「そーいや、若島津ってお前のこと好きらしいぞ。」
…はい???
牛乳をストローでちゅーーーっと吸ってから、日向さんが言った。
「…いや、そりゃ、俺も健ちゃんのことは好きですけど」
「そういうんじゃなくて。なんてゆーんだ?」
って、俺に聞くなよ…
「ええと… その、友達とかでなく?ってことでしょうか?」
「そうだ。だから、その…」
「恋愛対象としてってことでしょうか?」
「それだ。」
いやいやいやいや、っつか、なんで俺自分からこんな事言っちゃってんだ?!!!
「え、あの…」
「反町のこと好きになってしまったって、結構悩んでたぞ。」
「…それは、俺に言っちゃっていいこと、だったんでしょうか?」
「………」
日向さんは口いっぱいに頬張ったコロッケパンをごっくんと飲み込んで
「…聞かなかったことにしてくれ。」
「聞いちゃっただろ!!!!」
「すまん。」
「すまんじゃないですよ!!!!」
えーーーーー えーーーーー えーーーーーー
日向さんは、そうか本人にそれを言うのはまずいな…とか今更なことを呟きながら、再びコロッケパンを頬張った。
…どうしてくれるんだ…
俺、今後若島津にどういう顔して会ったらいいんだ…
っつか…
「た、ただいま〜」
「おかえり。」
俺、寮で若島津と同室なんだぞ!!!!
これからの俺の生活、本当にどうしてくれるつもりなんだ日向さん!!!!
「…調子、どう?」
「うん。だいぶ良くなった。明日は行けそうだ。」
「そ、そう。そりゃ良かった。」
「?」
ああ… 微妙に意識してしまう;;;
若島津は今日、風邪で学校を休んでいた。
いつもいつも、ってわけじゃないけど、屋上に昼飯を食べに行くと大概日向さんと若島津が二人で座っていて
そこに俺とかサッカー部の誰かとかが加わって一緒に食べるパターンが多い。
で。
今日は一人で屋上に上がってみたら、もちろん日向さんは一人で座っていて
その後誰も来なかったので結局俺は日向さんと二人きりで昼飯を食べることになったのだった。
ベッドに横たわる若島津の顔を覗きこむ。
「ん?」
「…ん。 顔色、良くなったな。良かった。」
「ああ。」
「もう熱はないの?」
「どうかな。」
「どうかなって。」
もー… と、何も考えずに若島津の額に手を当てる。
瞬間、若島津の身体がびくっと震えたのがわかった。
「…健、ちゃん?」
「あ、いや、スマン。お前の手が冷たくて、びっくりしたんだ。」
「………」
手、そんなに冷たかったかな…
じんわりと伝わってくる熱は、普段よりまだ少し高い気がする。
「まだ、少しあるんじゃない?なんか欲しいものとかある?」
「…桃缶。」
「って昭和かよ!!!!」
思いっきり笑い合って、桃ゼリーでも買ってくるよ、と言い残して俺は部屋を後にした。
いつもと同じ、俺と若島津のやりとり。
……俺のことが、好き?恋愛対象として????
(まさか…)
俺は軽く頭を横に振った。
まさか。ありえない。だって、俺たち男同士だし友達だし。
若島津にそんな趣味があるだなんて思えない。
そう思いたい俺の気持ちとは裏腹に、
若島津の存在は、少しずつ、少しずつ…
俺の中で変化をし始めていた。
「ごめん。本当に…」
「…好きな人とか、いるんですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど… 俺、今部活に集中したいんだ。だから…」
ああ…
また泣かせてしまった。
今月これで3人目。
この娘の制服、見たことないな。この辺の学校じゃないんだろうな。
遠くからわざわざ来てくれたんだろうか…
「本当に、ごめんね。」
俺は深々と頭を下げ、その場を走り去った。
振り返ると、校門を出てすぐの並木道に立ちつくし、両手で顔を覆って泣く彼女に
同じ制服を着た数人の女子が駆け寄って慰めるのが見えた。
…あの人たちはどこに隠れてたんだ… 全然気付かなかったな。
余計に申し訳ない気持ちになって、俺は校門を抜け校内へと戻った。
「お。反町。どこ行ってたんだ?」
そこで遭遇したのは同じサッカー部の島野で。
行き先はもちろん部室なのはわかっているので、俺は島野と肩を並べて歩き出した。
「まーたいつもの呼び出しだろ。」
「せーかい。」
鋭いな、島野…
「で?今回は?OKしたのか?」
「しねーよ。するわけないだろ。」
「何で?」
「何でって…」
そこまで言って、俺は何故か躊躇ってしまった。
…何で?
