ここは、どこ・・・?

いや、俺はここを知っている。
繰り返し見る夢だ。
・・・じゃあ、これもまた夢・・・?

煙が目や喉を刺激する。
火が放たれているのだろうか?
目の前にいる女の人は泣きながら俺を扉の奥に押しやろうとする。
奥は階段で地下通路に繋がっていて、ひどくカビ臭い。
俺はこの地下通路が一体どこまで続いているのか知らない。
「リムセ!!早く行きなさい!!」
・・・リムセ?違う・・・俺の名前はヒカルだ・・・
「扉を閉めたら中から鍵を閉めるのよ!振り返らずにまっすぐ走りなさい!早く!!」
あなたは・・・?あなたはどうするの?
「早く!!」
女の人の肩越しに見えたのは、銃を構えた肌の浅黒い少年・・・
あれは・・・

ヒューガ・・・?




「くくく・・・ よく見ておくんだな。お前はもう一度、弟を失うんだ・・・」
ギルに前髪を掴まれ上げた目線の先には、椅子に縛られたままぐったりと頭を垂れたヒカル・・・
(・・・ヒカル?)
気を失っているのか・・・?一体いつから・・・
「!?」
「何だ・・・?」
ふいにどこからともなく、ゴゴゴゴ・・・という不気味な音が聞こえてきた。
地鳴りのようだ。
その音はだんだんと大きくなり、やがて家全体が揺れ始めた。
窓ガラスはピリピリと音を立て、棚の上の食器がいくつか落下する。
「・・・じ、地震か?!」
ギルはヒューガを離し、思わず立ち上がった。

瞬間

ヒカルの目が開いた。

「っ・・・」
ヒューガの目に映ったヒカルの白い顔。
開いた瞳は見たこともない不思議な色をしていた。
ヒューガは息を飲んだ。
見てはいけないものを見てしまったような、触れてはならない力に触れてしまったような、恐れすら抱く。
「ヒカルっ・・・」
止めなければならない・・・
これが一体何なのかはわからないが、ヒューガは直感的にそう感じた。

が、ヒューガが立ち上がる間もなく突然、眩い閃光が辺りを包み込んだ。
「っ・・・ ヒカ・・・」



ーーーー 違う ヒューガじゃない ヒューガは俺の味方なんだ
       
       消えるべきは・・・・・





辺りが、静寂に包まれた。

地震が収まり、光が消え、ようやくヒューガはゆっくりと目を開いた。
床にうつ伏せになったままだった身体を起こすと、
目の前には先ほどと同じように椅子に縛られたままぐったりと頭を垂れたヒカルの姿。
見渡せば、扉を壊され部屋の中は少し荒れてはいるものの、やはり見慣れた自分の家の中である。
だが・・・
「・・・・奴らは・・・どこへ行ったんだ・・・?」
思わず独り言を呟いた。
ギルをはじめ手下の誰一人も、いなくなっていたのだ。
それは一瞬にして消えてしまったとしか思えないほど突然に。
髪の毛の一本も残すことなく、だ。



目を覚ましたとき、夢だったんじゃないかとヒカルは思った。
いつものベッド。足元にはカズキ。
いつもと違うのは、もう外は明るいというのに隣にヒューガがいることだった。
(・・・ヒューガ・・・?)
死んだように眠るヒューガは一瞬息をしていないのかと思ってしまう。
幾度となくギルに蹴りつけられた頬は腫れ、口の端が切れている。
ヒカルはそっと、ヒューガの髪に触れた。
(・・・あいつらは・・・?)
身体を起こし、ゆっくりと部屋を見回す。
カーテンの破れた窓からはいつもより明るい日差しが注ぎ込んでいる。
壊れた扉には風除けのためにテーブルクロスが貼り付けてあった。
それでもやっぱりいつもと変わらない朝で、外からは小鳥の囀りと小川の音が聞こえてくる。

「・・・・ヒカル?起きたのか?」
「ヒューガ・・・ 大丈夫?」
「俺はなんともない。お前こそ・・・」
身体を起こしながら、ヒューガはそこで言葉を止めた。
「?」
ヒカルの目をじっと見つめる。
そこにはどこまでも深い黒があるだけだった。
「あいつらは、ヒューガが追っ払ってくれたんだろ?」
「え?」
「ごめん。俺のせいでヒューガに怪我させちまって・・・」
「覚えてない・・・のか?」
「何を?」
小首を傾げるヒカル。
ヒューガは何でもない、と言うと、ヒカルの頭をぽんぽんと撫でた。
あの瞳、人間のものではないような・・・ 畏怖の念を抱くほどの圧倒的な威圧感。
ヒカルは一体・・・
「ヒューガ?」
「・・・・」
ヒューガは頭を横に振り、今は考えても仕方がないと自分に言い聞かせた。
「腹減ったな。何か作るか。」
ヒューガはベッドを下り土間に向かう。
「ヒューガ!」
「うん?」
「・・・あ、ありがとう。俺のこと、助けてくれて・・・」
「・・・・・・」
ヒューガは苦笑いをしただけで何も言わなかった。


