松山の、小さなため息が聞こえた。
・・・ため息つきてーのはこっちだってんだ・・・。
ゆっくりと松山の方に向き直り、左腕の肘を立て頭を支え、奴の顔を少し上から眺める。
カーテンを通したわずかばかりの外の明かりが、年齢よりも幼く見える顔を照らしていた。
「・・・お前、確信犯だろ。」
低い声でそう言うと、松山は小首を傾げて数回瞬きをした。
黒目がちな瞳。
不揃いな前髪。
上目遣いの、甘えるようなその表情・・・
「何が?」
「全体的に。」
「?」
大きな瞳がきょとんとこちらを見つめている。
もちろんこいつが解ってやってるわけはなく100パー ド天然だってことは百も承知なんだが
それを認めてしまうと、これまで認めてはならないと避けてきたものまで認めるハメになりそうで。
もやもやしていたものが、確信に変わってしまいそうで・・・。
でも、
なんかもう、手遅れか?
松山の腰に手を回し、引き寄せる。
それから耳元に囁くように言ってやった。
「とにかく、お前はずるい。」
「・・・日、向?」
額と額をくっつけ、鼻と鼻を摺り合わせ・・・ 最後にゆっくりと唇を寄せた。
重ねるだけの短いキス。
すぐに離れて松山の顔を見ると、俺の顔をじっと見たまま大きな目をパチパチと数回しばたかせた。
「あ・・・///」
ようやく状況を把握したと言わんばかりに、急に顔を真っ赤にして俯く。
キスなんか絶対初めてのわけないのに、その反応はやはり確信犯としか思えない。
松山の温かく湿った息が、首の辺りをくすぐった。
やがて、ためらいがちな松山の腕が俺の背中にまわされる。
上半身を密着させ、脚と脚を絡め合わせ・・・
そうして今度は、
まるで映画のワンシーンのような濃密なキスを交わした。
襖一枚隔てた向こう側から、ゲームの音に混じって笑い声が聞こえてくる。
奴らは、すぐそばで俺と松山が抱き合ってキスしてるなんて思いもよらないんだろう。
二人だけの秘め事は、まるで仕掛けられた甘い罠のようで・・・
俺は夢中で松山の唇を貪り続けた。
人の唇も舌も、こんなに熱くて柔らかいものだったろうか?
それは、相手が松山だからだろうか・・・?
松山の指先が、Tシャツの中に滑り込んできて素肌に直接触れた。
それは確実に合図としか思えず、俺は松山の肩口をつかむと畳に押し付け・・・
「だめだーっっ もう限界!!眠いっ」
ぎゃあ!!
いきなり襖が開いたと思ったら、数人がダダダーっと雪崩れのように倒れ込んできやがった。
咄嗟に松山は、上に乗っかりかかっていた俺の腹に蹴りを入れ、
俺は無様にひっくり返って畳に後頭部をぶつけた・・・。
頭をさすりながら、仕方がないのでとりあえず奴に背を向け寝たふりをする。
そのうち鼾の大合唱が始まったのでそろりと振り返ってみたが、やはり同じように松山も俺に背を向けていた。
翌朝、背後でもそもそと松山が起き上がる気配がした。
つられるようにして俺も身体を起こす。
寝たんだが寝てないんだか・・・みたいな微妙な睡眠で頭が重い。
ついでに畳の上でゴロ寝だから体中痛ぇ。
「起きたのか?」
松山が大きな欠伸をしながら言った。
「おう。」
「・・・おす。」
「・・・・・おう。」
俺たち以外はまだ誰も起きておらず、まだまだ絶好調に鼾大合唱中だ。
ジーパンの尻に突っ込んだままの携帯を取り出し時間を見ると7時過ぎだった。
首の骨をぐきぐき鳴らしていると、松山が立ち上がって言った。
「・・・俺そろそろ帰るわ。」
「帰る?どこにだ?」
「北海道に決まってんだろ。」
松山は伸びをすると部屋の隅へと向かい、
反町の荷物とすっかり同化していた私物らしきスポーツバッグを手にした。
「送ってくか?空港まで。」
部屋を出ようとする松山の背中にそう言うと、少し驚いた顔で振り返られた。
「実家に車置いてあるから。こっから歩いて10分だし。」
「・・・・・いいのか?」
「なんだよその反応はよ。気持ち悪ぃな。」
「いやいや。送ってやろうか?とか言う日向のが気持ち悪いって。」
真顔でそうツッコミを入れられ、なんだか言い返すタイミングを失っちまった。
そんなに柄でもないことを言ったつもりはないんだが。
リビングに入ると、若島津が一人、まだスー●ーマリオをやっていた。
奴の周りには完徹し切れなかった反町含む数名が、屍のように転がって爆睡している。
若島津め・・・ ゲームはまるでわかんねーみたいなこと言ってやがったくせに。
今更ハマりやがったな・・・。
「あれ?二人揃ってどこ行くんです?」
若島津がようやくゲームを中断してこちらを見た。
