目が覚めるとまだ部屋の中は暗くて。
どデカイ図体の日向と寝るのは狭いことこの上ないんだが、
子供みたいに体温が高いので予想以上の温かさが得られたからプラマイゼロだ。
別にすすんで一緒のベッドに入ったわけではない。
俺の部屋の俺のベッドに勝手に日向が寝ていたのだ。
今更別の寝床探すのも面倒だし、日向は起こしても起きねえし、っつか俺のベッドだし。
というわけで、無理くり日向を隅へと追いやって布団の中に潜り込んだのだった。
「どこ行くんだ?」
俺が体を起こしたから布団の中に外気が入り込んだんだろう、日向は少し体を縮こませた。
「わり。起こしたか?」
「んー・・・」
「っつか、俺のベッドなんだけど」
「んあ。」
日向はどうでもいいじゃんと言わんばかりに眠そうな目をこすった。
「コンビニ行ってくる。」
「・・・・・・・・コーラ。」
「・・・・・あとで金よこせよ。」
「うい。」
って、何で俺はコイツに寝床を提供した上パシらねばならんのだ・・・
音を立てないようにロフトベッドの梯子を下りた。
向こう側のベッドにはたぶん若島津が寝ていて、床には毛布にくるまった俺のルームメイト、
つまりは若島津に寝床を奪われた張本人が転がっている。
ベッドの下の収納からスニーカーを取り出す。
ダウンジャケットを着込んでマフラーをぐるぐるに巻いて、部屋の奥にある窓へと向った。
窓を開けると、ピリっと凍りつくような風が頬を撫でた。
窓枠に足をかけ外に出る。
こうやって寮を抜け出すのはしょっちゅうで、もう手慣れたものだった。
ここは2階だが木づたいに塀に降りれて、消灯後にコンビニに行ったり
自主トレや秘密特訓(?)をしに近くの公園に行ったりする。
それもこれも、悔しいことに日向の影響だったりするんだけど。
「おいコラ!!」
「っ・・・」
寮の塀から飛び降りたところでいきなり背後から怒鳴られて、
相手も確認せずとにかく逃げるが勝ちとばかりに走り出そうとしたら肩を掴まれた。
「ちょっとちょっと、俺だよ。」
・・・・へ?
振り返るとそこには反町。
「びっくりした?」
「・・・・・したってもんじゃねえよ・・・」
心底胸を撫で下ろした。
なんか色んな覚悟をしたぜ、一瞬。
「逃げなくてもいいじゃん。」
「逃げるだろ。」
「警察だったら余計に怪しまれるよ?」
・・・・なんて怖いことを言うんだ・・・。
せいぜい近所のおっさんくらいしか想像してなかったっつーの。
「どこ行くの?自主トレ?」
「いんや。コンビニ。腹減ったから。反町は?」
「俺も。ピザまん食いたくて。」
「ピザまん邪道。」
「なんでだよ!!」
新聞配達のバイクの音が遠くで聞こえた。
ってことは、5時前くらいなんだろうか。
辺りはまだ薄暗く、街灯の明かりが点々と無機質に灯ったまま。
年末独特のざわざわした感じもなく、街はいつも通りの静かな夜明けを待っている。
コンビニまでは10分くらい。
反町は濃い紺色のコートに両手をつっこみ、白い息を吐きながら「寒いな。」とつぶやいた。
しばらく無言のまま歩き続けていたが、何の前触れもなく突然反町が「なあ、」と沈黙を破った。
「怒ってる?」
・・・・怒ってる?と聞くのは、他でもない、キスのことだろう。
「怒ってねえけど・・・びっくりした。」
俺はさして考えることもなく、思っている通りを答えた。
反町は少し考えて
「だよねえ。」
と言い、ふふ、と自嘲気味に笑った。
俺と反町は顔が似てるだとか時々言われるけれど、やっぱり、そんなことないと思う。
・・・・俺、こんな表情きっとしたことない。
「酒って、怖いよねえ。」
まるで他人事な言い草。
それから小さな声で ごめんね と言う。
別に謝るようなことでも・・・あるか。結構。
何だかうまく答えられなくて、俺はしばらく黙ってしまった。
「あれって、酒のせい?」
思い切って聞いてみる。
わずかな、間。
「違うよ。」
反町は答えた。
コンビニには一台の車も停まっていなくて、
中に入るといつものオバちゃんとは違うバイトのお兄ちゃんがやる気なく「っしゃいませ〜」と言った。
予想通り客はおらず、俺たちはそれぞれ欲しい物・・・と、日向のコーラを買って外に出た。
マナーが悪いとはわかっていながらも、この時間なら誰の目にも止まらないし、
寮に戻ったところでみんなが寝ている暗闇の中むしゃむしゃ食べるのもどうかと思って、
少々気は引けつつも店の脇に腰を下ろした。
「何でピザまん無いんだよお〜」
文句を言いながら反町は代わりに買った豚角煮まんを頬張る。
「それは邪道だからだ。」
「売り切れてただけじゃん。むしろ人気があるってことだろ!」