『俺はヒューガさんに言われた通り、少し離れたところにいたからさあ・・・』
洗い物をしながらカズキに尋ねてみたが、昨日の晩のことは結局何もわからなかった。
ヒューガが来てくれたところまでは覚えている。
その後、何をきっかけにかは分からないが気を失ってしまったのだ。
「んー、じゃあさ、あいつらが何者なのかとか知ってる?」
『さあ・・・ 俺もヒューガさんの過去は何も知らないんだ。ただ、』
「ただ?」
カズキは前脚で顔をこすりながら続けた。
『ずっと何かから逃れて、隠れるように暮らしてるのは確か。だって、こんなトコに住んでるんだぜ?』
「・・・・・・」
『その逃れてるモノってのが、あいつらと直接関係あるのかどうかはわからないけど。
俺の勘じゃ、たぶんある、と思うけどね。』
得意げにカズキが言った。
ヒカルの脳裏に、あの時のギルの言葉が過ぎる。
(・・・恐ろしい、殺し屋・・・)
昨晩、家の外で鳴り響いた銃声、男の悲鳴・・・ そして
スキンヘッドの大男の額に命中した・・・
(っ・・・)
ヒカルは振り払うように頭を横に振った。
「ヒカル」
「っ・・・ な、何?」
「終わったか?話がある。こっちに来てくれ。」
「・・・うん。」
ヒカルは濡れた手を拭きヒューガの元へと向かった。


「・・・・何、これ・・・」
「金だ。」
突然テーブルの上に置かれたのは皮袋だった。
中には相当数の金貨が入っていると思われ、ずっしりと重そうである。
「・・・それは、わかるけど、」
「今までの給料だとでも思えばいい。」
「俺、何もしてない。」
「3000イコルある。」
「?!そんな大金・・・」
「これだけあれば、とりあえずの生活は始められるだろう?」
「・・・え?」
一瞬ヒカルは何を言われたのかわからなかった。
とりあえずの生活・・・というのは何なのだろう?
ヒューガとの生活以外の生活が、自分には思いつかない。
ヒューガはヒカルの顔も見ず、決まっていることのように話し続けた。
「俺はここを出て行かなければならない。
・・・お前はもう自由だ。その金で生活を始めて、今度はきちんとした仕事を探すんだ。いいな。」
ヒューガの言葉にはまるで迷いがなく、ヒカルは余計に頭が真っ白になった。
生活?仕事?
足元に、カズキが心配そうに擦り寄ってきた。
ヒカルは思考が停止してしまった頭を必死で動かし、ようやく言葉を発した。
「・・・・なんで?俺のせいでヒューガが危険な目に合ったから?」
「そうじゃない。逆だ。」
「俺がいると邪魔だから?」
「ヒカル、」
「俺はっ・・・」
ヒカルの目からは堪えきれず大粒の涙が零れた。
「ヒューガと一緒にいたい・・・ ヒューガの傍にいさせて・・・」
途切れ途切れにようやく言葉を紡ぐ。
後から後から涙が零れてきて、自分でもどうしようもなかった。

子供のように泣きじゃくるヒカルを前に、ヒューガはひとつため息をつき椅子に座るとゆっくりと話し始めた。
「俺は昔、とある殺し屋の組織にいた。」
「・・・・っ」
「国の内乱で両親を亡くし、弟と二人で路頭に迷っていたところを、組織のボスに拾われたんだ。」
(・・・弟・・・)
ヒカルは初めてヒューガの口から『弟』という言葉を聞いた。
「俺は似たような境遇の連中とアジトで一緒に暮らしながら殺し屋の仕事をしてきた。
・・・ギルもその時の仲間だ。
ボスは政府要人とも繋がりがあって・・・時には国の極秘任務を請け負うこともあった。
ある時俺は両親を亡くした内乱も実は国が組織に依頼して意図的に仕組まれたことだったのを知って、
・・・組織を抜ける決心をした。
組織を抜けることは死を意味する。事実、これまで生きて逃げ延びた人間はいなかった。」
ヒカルはじっとヒューガの話に耳を傾けていた。
ギルの言っていた「恐ろしい殺し屋」というのは本当だったのだ。
「・・・・だから、今もずっと追われているの?」
「そうだ。ここに住む前にも何度も命を狙われてきた。
・・・ギルの言っていた事が本当なら、ボスはどういうつもりか、今は俺を生け捕りにするつもりらしいが。」
ヒューガは自嘲気味にそう言うとヒカルを見た。
それからもう一度真剣な目をして続ける。
「俺といる限り、お前も命を狙われ続ける。わかるな?」
「・・・・」
「ギルが戻ってこなければ、ここにもまたすぐに別の追っ手が来る。その前に別の場所に移る。
だから、お前もこの金でどこか別の街に」
「だったら・・・」
「・・・」
「だったら何で俺を買ったんだよ!
命を狙われてることがわかってて、一緒にいたら巻き込むこともわかってて、何でっ・・・」
「・・・・それは・・・」
ヒューガは、言葉を失った。
本当は自分でもわからなかったのだ。
一体何の気まぐれでヒカルを自分の元に置くことにしたのか・・・
ヒカルの言うとおり、巻き込むことなどわかり切っていたはずなのに。
だからずっと、一人で生きてきたはずなのに。

