男子高校生2人連れだった割に、若い女の人の店員さんは笑顔で応対してくれた。
「こちらのお席へどうぞ。」
まだ時間が早いのか、客は俺たちだけ。
隅の方の席に通され、腰を下ろした。
「……」
落ち着かなくて、狭くて薄暗い店内を見回す。
壁にかかった絵画を、価値なんか分かりはしないのに、じっくり見てみたり。
やがて、水の入ったコップとおしぼり、それからメニューを持ったさっきの店員さんが来た。
日向はメニューを見るなり
「Aコースを2つで。前菜がイチジクと生ハムのサラダと、無農薬野菜のバーニャカウダー。
 パスタはワタリガニのトマトクリームと、アサリと青梗菜のボンゴレビアンコ、
 デザートはマンゴーのレアチーズタルトと、カシスのソルベ、ドリンクはホットコーヒー2つで。」
「かしこまりました。」
店員さんは軽く頭を下げ去っていく。
…って!!!
「おいっ。お前、なに勝手に頼んでんだよっ」
「いいじゃねえか。俺が金払うんだし。」
「そーゆー問題じゃねえだろーが。」
「俺の気になるものを頼んだんだ。文句言うんじゃねえ。」
食後のドリンクくらい選ばせてくれたってバチは当たんねえだろう?!!
腹は立ったが奢ってもらう手前、それ以上文句も言えない。
…まあ、でも、料理のチョイスは悪くなかった(多分)から、許してやってもいい、か。
「とりあえず、ワタリガニは俺が食うからな。」
そう言うと、日向は思いっきり眉間に皺を寄せた。
ええ?!! 日向もカニ好きなのかーっ?!!
「ダメだ。全部半分ずつだ。」
「は…? 半分 ずつ???」
「おう。俺は全部食いたいからな。」
「………全部…?」
さっき「嫌いなものはないか?」と聞かれて舞いあがっていた自分が恥ずかしい…
こいつは俺に気を使ったわけでもなんでもなく、自分が食いたい物を頼みたかっただけなのだ。
がっかりする俺の気持ちを余所に、日向は部活の話をし始めた。
そういう俺も、すっかり話にのっちまったんだけどさーーーーー!!!



料理人のようにソースを指につけて味をみて、これは何が使ってあるんだろうとか呟いたりする日向。
半分食った皿を寄こされて、俺も半分食って日向に差し出して…
お店的には嫌だろうな…とか思いつつ、この半分こがちょっと嬉しく思う俺もいる。

ふいに、反町の言葉が頭を過る


  『嘘だよ。だってまっつん、日向さんとデートした時、めちゃめちゃ幸せだったでしょ?』


うん。俺… 今、めちゃめちゃシアワセデスーーーーー!!!!!









