ほとんど暗闇の森を、同じくらい真っ黒い馬に跨りヒューガは走っていた。
「っ?!」
突然目の前を何かが横切り、ヒューガは慌てて手綱を引いた。
馬は大きく嘶いて前足を上げる。
よくよく目を凝らして見れば、そこには見慣れた黒猫が立っていた。
「・・・・カズキ?」
『ヒューガしゃ〜んっっ』
カズキは馬から下りたヒューガに飛びついた。
『大変なんです!!ヒカルがっ ヒカルがっっ』
「なんだ。お前どこ行ってたんだ?随分長い間いなかったじゃねえか。」
『にゃーーー!!やっぱ通じてないいいい!!』
カズキの必死の訴えも、残念ながらヒューガには『にゃにゃにゃにゃーっ』としか聞こえない。
それでも一応悪いなとは思いながら、カズキはヒューガの色々なところを引っ掻いたりして異常を訴え続けた。
「・・・・どうかしたのか?」
『ヒカルがねっ ヒカルが大変なんですってばーっ』
「・・・・」
ようやく何となく感じ取ったのか、ヒューガはカズキを懐の中に入れると再び馬に飛び乗った。



「待て。」
もうダメだ、と思わず目を瞑った瞬間、別の男の声が耳に届いた。
「使えるかもしれん。殺すな。」
「チッ・・・こんなガキがか?」
銃が下ろされる気配がしてようやく目を開けると、向こうに痩せた髭面で片目に眼帯をした男が立っていた。
「縛っておけ。」
眼帯の男の命令で、スキンヘッドの大男はヒカルをひょいと持ち上げると乱暴に椅子に下ろす。
そして持っていたロープで身体ごと椅子に縛りつけた。

(一体何なんだ・・・?こいつら・・・ ヒューガを狙っているのか?)
ヒカルは気づかれない程度に目線だけを動かした。
壊れた扉の前に二人、窓のところにも二人、後ろは見えないがまだ何人かの気配を感じる。
それから家の外もうろうろしているようだ。
・・・そういえばカズキの姿が見えない。
うまく逃げ出せたんだろうか・・・

「おい、てめえ。」
眼帯の男がどこから持ち出したのかワインの瓶を片手に近づいてきた。
持っていたナイフで瓶ごと口をスパっと切り取るとラッパ飲みし始める。
「ヒューガのなんだ?」
「・・・・・・」
ヒカルは何も言わないことを示すように、きゅっと口をへの字にする。
「小間使いか?それとも・・・」
「っ・・・」
太腿のあたりを黒く汚れた手が撫でた。
薄いパジャマの布越しにもそのザラザラとした指先の感触が伝わってきて、ヒカルは鳥肌が立った。
「お慰みってやつか?」
男はにやにやといやらしく笑いながらヒカルの顔に自分の顔を近づけた。
なんとも言えない悪臭が鼻をつく。
ヒカルが顔を背けると、耳元でヒヒヒと笑い声がした。
「ま、だいたいはわかってるがな。」
男は再度ワインをラッパ飲みし口を拭うと、その手を眼帯の下に滑り込ませてボリボリと掻いた。
それからテーブルの上にどかりと腰を下ろして言った。
「あの出来損ないの弟の代わりってところだろう?生っ白いとこなんかそっくりだぜ。」
(・・・・弟・・・?)
もちろん、ヒカルはヒューガからそんな話を聞いたことがなかった。
ヒューガに対しては謎の多い男だとは思っていたが、家族や過去のことなど聞いてもどうせ教えてはくれまい。
余計な詮索をして現在の関係を崩すのは馬鹿げている。
だから毎日どこに出かけて行くのかも、仕事のことも聞かなかった。
(じゃあ、俺にくれた服は全部その弟の・・・)
「何も知らねぇって面だな。」
男はまるでからかうような言い回しだった。
テーブルの上からヒカルを見下しながら相変わらずワインを飲み続けている。
「教えてやろうか。ヒューガはな・・・」
「・・・・」


