「じゃあ日向、すまないけどヨロシクな。」
「…おう。」
言いながら、松山はソファの上に大きなバッグを2つ置いた。
それから、俺に断りもなく座布団の上に腰を下ろす。
「……コーヒーでも飲むか?」
しょーがねーからとりあえず聞いてやったら
「カフェオレ♪」
と、笑顔で返された。
…図々しい奴。





松山が東京の某大学に進学することに決まったという話は反町から聞いていた。
小学生の頃からよく知っていて、U−15、U−17日本代表のチームメイトとして
一緒にやってきた松山だから、てっきりJリーグに行くのかと思っていたのに、まさか進学とは…
こんな言い方をしたら本人は調子に乗るだろうから絶対に口にはしないが
俺としては予想外で、正直かなりがっかりしてしまった。
プロになって、奴と戦えることを楽しみにしていたから。



昨日突然、松山から『相談したいことがある。』という大変気味の悪いメールがきて、
以前三杉に教えてもらったとかいうカフェに呼び出された。
知る人ぞ知る、みたいな、路地裏の地下にあるそのカフェはアジアンテイストで、
店主こだわりの雑貨なんかも売っている、はっきり言って俺と松山には全然似合わない感じだった。
で。
松山の『相談』が何だったのか、と言えば…
「なかなか気にいるアパートが見つからないんだ。」
「ふうん。」
「明後日入学式があるんだけど。」
「おう。」
「住むとこ見つかるまで、しばらく置いてくんねえ?」
「……」
ん???
「置く?何をだ?荷物??」
「俺に決まってんだろ。」
荷物だけ置かせてもらってどーすんだよ、とツッコまれた。
…え?俺んちに???
それは
「…一緒に住む、ということか?」
「うん。」
「うん、て」
「迷惑??」
小首を傾げる松山に、反射的に「別にっ」と言ってしまったことを後悔しても遅くて。
「別にっ     迷惑 とかじゃ ねーけどよ」
「じゃあ、置いてくれるか?」
「…お おう。」
「良かった〜。わりーな。ホント、助かる。」
この自然な感じでするすると懐に潜り込んでくる性格が、まさか俺にすら有効だったとは…
恐ろしい奴だぜ…。







「うおっ 美味いvvお店のやつみたいだ。」
ガキみたいな顔でカフェオレをすする松山を横目に、
受け入れたはいいがこいつの居住スペースはどうしたらいいもんかと悩む。
生まれ育った環境のせいか、そこそこ狭いくらいがなんとなく落ち着いてしまう貧乏性な俺が住むのは
ごくごく一般的な2LDKのマンションで。
俺はさっき取り込んだ洗濯物を畳みながら松山に尋ねた。
「今更だが、俺んちには空いてるスペースも客用の布団もねーぞ。」
「ここで寝る。」
そう言って、指さしたのは松山の荷物がドカっと置かれたソファ。
「…体痛くなってもしらねーぞ。」
「大丈夫。俺、鍛えてっからvv」
鍛えてるのとは関係ないと思うが… まあいいか。
「好きにしろ。」
時計を見ればそろそろ出かけなくてはならない時間。
まだ畳み途中の服の中から適当な物を選び出して着替えを始める。
「おい。俺出かけるからな。」
「え?こんな時間に?」
「取材があるんだと。」
「ふうん。さすがJリーグの選手は違うな。」
「そこの一番上の引き出しん中に合鍵入ってるから、出かけるなら鍵かけてけよ。」
「りょーかい。」


こうして、俺と松山の、なんだかよくわからん共同生活が始まったのだった。











Jリーグのトップチームに所属する俺は、試合のある日以外は朝から練習で、オフは週1くらい。
大学生の松山は、当然サッカー部に所属していて部活も授業もそれなりに忙しいようで、
それでも週末の夜は居酒屋でバイトをしているらしい。
生活のリズムがまるで違うから、一緒に住んでんだか何だか…みたいな具合ではあったが、
俺が飯を作ってやれば洗い物はちゃんとやってくれたし、
洗濯や掃除なんかは、いる方がやるというのが当たり前になっていて。
(まあ、松山なりの洗濯と掃除だったが、許容範囲内ではある。)
松山も一応気を使っているのか、うちに大学の友達や、
…いるのかどうかは知らんが彼女を連れてくることなんかは絶対にしなかった。

松山のいる生活が、少しも苦に思わない。
それでも、奴は『仮住まい』というつもりはあるんだろう。
いつでも出て行けるように、大きなふたつのバッグに収まるだけの荷物は変わらなかった。