「あ。」
宣言通り日向に奢ってもらって店を出ると、ポツポツと雨が降り出していた。
「走るか」
「おう」
と、意気込んで走り出したものの… 30秒も経たないうちにどっさーーーーーっと大雨になって。
スコール!!絶対スコールだからコレ!!!東京は熱帯雨林気候なんだーーーー!!!
「あそこに避難だ!!!」
「どこ?!!」
「あそこだ!!」
日向が指さした先には、俺たちも時々たむろしにくる公園があった。
よく子供がトンネル遊びをする、土管が横になったようなコンクリート製の筒の遊具の中に飛び込む。
俺たちには狭くて、腰を折ってようやく入れるくらいだった。
「…はあ… はあ… ギリギリセーフだったな松山。」
「いや、ギリギリアウト  だろ…」
呼吸を整えながら、そこに腰を下ろす。
体育座りすると筒の丸みが背中にフィットして、ちょうどいい感じだ。
髪についた水滴がポタポタと肩に落ちるので、頭をブルブルと横に振ったら水しぶきが飛んだ。
「犬か!ヤメロ!」
日向が自分の顔に飛んだ来た水滴を払いながら言った。
「お前はハンカチをいうものを持っていないのか?」
ポケットからすっとハンカチ…しかも、ぴっちりアイロンかかってるやつ…を取り出し俺に渡してくる。
なんだか妙な気分になりながら、とりあえず受け取った。
「日向のハンカチ、濡れちまう。」
「そのためにあるんだろうが。」
日向は俺からハンカチを奪い取って広げると、俺の頭をガシガシを拭いてきやがった。
「ぅお! なんだよ!自分でやるよ!!」
「大人しくしろ。お前は何をやるのも不器用だからな。」
なんだそのアバウトな理由づけ!!!
頭どころか、顔とか腕とかまでぎゅうぎゅう拭かれて、もう本当に、ワンコのような扱われ方だった。
ふと見れば、日向の髪も濡れている。
当たり前か。
同じ場所を、同じように走ってきたんだから。
「日向も濡れてる。」
「ん?ああ。」
俺の頭やらなんやらを拭いたせいで、すっかり湿ったハンカチで自分の頭を拭う。
…くそう。
だから、変な気の使い方はホント、止めてくれ…
「俺、女の子じゃねえし…」
「?何か言ったか?松山」
「何でもねえよ。」
そういう、さりげない優しさが… 俺の奥底にしまっているモノを、揺らすんだ…
「あー。やばい。冷えちまいそうだな。」
日向が鼻を、すん、とすすって言った。
「な、日向。ここで雨宿りするより、濡れて帰って風呂に直行した方がマシなんじゃねえの?」
「かもな。お前の手も随分冷たい」
…え?
日向の右手が、俺の左手を掴んだ。
「大丈夫か?」
「な、にが?」
「だから。手が冷たい。」
ぐいっと引き上げられると、繋がれた手が目の前にきた。
「っ…///だっ だいじょぶ」
手から、何もかもが流れ出て、日向に伝わってしまいそうな気がした…
俺は慌てて手を振り払い、顔を背ける。
丸く切り取られたトンネルの出口の向こうに、降りしきる雨が見えた。
左手には、まだ日向の熱が残っているような気がして…
「松山」
「なに」
「なんでそっち向いてんだよ」
「別に」
「…誕生日プレゼント、満足したか?」
「…ぅ お、おう。」
「そうだろう?料理のチョイスも正解だっただろう?」
ふん、と鼻をならす日向に、俺はそっぽを向いたまま答え続ける。
「でも、あれだな。」
「何だ?」
「俺、ホット苦手なんだ。最後をアイスコーヒーにしてくれたら、満点だったんだけど。」
本当は、二人で飯食えただけで満点だけど。
ここは『松山』らしく、ひとつくらい文句言っておかないと。
「そうか。そりゃ悪かったな。」
「まったくだ。」
「…じゃあ、埋め合わせに、なんか1つ言うことをきいてやる。」
「お。」
「今ここで出来ることな。」
「?!!はあ?今ここで出来ることなんか、いっこもねえだろっ」
ツッコみながら、思わず日向の方を向いてしまった…
しかも、バッチリ目が合って。
「今ここで出来ることじゃなきゃ、きかない。」
目線を逸らさずにそう言われ… この狭い空間の、この至近距離を、突然意識してしまった。
「…じゃあ」
「?」
「もう一回」
…俺は、何を言ってるんだ…?
「もう一回、手、繋いで」
「……」
左手をゆっくりと差し出すと、日向は黙って、さっきと同じように、右手で掴んだ。
「…これで、いいのか?」
ああ… 俺の手から、全部が…日向に流れ込んでしまう…
好きで、好きで、好きで… どうしようもなく、苦しい…
繋がれた手に、ぎゅっと力を込める。
俺は、ずるい。
こんなことしたって、何も、伝わりっこないのに。

ふいに目の前が暗くなった。
気付けば、日向の顔が… 目の前にある。
「……」
雨の音が、さっきより大きく耳につく。
日向の唇が、俺の唇に合わさった。
でもすぐに離れて… 俺は慌てて追いかけるように、また唇を押しつけ返す。
日向はそれに答えるように、俺の下唇をそっと噛んだ。

それから…
どのくらいの時間が経ったか分からない。
長かったような、短かったような…

ゆっくりと離れて、日向とまた目があった途端。
「っ……  ///////」
俺は身体の中の血が全部、一気に沸騰したかと思うくらい熱くなって
バカみてーにトンネルの天井に頭を打ちつけながら外に飛び出て
「おい!!松山!!!」
日向の声が遠くで聞こえたけど…
降りしきる雨の中、びしょ濡れになりながら、ダッシュで寮に向かったのだった。






「っ… はあ… はあ…」
「お。まっつんおかえ… え?! ちょっ だ、大丈夫?!!」
反町が驚くのは無理もない。
俺ときたら、ずぶ濡れもいいところだ。
その上…
「…何?泣いてるの?まっつん」
「………っ」
顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃ。
とんでもなく、酷い顔だったに違いない。
部屋の入り口で突っ立ったまま泣きじゃくる俺を、反町はしばらく困った顔で見ていたけど、
そのうちタオルを出してきて、俺の頭と顔を拭いてくれた。
「まっつん。言ったの?振られちゃった?」
俺は黙って首を横に振る。
「違うの?じゃあ何で泣いてるのさ?」
「ご めん。なんでも… な い…」
途切れ途切れにようやくそう言うと、察したのか「わかった」と言ってくれた。
それから、俺のクローゼットから勝手にTシャツとスウェットとパンツとバスタオルを取り出して、
「とりあえず、風呂入ってきなよ。マジで風邪ひく。」
そう言って、俺にそれらを押しつける。
「う ん」


日向は… どうしただろう…
戻ってきたのかな。
それとも、まだ、あそこで雨宿りをしてるんだろうか?


繋いだ手の熱が、触れた唇の感触が… まだ残っているような気がした。


(完)



続きはまた来年v

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