その瞳は黒曜石のようで

その髪は天鵞絨(ビロード)のようで

俺は一瞬にして、目を奪われてしまったのだ。


「From a distance」
「おや、お客さんお目が高いね。この子をお気に入りかい?」
ひどいしゃがれ声に顔をあげると悪人面に髭を生やし、太ったオヤジがこちらを見ていた。
「この子は大陸の北のはずれ、今は無きウパス国の貴族の末裔でね・・・」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながらあからさまな作り話をする。
そんな話を鵜呑みにするようなマヌケ面に見えるのか?俺は・・・
ヒューガは思わずオヤジをギロリと睨みつけた。
しかし当の本人は気づいているのかいないのか、相変わらずの饒舌ぶりで話を続ける。
「今は埃を被っているが、磨けば光る玉ですぜ。本当なら800・・・いや、1000イコルは頂きたいくらいなんですが、ただ・・・」
いかにももったいぶって、オヤジは周りの人間に聞こえないようにヒューガに顔を近づける。
タバコとコロンが混じり合ったきつい匂いが鼻をつき、思わずヒューガは顔を歪めた。
「こいつ、口が不自由でね。今なら500イコルにまけときますよ。」
まあ、考えようによっちゃ口がきけないのは好都合かもしれませんがね、と付け加えた。


背後を、果物を積んだ荷馬車が石畳の上をゴトゴトと大きな音を立てながら走っていった。
市場は夕刻を過ぎ、食料品や日用品を売る店はテントを片付け始めている。
逆に飲食店や酒場は明かりが灯り、街は夜の顔へと変貌していく。

こうした人身売買を目的にした店はそれほど多くはないが昼夜を問わずテントが出ていて
どこから来たのかわからない、素性の知れない少年少女達が手枷足枷をされて家畜のように繋がれている。
もちろんこれは犯罪に他ならないのだが、大陸国家から意図的に自治区にされたこの島は無法地帯と化しており
人身売買以外にも不徳な商売が横行していた。


少年はじっとこちらを見ていた。
他の少年少女と同じようにボロボロで薄汚れた衣服を着せられ、拘束具で手足の自由を奪われた状態でうずくまるように座っている。
だが数人の「売り物」の中でも彼は妙に目立っていた。
それは彼の黒い瞳と黒い髪のせいだけではなく、その奥から放たれる何か不思議な力のように思えた。
「・・・・500でいいんだな?」
「へへ。毎度。」
オヤジは繋がれた鎖を杭からはずすとヒューガに渡す。
ヒューガは懐から金貨の入った小さな皮袋を取り出すと、それさらオヤジに手渡した。


「少し歩くぞ。」
首輪から繋がれた長い鎖が石畳に擦れてジャラジャラと喧しく音を立てた。
両手両脚にもそれぞれ拘束具がついており、いかにも歩きにくそうである。
街の人間は誰一人として振り向かない。
このような光景は日常的で、犬を散歩している程度にしか思っていない。

街から少し離れた森に隠すように繋いであった真っ黒い馬に跨り、ヒューガと少年は暗闇を駆け抜けた。
夜の闇に包まれた森は木々に覆われ月明かりもほとんど届かない。
道なき道を走っているはずなのに、ヒューガはまるで整えられた道でもあるかのように迷い無く馬を走らせる。
手足の自由を奪われたままの少年はヒューガの腕の中でうずくまるように小さく震え続けていた。




真っ暗な森の中を走り続けてどれくらい経ったのか、やがて一軒の小さな家に到着した。
まさかこんなところに人が住んでいるのか・・・と誰もが疑うような森の奥深くである。
石造りの簡素な家ではあるが丈夫そうで、家の横には馬小屋と井戸、それから畑まであった。
ヒューガは馬を小屋に入れると、少年を家に招き入れた。

