(あ、芽が出た。)
畑の前に座り込んで、朝露に濡れた萌黄色の双葉を人差し指でつついてみる。
柔らかい新芽が小さく揺れた。
朝、畑に水を撒くのがヒカルの一日の最初の仕事だ。
その間にヒューガが朝食を作ってくれる。
いつも市場で買ってくるパンを焼き、ベーコンとスクランブルエッグを添える。
畑で採れた野菜を使ってスープを作ってくれることもあった。
ヒューガは炊事以外も、洗濯も掃除も、みんな器用にこなしてしまう。
畑の水撒き以外でヒカルのやる事と言えば、食事の後片付けと洗濯物を取り込むくらいだろうか。
ただ飯食らいになるわけにはいかないとヒューガに言ったが、
『お前の仕事は俺が眠る時に俺の横にいることだ。』といつも同じことを返される。
それから、少しでも文字を覚えるようにと本を数冊渡された。
あれから一ヶ月。
いつも通り出かけていくヒューガの後姿を見送る。
昼もだいぶ過ぎた頃出かけていって、夜も更けた頃に帰ってくる。
時には明け方近くになることもあった。
夕食は出かける前にヒューガが準備してくれていた。
また家に一人残されて、ヒカルは大きく伸びをした。
(退屈だな・・・)
本も少しは読んだが、もともと体を動かすほうが好きなのだ。
本当ならもっと外に出たいのだが、一度森へ探検に行って迷子になってしまい
ヒューガにこっぴどく叱られてしまってからはそう遠くへ行けなくなってしまった。
(それでも、今までと比べれば天国だ・・・)
ヒカルはこれまでの主人に受けた仕打ちを思い出す。
顔もおぼろげにしか覚えていない過去の主人たちは、ヒカルを足蹴にし鞭で打ち働かせ
時には淫行を強要し、そして強姦したのだ。
「ちっ・・・」
頭を振ってくだらない過去を追い出す。
それから大きくひとつ深呼吸をした。
(暇つぶしに掃除でもしよう。)
そうだ。
たまにはヒューガを驚かしてやろう。
きっと自分のことなんか、せいぜい畑の水撒きくらいしか任せられない子供だと思っているのだ。
ならば見たこともないくらい部屋の中をピカピカにしてやろう・・・
ヒカルはヒューガの驚く顔を想像してほくそ笑んだ。
それから、
時々しか見せない優しい顔で、そっと頭を撫でられることも。
意気揚々と掃除道具を用意し、外に水を汲みに行こうとしたとき。
『はぁ〜 やっと着いたよ・・・』
どこからか聞き慣れない声が聞こえてきた。
『あれ?久しぶりに帰ってくれば見慣れない顔だな。』
「?」
『ヒューガさんはどこだ??仕事中か?』
足元にいたのは黒猫。
薄汚れて少し痩せていて、お世辞にもキレイとは言い難い。
いや、そんなことよりも・・・
「今しゃべったの、お前か?」
『にゃ?!』
黒猫はヒカルを見上げた。
「しゃべれるの?変なやつ。」
『って、それ、俺に言ってんの?』
「他に誰がいるんだよ。」
『うっそ!あんた、俺の言葉わかんの?!すごっ』
黒猫は嬉しそうにくるくると回った。
ヒカルは目線を合わせるように、黒猫の前にしゃがみ込む。
「俺がすごいんじゃなくて、しゃべれるお前がすごいんだろ?」
『何言ってんのさ。俺がしゃべれるんじゃないよ。あんたが俺の言葉を理解してんの。』
ヒカルは小首を傾げると、まあどっちでもいいや、と黒猫の頭を撫でた。
『あんた、誰?ヒューガさんの何?』
相当腹をすかしているのか、ヒカルの出したミルクを少々慌てて飲みながら黒猫は尋ねた。
「俺はヒカル。ヒューガの・・・」
『?』
「ヒューガに、買われた。」
『買われた?』
あの人、そんな趣味あったかねえ・・・などと黒猫は呟く。
『じゃ、俺と同じでヒューガさんが主人ってわけだね。』
「うん。そう。お前は?ヒューガの飼い猫?」
『そ。カズキって呼んで。この二ヶ月迷いに迷っちゃってさあ。もう帰れないかと思ったよ。』
やれやれ、とカズキはため息をつき、口元についたミルクをペロっと舐めた。
「なんで?」
『や、それがさあ。かわいい子に声をかけようと思って近づいたのはいいんだけど・・・
その子どうやらそこら辺のボスの女だったらしくて。そんで追いやられ追いやられで』
と、しばらくの間カズキの冒険劇の話が続いた。
ヒカルはヒューガ以外と話すのが久しぶりで(人ではないが。)嬉しそうにカズキの話に耳を傾けていた。
『・・・とまあ、そんなわけよ。』
「大変だったんだな。」
『なんか嬉しそうだなあ。ヒカル。俺本当に大変だったんだぜ?』
「わかってるよ。」
『って、笑いながら言ってるし。』
「な。とりあえず体洗ってあげよか?それから俺の夕飯分けてあげるよ。」
『マジで?!ヒカル超いい奴〜vv』
桶に水を汲みに行くヒカルの足元に擦り寄るようにしてカズキも一緒に外に出た。
今日もヒューガはまだ帰らない。
せっかく部屋を掃除したというのに。
しかも今日は二ヶ月ぶりのカズキも一緒だ。
(話したいことがたくさんあるのに・・・)
ヒカルはベッドの上でうとうととし始めた。
足元にはヒカルのおかげで随分と小奇麗になったカズキが満足そうにまるくなっている。
心地よい睡魔が、ゆるゆると夜の闇へと吸い込んでいく。
あと数時間もすればまた朝が来て、ヒューガの大きな手で頭を撫でられながら起こされるのだ。
ガシャン!!
「?!!」
何かが割れる大きな音に、ヒカルは一気に目を覚ました。
(・・・何?)
身体を起こし、まず目に入ったのは割られた窓、風に大きく揺れるカーテン。
ガンッ ガンッ
今度は銃の音。
大きな音をたてて、重たいドアノブがゴトンと下に落ちた。
「なっ・・・」
「・・・・・てめえ、誰だ?ヒューガはどこにいる?」
「っ・・・」
蹴破ったドアから入ってきたのは、銃を構えたスキンヘッドの大男だった。
「おい、チビ、ヒューガはどこだ?!」
銃をこめかみに突きつけられ、ヒカルは思わず目を瞑った。
「し、知らない・・・」
「チッ。」
ヒカルの耳元で、撃鉄を起こす乾いた音が響いた。
(続く)
黒猫カズキ登場です。
カズキとヒカルの関係の設定も妄想はあるんですが、
そこまで書けるかしら・・・(^^;)
ヒカルくんピンチ。
どうするどうなる?!っつーことで次回で一旦完結するはずです。