一瞬、時が止まったような気がした。
俺も、すぐ隣にいた松山も、テレビの画面を凝視したまま動けなくなった。
そこに映し出されているのは、日本のサッカーが世界一になった瞬間。
俺たちが、描いていた最高の夢。
「…すげぇ…」
松山が小さな声で言った。
それから、俺の顔を見て
「すげえ!!!すげえよ!!!なでしこ優勝しちまった!!!!」
すげーーー!!!と叫んでガッツポーズして、
なんだか聞き取れないことを色々言ってはしゃぎまくっていた。
…一方の俺はと言えば、腰が抜けたように後ろのソファに座り込じまった。
テレビ画面の中の、
俺たちが着るのと同じ青いユニフォームを着た女子サッカー日本代表選手たちが抱き合うのを
なんつーか、ものすごく… ものっっっすごく、複雑な心境で見つめていた。
「ひゅーが?どうしたんだ?」
松山が俺の隣に腰を下ろして、俺の顔を覗きこんだ。
「なんだよ?嬉しくねえのか?」
「いや、嬉しい。嬉しいが…」
「?」
松山が小首を傾げる。
そりゃそーだ。
日本中がお祭り騒ぎになるであろうこの瞬間に、俺はこんな顔をしているんだから。
だが…
「…先を、越された… 」
思わず本音を零すと、松山は少し驚いた顔をして、それから小さく笑って。
「…だな。」
「ああ…」
俺は立ち上がり、ベランダに続く大きな窓のカーテンを開けた。
時刻はすでに6時をまわっていて外はすっかり朝を迎えている。
窓を開けると、肌に心地よい風と夏の匂い。
大声で叫びたい気分だったが、さすがにそれはやめておいた。
のに、
「くそおおおお!!!俺もやるぞおおおおお!!!!」
ってコラ松山あ!!!
俺の身体を押しのけて、窓から外に向かって叫んだ松山の口を後ろから塞ぐ。
「ふごっ」
「近所迷惑っ」
ったく…
こいつの行動はなんとゆーか… くそう、ずるいぞ…
「わりぃ わりぃ。お前んちだったな。」
はははは、と笑って言いやがった。
「まったくだ。俺が叫んだと思われたらどうしてくれんだ。」
とりあえず冷静を装って言う。
「俺です。松山です。って名乗り出る。」
「あのな。」
悪戯に笑ってそう言う松山に、なんとなく、敵わないな…と思ってしまった自分が悔しい。
「松山。お前、今日暇か?」
「?まあ。連休中だしな。夜はバイト行くけど。」
「じゃあ、ちょっと付き合え。」
「?」
急に思い立って、俺は松山をある場所に連れて行くことに決めた。
今日はトップチームはオフだが、サテライトチームは練習日だったはずだ。
松山を車の助手席に乗せて、郊外をしばらく走る。
どこに行くんだ?と、しつこく聞いてくる松山に、
ひたすら「秘密」と言い続けているうちに目的地にたどり着いた。
俺にとっては行き慣れた場所。
松山にとっては知らない場所。
「…ここは?」
「うちの練習場。」
「え???」
もちろん顔パスで中に入り、
松山を待たせて練習が始まる前にコーチを捕まえて話をつける。
無茶な申し出だな…と我ながら思ったが、案外すんなりと受け入れてもらえた。
俺の人徳!!
「いいな。松山。これは紅白戦だからな。俺とお前の勝負じゃねえぞ。」
「言われなくったってわかってら!」
ふんっ と鼻をならして、松山は赤いビブスを着た。
俺はグリーンの方を着てFWのポジションに走る。
こうして、飛び入り参加の紅白戦が始まった。
そう、俺の目的は。
松山に、Jリーグのプロ選手の中でサッカーさせたかったこと。
もちろん、俺自身がコイツと一緒に(しかも敵チームとして)やりたかったのも否定はしないが。
大学生でも確実にU−22に召集されるであろう松山の実力はやはり本物で、
うちのチームの奴らは情けないことにすっかり翻弄されてしまった。
だがこれで松山に、プロでもやっていけると自信をつけさせられただろう。
チームの選手にもコーチにも、バッチリ印象づけできただろう。
うん。よし。
作戦成功!
…と、思いきや。
「松山!飲みに行くぞ!!!!」
ってーーーー?!!!!
その人柄もすっかり気に入られたらしき松山は、
当然俺も巻き込まれて一緒に飲みに行くことになってしまった。
しかも、奴のバイト先に、だ。
松山のバカは「一石二鳥!」とか言ってやがるし…
ううん?一石二鳥なのか???その使い方って正しいのか???
よくわからん。
「ありがとな〜♪素敵なお客さんいっぱい紹介してくれたって、店長も喜んでた。」
店員と飲み会を両立させるという、スゴ技をやってのけた松山は超ご機嫌だった。
お前…その器用さをもっと普段の生活に発揮してみろってんだ…
注文とって、運んできて、がっちり飲み会にも参加するって。
いやいやいやいや。
そうでなくて。
「あのな。俺は別に、うちの奴らをお前のバイト先の上客にしたいわけじゃねえぞ。」
夜道を松山と二人肩を並べて歩く。
うちまでは歩いて30分くらい。
酔い覚ましにはちょうどいい散歩になった。
「日向だってサイン書いて置いてくれたじゃん。」
「…それは、それだ。」
まったく…
思わずため息をつくと、松山は笑って言った。
「俺、今日本当に楽しかった。プロってやっぱすげーのな。」
無邪気にそんな言葉を発する松山に、俺は軽く、怒りさえ覚えた。
「…何が」
「何がって。当たり前だけど、サテライトチームとは言え、みんなめちゃめちゃ巧いし。
サッカーを職業にして、サッカー中心に生活がまわってて。
そんなに甘くないのはわかってるけど、やっぱり、カッコイイ。」
「だったら、来いよ。」
「え?」
言っちまった…
酔った勢いで。
こんなこと、俺の口から言うのは違うと、ずっと思っていたが…
もう、止まらなかった。
「何が凄いだと?巧いだと?お前の方がよっぽど巧かったじゃねえか。
わかっただろ?お前はプロで十分やっていける。」
「……」
「そのうち、お前のこと引き抜きに行くと思うぜ?うちのチームじゃなくてもいい。
プロに来いよ。それで」
ーーーーーーーー 俺と戦えよ。
「それで」
「日向」
俺の言葉を遮るように、松山が言った。
「俺だって、ちゃんと考えてるよ。だけど、大学は卒業したいんだ。」
「……」
「でも、ありがとな。」
「っ…」
にいっと松山は笑った。
俺は、それ以上何も、言えなくなった…
お前と、プロとして戦える日を、本当はずっと、楽しみにしていたんだ…
「お前、何凹んでんだ?」
「…凹んでない。」
そうかぁ?と、ケツを蹴って来やがる。
ああ… 腹立つ。
「松山お前」
「んだよ」
「とりあえず、U−22に選ばれなかったらマジ許さん…」
「ああ?なんでだよ。もちろん選ばれるつもりですけども?!
それはそれとして、お前に許されない意味はわかんねえっての。」
「黙れ居候。」
「う。それは言わない約束だぜ…」
月明かりの下、俺はモヤモヤは消えないのに何故かスッキリしたような変な気分で。
俺と松山は、俺の家に…
いや、俺たちの家に帰ったのだった。
(続く。)
そんなこんなで、なんだかダラダラ続きそうです。