山の中の僕って、一体どんなことになってるわけ?」
「・・・・おぼっちゃま。」
はははは、と今度は声を上げて笑う。
「おぼっちゃまって、その響き古すぎ。」
それから、まあ僕も松山んちは絶対牧場だと思ってたからお相子だけどね、と言った。
(っつか、牧場だと思われてたのか・・・。)


小一時間ほど車を走らせ、ようやく目的地に到着。
そこは純和風の大きな旅館だった。
三杉が手早くチェックインを済ませ、仲居さんの後について奥に進むと日本庭園に出た。
広い庭園の中に和風の平屋の建物が点在している。
どうやらこの離れ一軒一軒が客室になっているようで、俺たちはその中のひとつに案内された。
建物は新築なのに古びた感じがあり、どこか風流だった。

時刻は午後四時をまわっていた。
案内してくれた仲居さんが淹れたお茶をすすりながら、しばらく近況報告をし合う。
久しぶりの三杉は、今日は少しだけおしゃべりな気がした。
時々、ふいに落ちる沈黙に、こうして畳の部屋で二人向かい合っているとなんだか昔の新婚旅行みたいだなぁ・・・なんて考える。
・・・いや、むしろカケオチか?

「夕食の前にお風呂に入るかい?」
三杉は俺に浴衣を手渡しながら言った。
「ここ、全部の部屋に露天風呂がついているんだよ。大浴場もあるけどね。」
「へえ。そうなんだ。すっげーな。」


「・・・・・露天風呂、一緒に入る?」


微妙な間の後、微妙な目線でそんな台詞を呟かれ、
思わず俺は条件反射(?)で後ろに跳び退るように立ち上がってしまった。

「いいいいいいや、あの・・・・そ、そ」
「冗談だよ。」
三杉はバカみたいに狼狽する俺を下から見上げながらあっさりそう言うと、すっくと立ち上がって、
「じゃあ一番風呂もらうよ。」
と去って行ってしまった。

(・・・・ななな、なんだよ、もう・・・)

俺は思わずがっくりと膝を落とし、畳の上に手をついた。
揶揄われるのはいつものことだけど、この手の冗談はヤメテほしい・・・。

・・・あ。そうだ。
「なあ、三杉。」
「うん?」
すでに部屋の引き戸を開け、出ようとしていた三杉を引き止め訊ねる。
「モニターって、なんかするのか?」
「え?」
「ほら、感想を書いたり?とか?っつか、俺たち以外のお客さんもモニターなの?」
「・・・・・・・・」
すると三杉の表情は一気に曇り、明らかに不機嫌そうな顔をした。

(え?え?俺、なんかまずいこと言った?!)

ものすごく当たり前の疑問を、ものすごく当たり前に聞いたつもりだったんだけど!!
焦る俺・・・。
一方の三杉はこちらをじっと睨んだまま。
結構な時間が経ったように思われる・・・。
それから、ようやく三杉が小さな声で言った。

「・・・・・君がいつまで待っていても誘わないからだろう?」

ぱたん。

「・・・・・・」


俺は思わず、エサを欲しがる鯉のように口をパクパクさせてしまった。

えええ?!!
ささささ誘わないって、どのこと言ってんだ?!!
遊びにってことか??それとも・・・それは・・・・



それからの俺といったらもう完全にパニックで。

三杉が風呂から出てきて、促されるままに俺も風呂に入って。
せっかくの露天風呂もまともに楽しむことさえ出来ず、頭ん中で色々なことをぐるぐる考えているうちにのぼせそうになる始末。

その後三杉がミネラルウォーターを買ってくると外へ出て行き、俺はのぼせた頭を冷やそうと、窓を開けて座り風に当たった。
風呂上りの浴衣に夕暮れ時の風がなんとも心地よい。

ぼんやりと眺める日本庭園は、どこか現実と切り離された景色のように思える。
それはまるで絵葉書のようで。
ふと、これは夢ではないかと考えたり。

って、現実逃避してる場合じゃないぞ、俺・・・。

さっきのあの台詞は、どう捉えたらいいのだろう?
また同じことを考え直す。
けれどいくら考えたところで結局それは俺の妄想にしか過ぎず、出口は見つからないままで。

「・・・はあ。」
思わずひとつ、大きくため息をついた。
「幸せ逃げるよ?」
「っ・・・」
抑揚のない喋り方のその声に一瞬ドキリとして振り返る。
瞬間目が合って、しばらく俺たちは見つめあった。
「三杉、俺・・・」
何か言わなければと思うのに、言葉がうまく出てこない。

三杉は手に持っていたミネラルウォーターを机に置くと、こちらに向かって歩いてきた。
そして・・・

「っ・・・///」
「松山の鈍感ぶりときたら犯罪だよね。」

俺の膝の上にちょこんと座って、三杉はかなり至近距離で俺の顔を見た。
「・・・というか、わざと?」
「え・・」
「僕らって、恋人同士じゃなかったの?」
どことなく怒っていた様な表情が緩んで、三杉はほんの少し照れているような苦笑いをした。
その言葉と表情に、俺は突然、さっきの三杉が言わんとしていた事が俺の妄想ではなく事実なのだと、
確信が持ててしまった。

「・・・///」
「緊張してる?」

三杉はくすっと笑って、俺の頬に手をやる。
それから優しく、額にちゅっとキスをされた。

「・・・・子供扱いすんなって・・・。」
「子供じゃないか。松山は。」

三杉の長い睫毛が二、三度目瞬いて、ゆっくりとその目が閉じられる。

ホント、俺の鈍感ぶりときたら犯罪だ。
ごめん。三杉。
それから、ありがと。

外からの涼しげな風がふわりと吹いて頬をくすぐり、俺は誘われるがままにその柔らかそうな唇にキスを・・・


ん?

・・・柔らかい?唇???


「・・・・・・・・・」
明らかに異質な感触に目を開くと、
「プレゼント。」
柔らかい唇の代わりに俺の顔に押し付けられていたのは、包装紙にくるまれた長方形の箱。

・・・これは・・・

「温泉饅頭。」
「・・・おんせん、まんじゅう・・・?」
「食べたそうにしてたじゃないか。駅で。」
はい、と箱を手渡され、俺は意味がわからずそれをしげしげと眺めた。

三杉は悪戯な笑みを浮かべて俺から離れた。
「続きは夕食の後。」
「へ?」
「松山は僕たちの初めての夜をどんな素敵な演出で盛り上げてくれるつもりなのかな?」
まるで本を読んでいるかのようにスラスラ喋って、にこっと笑う。

なななな、なんだとぅ?!!!

直後、まるでタイミングを計ったかのように、「お夕食です〜」という仲居さんの声がした。


・・・神様、俺はどうしたらいいんでしょう・・・
この淳様を喜ばせる素敵な演出なんて、俺にできると思いますか・・・?

(・・・ああ、もう反町でもいいから教えてくんねえかな・・・)

思わずメールを打とうかと本気で考えてしまった・・・。

確かに俺の鈍感ぶりときたら犯罪だ。
それは認める。
でも、

三杉のひねくれぶりだって相当じゃないか?!!!


こうして露天風呂同様、豪勢な夕食をゆっくり楽しむことも出来ず、
俺はこの後の展開についてぐるぐると頭を悩ませるハメになったのだった・・・。

2007松淳祭投稿作品でした。
初松淳・・・ いや〜 楽しかったですvv
鈍感で女々しい松山と(汗)ひねくれぼっちゃん三杉先生。
どっちが攻なんだか・・・(苦笑)
来年もまた参加できるといいなあvv

top