「足、平気か?」
「・・・・・」
「・・・そうか。しゃべれないんだったな。悪かったな、裸足のまま長いこと歩かせちまって。」
ヒューガの言葉に少年は少し驚いた様子で首を横に振った。
ヒューガは少年を椅子に座らせると荷物を片付け、長めの外套を脱いだ。
「っ・・・」
少年は目を見張った。
外套の内側には見たこともないような銃や刀剣がいくつもぶら下がっていたのである。
露わになった腕には何か刺青のようなもの。
焼けた肌とそれなりに鍛えられた筋肉が健康的に見せた。
視線に気づいたのか気づかないのか、ヒューガは土間に向い鍋をとると水を入れ火にかけた。
その様子を少年はしばらく背後から見つめ、やがてゆっくりと部屋の中を見回した。
簡素な家とは釣り合わない、細かい細工の施された重厚なテーブルと椅子。
かなり大きめなベッド。
見慣れない文字の書かれた沢山の本。
どれもこの国のものではないように思える。
自身の素性も知れない自分が言うのもおかしな話ではあるが、謎の多い男だ、と少年は思った。
「これから風呂を沸かすには時間がかかる。とりあえず身体だけ拭いてくれ。」
言いながらヒューガは椅子に座った少年の足元に跪き拘束具をはずしにかかる。
「っ・・・」
「随分頑丈な鎖がついてんだな。」
「・・・・外すのか?」
「・・・・」
ヒューガは少年の顔を見上げた。
「なんだ。しゃべれんのかよ。」
はっとして少年は口を塞ぐ。
それから少し気まずそうな顔をして小さな声で言った。
「・・・しゃべれないなんて言ってねえ・・・」
少年の言葉ににやり、とひとつ笑みを浮かべ、今度は手の拘束具を外しにかかる。
「いい声だ。なんで口がきけないなんて?」
「・・・・その方が都合がいいんだ。色々と・・・」
「・・・・そうか。」
少年がこれまで受けてきた、おそらく過酷だったであろう仕打ちを思い、ヒューガは口を噤んだ。
「お前、生まれは?」
「・・・・知らない。記憶がない。」
「歳は?」
「たぶん、12か13・・・」
たぶんかよ、と笑いながら、ヒューガはぐつぐつと音がし始めた鍋を火から下ろした。
洗面器にお湯をうつし、水を足す。
ちょうどいい温度になったところで布を濡らし、少年に渡した。
「ほらよ。明日は風呂にいれてやるから。」
「・・・・」
「その服は捨てちまえ。かわりに・・・」
と、ヒューガは少し考えて、それからベッドの下のスーツケースのような大きな鞄から真っ白いパジャマを取り出した。
「ちょうどいいだろ。」
少年はパジャマを受け取る。
それは本当にちょうど良さそうな大きさで、まだ新品かと思うくらい綺麗だった。
(・・・誰んのだろ・・・?)
「名前は?」
「え?」
「お前の名前だ。」
「・・・・・ない。」
パジャマに手を通しながら、少年は答えた。
「ないってこた、ないだろ?」
「いつも呼ばれ方が違った。一番最近呼ばれていたのはセタだ。」
「・・・・セタ・・・。」
どこの国の言葉だったか思い出せないが、確か「犬」という意味だ。
ヒューガはどこの誰かもわからない、少年に「犬」と名付けた人間に嫌悪感を持つ。
「本当の名前はわからない。」
「じゃあ・・・ ヒカル。」
「・・・ヒカル?」
「お前は今日からヒカルだ。俺の名はヒューガ。よろしくな。」
ヒューガは微笑み、そっとヒカルの髪を撫でた。

(・・・・ヒカル)
ヒカルはもう一度、心の中で名前を呼んでみる。
(なんて素敵な響きなんだろう。)
「ヒカル、こっちへ来い。」
声に振り向くと、ヒューガはランプの明かりを消し、大きなベッドの上に横たわるところだった。
「ベッドはこれしかないんだ。」
「・・・・・」
「ヒカル?」
強張ったような表情のヒカルに気づき、ヒューガは思わず噴出してしまった。
「大丈夫。とって喰いやしねえよ。」
くくく、と喉の奥で笑うヒューガに、ヒカルはなんだか恥ずかしくなって顔を赤くした。
ベッドに上がるとこれまで味わったことのないスプリングの良さに、思わず顔が綻んでしまった。
「なんだ。笑うと随分子供なんだな。」
まあ、12,3歳じゃ子供みたいなもんか、と笑って言う。
「・・・・ヒューガは、いくつ、なんだ?」
「俺か?俺は16だ。」
そんなに変わらないじゃないか、とヒカルは少し驚いた。
「変な奴・・・」
「俺が?」
ヒカルはころんと横になると、膝を抱えて小さく丸まった。
「ヒューガは、俺のこと鎖で繋がない。打ったり蹴ったりもしない。・・・・セックスもしない。」
「・・・・・そんな趣味はねえよ。」
「・・・・」
「あのな、世の中の人間が全てそんなんってわけじゃないんだぜ?」
まるで母親が子供をあやすように、ヒューガはヒカルを優しく腕の中に包み込んだ。
「っ・・・」
「今まで運が悪かっただけだ。」
ボロボロと、大粒の涙が頬を伝った。
こんな風に優しくされたのはいつぶりだろう?
少なくとも、あるだけの記憶の中にはなかった。
「お前は・・・」
ヒカルの涙を拭いながら、ヒューガは言った。
「ただここにいるだけでいい。」
「・・・・」
「俺が眠る時、横にいるだけでいい。」
「ヒュ・・・」
「少し家の中のことを手伝ってくれるとありがたいけどな。」

月明かりに照らされたヒューガの優しい横顔。
ヒカルは初めて人間の体温を心地よいと感じた。


(続く)

かこ様に捧ぐパラレル小説でございます。
あ、すんません。続きます。(汗)
かこ様への貢物としては2、3話で終わる予定ですが
なんだかオールキャラ祭りな連載モノになっちゃうカモ・・・(^^;)
しかし恥ずかしいですね・・・ 読み返すと・・・(汗)

かこさん、こ、こんなんで大丈夫ですか?!!
続けちゃって平気ですか?!!
苦情絶賛受付中ですから!!


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