「それは恐ろしい殺し屋なんだ。」
「っ・・・」


「ぎゃっ・・・」
外から銃声と共に悲鳴が聞こえ、すぐにまた銃声が何度も鳴り響いた。
「くそっ やりやがったな!!」
外を見張っていた仲間がやられたのだと知り、スキンヘッドの大男がカーテンを引きちぎって窓を開けた。
「バカヤロウ!!伏せろ!!!」
「ぐぅっ・・・」
ズシン、と大きな音を立てて、大男は仰向けに倒れた。
その額には丸い弾痕・・・
「ひっ・・・」
「全員動くな!!!」
眼帯の男が腹ばいになってヒカルに近づいてきた。
腰から先ほどワインの瓶の口を切ったナイフを取り出すと、素早くヒカルの喉元に刃をあてる。
そして大声で外に向かって叫んだ。
「おい!ヒューガ!!聞こえてんだろ!!武器を全部捨てて中に入ってきな!
言う通りにしねーと、このガキの首かっ切るぞ!!」
先ほどまでの悲鳴や銃声が嘘のように静寂に包まれる。
ヒカルはゆっくりと生唾を飲み込んだ。
男の冷や汗がポタリとヒカルの肩に落ちた。

音もなく、壊れた扉がぶら下がる出入り口に人影が現れる。
「・・・・よう。久しぶりだな・・・ヒューガ。」
「ギル・・・てめえか。」
両手を挙げたヒューガはいつもの黒い外套は羽織っていない。
武器を捨てろという指示に従ったということだろうか。
ギルが合図すると近くにいた手下がヒューガをうつ伏せに床に倒した。
ヒカルのすぐ足元にヒューガの顔がある。
手下はヒューガが武器を持っていないことを確認すると後ろで手を縛り上げた。

ギルはニヤリと笑うと、ヒューガの後頭部を靴で思いっきり踏みつけた。
「っ・・・」
「探したぜ、随分と。こんなとこに隠れてやがって・・・」
グリグリと靴底を押し付けるようにしながら、ギルはヒューガを見下した。
ヒカルは思わず目を背ける。
(俺のせいだ・・・)
ぐっと歯を食いしばり、涙が零れそうになるのを堪える。
もちろん、ヒューガがヒカルのせいにするつもりなどないことはわかっている・・・。
だが、おそらく自分さえいなければ、ヒューガは間違いなく無傷で助かっていただろうと思う。
ガツッ
鈍い音と共に、床に血が飛び散った。
ヒューガの口の端が切れ血が滲んでいる。
「ボスが何の酔狂か、てめぇを生け捕りにして来いって言うからよ・・・。
俺の片目を奪ったてめぇなんぞ、すぐに殺してやりてぇんだが。」
「それはてめぇのミスだろうが。俺のせいじゃない。」
「うるせえ!!」
火がついたようにギルは何度もヒューガの顔や頭を蹴り続けた。
「やめろ!!」
思わずヒカルが叫んだ。
「・・・・・」
ギルは動きを止め、ゆっくりとヒカルの方を見る。
それからいやらしく笑い、ペロリと唇を舌で舐めると再びヒューガに目線を移した。
「よう、ヒューガ。こいつはてめぇの何だ?」
「・・・・・」
「てめぇを殺れねぇ代わりに、こいつをいたぶって目の前で殺してやろうか?」
「やめろ!!そいつは関係ない!!殺るなら俺を殺れ!!!」
「・・・・・」
(しまったっ・・・!)
ヒューガが思った時にはもう遅かった。
ギルは開いている方の目をいっそう大きく開いて、まるで新しい玩具を目の前にした子供のような顔をして言った。
「打てば響くような返事だな。ヒューガ。」
「っ・・・」
(俺としたことが・・・)
「大方、あの出来損ないの弟の代わりなんだろう?名前は何て言ったか・・・」
「・・・・」
「ボスがてめぇの弟にしたように、俺もこの子を犯してやろうか?」
ギルはヒカルに近づき、髪を掴むとゆっくりと耳を舐め上げた。
「?!よせっ・・・」
「それから俺と同じように、目ん玉くり抜いて・・・」
今度はヒカルの目の上を舐める。
ヒヒヒ・・・と気味の悪い笑い声を洩らし、ギルは再びヒューガの方を向くとしゃがみこんで前髪を掴んだ。
「や、めろ・・・」
「くくく・・・ よく見ておくんだな。お前はもう一度、弟を失うんだ・・・」

(続く)



あああ!!お、終わらなかった!!
すみません〜
どうも毎度のことで・・・(汗)


                


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