「俺は、ヒューガに会うまで、ただ生きているだけだった・・・」
「・・・・ヒカル」
ヒカルは両手でごしごしと涙を拭き、堰を切ったように話し始めた。
「自分が誰なのかも、どこから来たのかも、存在の意味すらわからなかった・・・
ヒューガが名前をくれて、居場所をくれて・・・やっと俺は・・・」
「・・・・」
ヒカルはヒューガの傍に来ると、そっと腕をヒューガの首にまわす。
ヒカルの体温がじんわりと伝わってきて、凍てついた心の内を溶かしていく・・・
同時に長い間感じたことのなかった、どうしようもなく愛しく思う気持ちがヒューガの中に込み上げてきた。
守ってやれなかった弟に感じていた、想いと同じ・・・
「金も、一人の生活も欲しくない。俺が欲しいのは、この場所だから・・・」
「・・・・死ぬかもしれないんだぞ?」
「俺、強くなる。ヒューガの足手まといにならないように、ヒューガのこと守れるように、強くなるから。」
(・・・本当に必要としているのは、きっと俺だ・・・ ヒカル・・・)
ヒューガは答えるように、強くヒカルを抱きしめた。



「これ、全部置いてくのか?」
ヒカルは部屋の中を見渡しながら尋ねた。
ヒューガは家具も食器も、すべてここに置いていくと言う。
「ああ。もともといらなくなった物をもらっただけだしな。」
「・・・・もったいないなぁ・・・」
ヒカルはそう呟くと、ヒューガに渡されたバッグに服を詰め込む。
初めから何も持ってはいなかった。
あるのはヒューガからもらった服と、数冊の本ぐらいのものだ。
ふいに、ヒカルはあることに気づいた。
それは、この服の持ち主のこと・・・・
「・・・ヒューガ」
「うん?」
「一緒にいた弟は、今どこにいるの?」
「・・・・死んだ。」
「・・・・・」
予想通りの、答えだと思った。
「組織に、殺されたの?」
「いや、自殺した。」
「っ・・・・」
予想通りの答えの後の、予想外の答え・・・
ヒカルはそれ以上聞けなくなったが、ヒューガは少し間を置いて、また話し始めた。
「正確には死んだとは言い切れないがな。死体があがったわけじゃないから。」
「・・・・・」
「海に飛び込んだんだ。」
ヒューガは妙に穏やかな顔でヒカルの手にする服を見つめて言った。
頭に過ぎるのは忘れもしないあの瞬間。
小さな白い背中が、暗い暗い海へと吸い込まれていく・・・
掴めなかった両腕が、あまりにも虚しかった。
「・・・もしかしたら、いつか帰ってくるんじゃないかって思って、こんなもの買ったりなんかしてな・・・」
「ヒューガ・・・」
「だが、もうこれはお前のものだ。」
大きな手でヒカルの髪をくしゃりとかき混ぜ、ヒューガはまた荷造りに戻っていった。
ヒカルはしばらく、ヒューガの背中を見つめていた。


黒い馬の上には荷物が載せられ、その上にちょこんとカズキが座っている。
『俺ここ好きだったのになあ。やっと帰ってこれたと思ったのに・・・さみし〜っっ』
「帰ってきたときに誰もいなくなってたよりはいいじゃん。」
『うっわ。こわいこと言うなあ。ヒカル・・・』
にやにやと笑いながらカズキを見上げると、フンっとそっぽを向かれてしまった。
「ヒカル、何か言ったか?」
「カズキがここを離れるのが寂しいってさ。」
ヒューガはきょとんとして、そうか、と笑った。


森の中へと旅立つ二人の背中を、大きな夕日が照らしていた。



(完)



ようやく終わりました!!ああ・・・長々すみませんでした。
もう最後の方ホント恥ずかしいな・・・こいつら・・・ ぷふ
かこ様、いかがでしたでしょうか・・・?
「松山が誰かを助けるお話。」というリクエストだったのですが、
あまりうまくいかなくてごめんなさい!!!
うう、もっとかっちょいい松山を期待されてましたよね・・・
これに懲りずにまた是非リクエストなさってくださいね〜っ

ええと、時間があったらこの先のお話も書きたかったのですが
どうも無理っぽいです・・・
でもせっかくなので脳内妄想のあらすじを書こうと思います。
色々謎も残ったまま・・・のような気もするし・・・
お時間ある方はそちらも読んでみてくださいねv
他のキャラも出てきます。


                


from a distance 3   love-top