何でだろ…
俺、今までだって、全然初対面の子とだって付き合ったりしてたのに。
「…なんか、そういう気分になれないんだ、最近。」
正直にそう言うと、島野は目を数回瞬かせた。
「なに。めずらしーじゃん。まさか東邦学園随一のプレイボーイが恋煩いとか?」
「…プレイボーイてお前…」
「そこはいいんだよ。恋煩いかって聞いてんの。」
言いながら、島野は蹴りを入れる真似をする。
恋煩い????
まさか。
「相手がいません。」
「えー。そうかな?」
ふっふっふ… と、何故か意味ありげな笑みを零す。
え?
っつか、何言いたいんだ島野?
じきに部室に到着し、ドアを開けると中には誰もいなかった。
鍵が開いているってことは、誰か先に来ているんだろうけど…
島野は真ん中に置いてある机の上に荷物を置いて、長椅子に腰かけた。
俺も荷物を置き、そこらへんのパイプ椅子を引っ張ってきて島野の前に座る。
「俺は気付いている。反町、今気になるヒトがいるんだろ?」
「…は?!」
偉そうにふんぞり返って言い放つ島野に、思わず声が裏返ってしまった。
「何を突然お前…」
「反町って、他人のことはよく見えてるくせに自分のこと全然見えてねーんだよな。」
にやにやと笑いながら言いやがった。
…それは、まあ。結構自覚はありますけども…
「…で?参考までに聞いてやるけど」
「上から目線だな。」
「俺が気になってるヒトって誰よ?」
島野はわざとらしく辺りを見回して、それから口元に手をあてて言った。
「若島津。」
「なっ…///」
「ほーら。赤くなった♪」
「ばっ ち、ちげーよ!!っつか、何で健ちゃんなんだよ!!!」
ばっかじゃねえの?!!と怒鳴ると、まあまあ、と肩を数回叩かれた。
「お前、ずーーーーっと若島津のことばっか見てるじゃん。」
「…い、いつ?」
「いつって。常にだよ常に。なんつーの?気付くと目線がいっちゃってるぞ?みたいな??」
みたいな??じゃ、ねえよバカ!!!
そんなわけっ… そんなわけがっっ
「勘違いだ!」
「またまた」
「健ちゃんは男だろ!」
「うちのガッコ、結構いるぜ?男同士。」
「冗談じゃないからなっ 俺は女の子が好きなの!男なんか全然興味ねえよ!!」
「だーかーらー。男なんだけど、若島津だからOKなんだろ?って言ってんの。」
「OKのわけねえだろ!なんで健ちゃんならOKなんだよっっ 健ちゃんなんて俺よりデカイし
結構長い付き合いの割には何考えてるか全然わかんねーしっっ
俺、例え健ちゃんが女の子でも絶対好きになんねえ!!
ついでに俺が女の子でも、絶対彼氏にしたいなんて思わないんだからな!!!!」
立ち上がってブチ切れたら、島野が完全に引いていて
そこまで怒らなくてもいいじゃん…と小声で言った…。
俺がこんなに声を荒げることなんて試合中以外はほとんどないから、きっとびっくりしたんだろう。
どうして、こんなに頭に血が昇ったのか自分でもわからなかった。
ただ、とにかく、認めたくなかった…のだと、思う…
ガタンっっ
「っ?!!」
奥の方で物音が聞こえた。
島野が慌てて見に行くと
「…わか しまづ…」
……え?
ロッカーの影になっているスコアブックが大量に保管されている書棚の方から姿を現したのは
紛れもない、若島津その人で…
「…あ…」
今の話、聞かれた…
頭の奥で、破れ鐘のような音がした。
「反町?!!」
気付けば俺は、部室を飛び出して走っていた。
(続く)
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