目が覚めると、目の前には小麦色の大きな背中があった。

辺りはオレンジ色のやわらかい明かりに包まれ、白いシーツにぼんやりと影を落としている。
再び緩い眠気が訪れたが、嗅ぎ覚えのある苦い香りが鼻をつき、現実に引き戻された。
奴の背中の向こう側に立ち上る、一筋の煙。
(・・・・煙草・・・)
寝起きで霞のかかったような頭で考えを巡らす。
(・・・・・日向って、煙草なんか吸うのか・・・。)
・・・初めて知った。
ふいに肩甲骨のあたりにホクロが2つ、横並びにあるのが目に入る。
そう言えばさっき、臍の横にホクロがあるのを見つけて、変なトコにホクロあんなーって思って
イタズラに舐めてみたら面白ぇリアクションしたっけな。
なんだか随分長く一緒にいるような気がするのに、知らないことがいっぱいだ・・・。
そりゃ、長く一緒にいると言っても、本当に共有してきた時間なんて大した事ないけど。
幼馴染でチームメイトで同級生の若島津だったら
俺の知らない日向のことを、もっと色々知っていたりするんだろうか?
とか、そんなこと考えちまう俺ってかなり終わっている・・・と思う・・・。
なんか急に居たたまれないような気分になって、枕に顔を押し付けた。
(だいたい、なんだってこんな事になったんだ・・・)
なんて考えるのはもう、ホント、今更すぎて馬鹿馬鹿しいぐらいだ。
日向は「大嵐に感謝だ。」なんて言ってやがったけど、
そんなたまたま偶然のお天気のせいで貞操(?)を失うハメになろうとは・・・。


気がつけば、あれだけ激しかった雨の音が今は聞こえない。
一体今は何時なんだろうと思って、目の前の日向に声をかけた。
「日向」
「お?!」
呼ばれた日向は大慌てでサイドテーブルに置いてあったビールの空き缶で煙草の火を消した。
「・・・・何 慌ててんだよ。」
「いや、なんつーか・・・ 条件反射?」
「お前、別に未成年じゃねーだろが。さては、学生の頃から吸ってやがったな。」
脇腹の肉をうりゃっとつねると、さっきのホクロん時みたいな面白ぇリアクションが返ってきて、
「俺は真面目な学生さんだったからそんなことはしない。」
と真顔で言われた。
「真面目なサッカー選手は煙草なんて吸わねーよ。」
「たまにだ、たまに。こーゆー時とか。」
「・・・・・こーゆー時って、なんだよ。」
「だから、情事の後とか。」
・・・・・情事て・・・・
昭和の昼メロかい!!
心の中でツッコミを入れ、思わず訝しげな目線を送ってしまう。
「・・・・・・」
「んだよ、松山。」
日向の腹の上にのっかるようにして手を伸ばし、サイドテーブルの上にあった煙草の箱を掴んだ。
イタリアンな煙草でも吸っているのかと思ったら、普通に見たことのある国産品。
慣れない手つきで一本取り出し口に咥える。
俺の周りには俺の父ちゃんも含め煙草を吸う大人があまりいなかった上、
通っていた学校も随分と平和だったから、煙草を吸ってみたいという考えに至ったことがない。
ふとそんなことに気づいて、急に今、吸ってみたい衝動に駆られた。
それにだいたい、日向が煙草なんて生意気だ。
「日向、火。」
「・・・・吸うのか?」
小首を傾げながら、日向がライターで火をつけてくれる。
ジュ・・・と音がして、俺はゆっくりと息を吸い込んだ。
「げほげほっ」
「お前なあ。」
予想通りの展開に日向は呆れ顔で「バカ」と言い、煙草を取り上げると自分で咥えた。
「お子ちゃまが無理するんじゃねぇよ。」
「・・・・・・・」
俺は黙ってベッドから抜け出ると、ベランダに続く大きな窓へと向かった。

カーテンを開けると東京の夜景が見えた。
雨上がりの街はぼんやりと霞んでいて、どことなく幻想的に思える。
チカチカと点滅を繰り返す赤信号を見つけ、もうそれなりに遅い時間なんだろうと思う。
「怒ったのか?」
背後で日向が言った。
「違う。」
「んなとこで素っ裸で立ってたら丸見えだぞ。」
誰がヤローの裸なんか見て喜ぶかっつーの。
無視していると、ベッドから降りる気配がした。
「松山。」
後ろから抱きしめられ、シーツで身体を包まれる。
さっきの煙草の残り香が鼻をついた。

「ホントは怒ってんだろ。」
「怒ってない。」
「間違えた。妬いてんだろ。」
「誰にだ。」
「俺が煙草吸う時の相手に。」
「そんな不特定多数の顔も知らん相手に何をどう思えってんだ。それ以前に妬いてなんかねえし。」
「そうかよ。」
軽く笑いを含んでそう言い、俺の顔を掴んで引き寄せる。
「図に乗るのもいい加減にしろ。バカ日向。」
「遊びだ。本気なのは松山だけだ。」
「気色悪いこと言うな。・・・・・っつーか、遊ぶな。」

唇を合わせると煙草の苦い味がした。


(完)



「アラシノヨルニ」の続きでした。
続きで裏を書くぞーーーーとか思ったんだけど、ダメでしたーーー!!(笑)
ええと、また全然別の話で裏は頑張ります。
もうちょっと裏を書ける余裕ができたら・・・(汗)

なんつーか、あってもなくてもいいような続きでどうもすみません。
何より裏を期待していた方、本当にごめんなさい。


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