「俺はもう帰る。日向に空港まで送ってもらうことになって。」
「へえ。」
わざとらしく疑り深そうな目つきで俺の方を見る。
・・・・本当にこの幼馴染は恐ろしい。
「珍しいですね。日向さんがそんな奇特なことをするなんて。」
「珍しくねえだろ、別に。」
だいたいお前が言うといかにももっともらしく聞こえるだろが。
「そーですかあ?」
・・・・・後で覚えてやがれ、コノヤロウ・・・
と、視線だけ送ってみたが、見事にスルーされる。
「んじゃー、みんなによろしくな。特に反町。」
「ああ。松山も気をつけて。またこっち来るときは連絡しろよ。」
「うん。」
玄関に向かう途中、もう一度若島津を振り返ると、にやにやしながら手を振ってやがった。
松山と二人、肩を並べて歩く。
外はすっかり明るくなっていたが、空はあいにくの曇天。
昨日はあんなに晴れていたのに、今日からまた雨続きの梅雨らしい天気が戻ってくるらしい。
湿っぽい空気の、お世辞にも爽やかとは言いがたい朝。
住宅街は土曜日だからか人通りはほとんどない。
どことなくぎこちない空気のまま俺たちはしばらく黙って歩き続けていたが、
それに耐えかねたように松山が口を開いた。
「ひゅーが。」
「うん?」
「お前んちすぐ近所なのに、なんで帰らなかったんだよ。」
「流れで。なんとなく。」
「・・・・・・」
ふうん、と小さな声が聞こえて、また沈黙が落ちた。
「・・・・・なあ。」
「何だよ。」
「あれって、そういうことなのか?」
「お前、もうちっとわかりやすく言えねえのかよ。」
「だから、」
松山がキスのことを言っていることはもちろん分かっていた。
だがわざと分からないふりをしてとぼけていると、松山はついに怒り出した。
「っつか、てめーハッキリしろよ!!いきなりあんなことしやがって!!」
「なに突然キレてんだよ。」
「だってなんか腹立つ!!」
「あんなことってな、さらにその先まで及ぼうとしたのはそっちだろが。」
「ふ、不可抗力だっ」
「あと少し遅く人が入ってきてたら、俺ら最悪だったぞ。」
「っ・・・///」
そうだ・・・二人して裸でいちゃこらしてるとこなんかに入ってきてたら誤魔化しようもなかった・・・
とかなんとか考えてんだろうな、松山の奴。
うまく話をすり変えられたような気がするぜ・・・と思っていたら
「って、俺が言ってるのはそんなことじゃねえ!」
「お。忘れてなかったか。」
ぷりぷり怒っている松山がやたら可愛くて可笑しくて、思わず笑ったら余計に怒りを買ってしまった。
「スキかキライかっ どっちか言えば済む話だろうが!」
「もういいじゃねえか。その話は。」
「いかねえ!!」
そんな会話をかわしているうちに、その角を曲がれば実家が見えるという所まで来てしまった。
・・・しかし
答えを出さなかったら、空港までの車中もひたすらぷりぷり怒り続けるつもりなんだろうか。
それはそれで面白い気もするが、やっぱうるせえんだろうな・・・
「あのな、松山。」
「おう。」
「俺、実はこれまで男女問わず結構な人数から告られてるんだが、」
「・・・・・・」
「一度も返事を待たせたなんてことはなかったんだぜ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
松山はじーーーっと俺の顔を見つめていた。
別に返事してやっても良かったんだが、なんとなくそれも悔しくて。
「・・・・・・それは、結局どっちなんだ?」
「・・・・・・・・・」
この鈍感大王め・・・。
「・・・・さあな。どっちなんだろうな。」
松山の怒りが、ぷりぷりからムキー!!に変わった。
まあ、いつまでもそうやって怒り続けているがいい。
寸止めと蹴りのお返しだ。
「日向!!てめーヒトの心を弄ぶのもいい加減に」
「怒った顔もかわいいな、松山。」
にやりと笑って頬にキスすると、顔を真っ赤にしてまた怒り始めてしまった。
(完)
な、なんかわけわかんなくなっちゃってスミマセン。
や、日向さんは自分からいく時はがっつり男らしいけど、
来られると意外と逃げ腰になるかなーなんて思ったりして。
松山を揶揄っているようで、実質照れくさくて言えないだけ・・・みたいな。(笑)
返事を待たせたことがない=そこまで真剣に考えたことがない・・・と言いたかったんですが、
相手が松山でなくてもわかりづらいですよね。(苦笑)
お互いに「スキvv」なんて言い合うことは一生なさそうなお二人さん。
エッチまでしてるくせに、「俺、日向に好きって言われたこと一度もない!!」とか松山は悩んで、
そりそりやわかしーに相談するんでしょうな。