「いや、売れないから引き揚げたんだよ。井●屋の営業マンがさ。」
普段いじられっぱなしなので、たまに反町に対して意地悪を言いたくなる。
まあ、最終的には負けるんだけど。(口で敵うはずがない。)
「あ。」
「何?」
「肉まん ピザまん 僕、営業マン」
さむ・・・語呂悪・・・ と、俺がツッコむ間もなく反町は自分でツッコミを入れて完結した。
豚角煮まんはまだ相当熱いらしく、反町の口がほふほふ言う度に白い湯気が立ち上る。
俺は猫舌なので、買ったあんまんが冷めるのをしばらく待っていた。
「反町、さっきの話の続き、しねえの?」
「・・・・」
反町は俺を一瞥し、缶コーヒーを一口飲むと、ほうっと息を吐いた。
俺から話を振るのもおかしいかなとは思ったけど、あまりに中途半端過ぎて聞かずにはいられなかった。
「お前、ずるいよな。」
「何で?」
「だって、なんか、なかったことにしようとしてないか?」
とりあえず謝ったし、まあいいか・・・とか思われてるような気がして、俺は実は少しだけむっとしていた。
だって、別に俺、ごめんとか、そういう言葉待ってたわけじゃないし・・・
だからってじゃあ何て言って欲しかったかって言われても困るけど。
「松山って変な奴だな。」
「え?」
「男に告られて、キスされて、なかったことにした方がいいのはそっちのはずだろ?」
「・・・・・・・・・」
言われてみれば、そうかもしれない・・・。
男に告られて、キスされて。しかも相手は反町で・・・・って!!
う。
なんか急に恥ずかしくなってきたぞ!!俺!!!
「顔。超真っ赤だよ?松山。」
くくっと笑いを堪えながら反町は言った。
おかしい!!なんか立場が逆じゃないか?!
「お・・・ おまっ・・・ お前、彼女と別れたばっかり、だろうが!!」
必死で思いついた反撃。
「あー。あれね。ウソウソ。俺、実は彼女とかいたことねーし。」
・・・・・・・・・・・・・・はあ?!!
「・・・・・・う、嘘だろ?」
「本当だよ。俺実は、長らくまっつん一筋だからさ。」
「//////」
「まあ、信じなくてもいいけど。」
し、信じるも信じないも・・・
「あ。彼女じゃないお友達の女の子はいっぱいいるけどね。」
「なっ・・・ なんだよ、それ!」
「そのままの意味だよ。友達が女の子じゃいけない?」
「う」
いけなかねーけど・・・・。
・・・もう、なんか、わけわからん。
思わず はーーーーー と大きくため息をついて、ようやく冷めてきたあんまんをばくっと一口食べた。
「で?」
「・・・・・でって、何だよ・・・」
「酒のせいではないけれど、酒の力を少々借りて告白したつもりなんですケド。」
「・・・・」
やけに笑顔で話しかけてくる反町に訝しげな視線を送る。
「だって、反町。どこまで本気でどこから冗談なのかわかんねーんだもん。」
「これは本気。まあ、とりあえず、お友達から始めませんか?」
「・・・・すでに友達じゃん・・・」
あはは、と反町は笑って立ち上がった。
ゴミ箱にゴミを捨てる反町の横顔を見ながら、まあ、信じてみてもいいかな・・・と思ったりする。
で、信じてそれからどーすんだ、と自分にツッコんでみたりもする。
帰り道、俺と反町は来た時と同じように肩を並べて歩いていた。
天気があまりよくないせいもあるのか、あたりは未だ薄暗いまま。
「松山ー」
「ん?」
「心配しなくても、お前絶対俺のこと好きになるよ?」
「・・・・なんでだよ。」
「だって俺いい男だし。」
ハンサムだしサッカーうまいし頭いいし、と反町は続けた。
まったく・・・
やっぱどこまで本気なのかよくわかんねー。
「ねえ。その袋ん中、何?」
「コレ?コーラ。日向んの。
ベッド占領されたから無理やり一緒に寝たら狭くてさぁ。その上パシらせやがって・・・」
と文句を言うと、なぜか反町はすごく不機嫌そうな顔をした。
「・・・・・そのコーラ、めっちゃ振りたい・・・」
「ええ?!」
なんだ?!急に。
いつもは日向さん日向さんつきまとってるくせに。
俺が袋ごとコーラを差し出すと
「いや、やらないけどね・・・ 言ってみただけ。」
身近に強大すぎる敵が・・・・・とか何とか、反町はぶつぶつとつぶやいた。
(完)
****** 反町の酔っ払い傾向 ******
飲んでいるふりをして、実はさほど飲んでいない。
酔っているふりをして、実はさほど酔っていない。
酔うとおネエ言葉になるが、それもある程度は演技だったり。
結局さほど飲んでないし酔ってないので、会計や介抱役にまわる。
(たまに店員のように働いていることもある。)
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