「それって、でも、4月の話、ですよね?」
「そうだな。」
「今7月ですよ?」
「うん。」
「住むとこ、探してんですか?松山は。」
「さあ?」
「さあって」
やれやれ… と、若島津はグラスをテーブルに置いた。
同じく関東の、別の某Jリーグチームに所属している奴とは、たまに飲むことがあった。
「あんた、松山にいいように使われてるだけじゃないんですか?」
「いいようにって、どういう意味だ?」
「だから。掃除から洗濯から、世話焼きのあんたのことだから、全部してやって。
 しかも家賃も払わないわけだから、居心地良くて、住みつかれてるというか。」
「そんなことはない。掃除も洗濯もしてくれるぞ   ……一応。
 家賃はチームからほとんど出てるから大したことはないし。
 あいつも光熱費だとか言って、こないだバイト代からいくらか払ってくれた。」
「はあ そーっすか。」
ものっすごく興味なさげな感じで相槌を打たれた。
聞いてきたのはお前の方だろうが。
「まあ、別にあんたが迷惑じゃなきゃいいんじゃないですか?」
「……よくわからん。」
ビールを飲んだところで、店員の兄ちゃんが「なんこつ唐揚げでーす。」と運んできた。
それから、俺たちの顔をじっと見て
「やっぱ、ホンモノですよねっ サッカー選手の、日向さんと若島津さんですよねっっ」
と、嬉しそうに言う。
はい、と返事をすると、握手とサインを求められ、まだチームに入って日も浅い俺は逆に気恥ずかしかった。

「俺たちって、結構有名人なんだな。」
「当たり前でしょ。何言ってんですか。」
やれやれ、と若島津がため息をつく。
「だから、知りませんよ。日向小次郎は男子学生と一緒に住んでる変態だって噂になっても。」
「なるか。」
若島津はにやにやと笑いながら、気を付けてくださいよ、と言った。



ほろ酔い気分で家に帰ると、もう深夜2時だというのに電気が点いていて。
「おかえり。」
「…ただいま。」
いまだにコイツに「おかえり」とか「いってらっしゃい」とか言われると、背中のあたりがむず痒くなる…
松山はソファに体育座りして、テレビでサッカーの試合を観ていた。
俺は帰りにコンビニで買ってきた飲み物を冷蔵庫に入れて、
それからテレビを横目にシャワーを浴びようとシャツを脱ぐ。
「セリエAか?」
「うん。観始めたら気になっちまって。」
「ふうん。」
「日向は?飲んでたのか?」
「ああ。若島津と。」
「え?!なんだ。俺も行きたかったな。」
「すまん。待ち合わせが遅かったから悪いかと思って。」
松山は少し口を尖らせて、またテレビに視線を戻した。
…なんだ?そんなことで怒るのか???変な奴。
「次は誘うって。」
「…うん。」
ふいに、さっきの若島津との会話を思い出した。

『あんた、松山にいいように使われてるだけじゃないんですか?』

「…松山」
「うん?」
「…いや、何でもない。」
「?」

ーーーーー 住むとこ、ちゃんと探してんのか?

…ただ、それだけのことが言えなかった。
浴室に入り、頭からシャワーを浴びる。
住むところを探しているのか?と聞けば、まるで出て行って欲しいみたいに聞こえてしまうような気がして。
じゃあ、俺は…
出て行って欲しくないんだろうか?松山に。
松山との共同生活は全然苦じゃない。
だが、松山がいなくなったからと言って困ることもない。
なのに。
シャンプーを手に出し、髪を乱暴に洗った。
こういう時は、さっさと寝てしまうに限る。そうしよう。



シャワーから上がりリビングに戻ると、電気もテレビもつけっぱなしのまま、松山はソファで眠っていた。
すでにセリエAの試合は終了している。
試合結果を知らずに寝ちまったんだろうかコイツは。
テレビを消し、松山にタオルケットをかけてやる。
あどけない、子供のような寝顔に、俺はなぜか心が和んで。
それは、そう… 幼かった頃の弟を思い出すからかもしれない。
ずっと狭い家で兄弟達に囲まれて育ってきた俺は、一人暮らしなんか向いていないんだ。
だから
松山がいるのが、いいんだ、きっと。



(続く)



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表です。
表ってことは、エロなし…のはずです!!(笑)
前々から書きたかった、仮住まいのつもりが何故か住みついている松山、です。

<O>


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