リビングの机の上に無造作に置かれた賃貸物件情報の雑誌。
パラパラとめくってみれば、ところどころ角が折り曲げられている。
…あれから… なんとなく、松山との関係がぎくしゃくしている…ような気がする…。
「お邪魔しま〜す。」
リビングの入口からぬっと顔を出した若島津に、松山は「ぅお!!」と声をあげて
慌てた様子でソファに寝転がっていた身体を起こす。
「よう。松山。」
「ん、お、おす。」
「何だ?」
「いや… 何か、不意打ちで」
夕飯も食い終わって風呂に入って缶ビール飲んで、明日は休日で授業もないぜ!
そんな松山はTシャツ短パン姿で、テレビを見ながらそのままソファで寝る気マンマン☆だったんだろう。
目をパチパチさせながら、とりあえず髪を手で整えた。
「随分くつろいでんだな。」
「んぉう。」
若島津の若干棘のある言い方に俺は少しばかり違和感を覚えつつ、キッチンへ向かった。
若島津とは元々飲む約束をしていたんだが、二軒目移動しようかという時、
何故か「日向さんちに行きましょう。」とか言い出して。
まあ、別に断る理由もないので連れてきたわけだ。
一応松山にもメールしたんだが…
予想通り、見てねえなコイツ…
コンビニで買ってきた飲み物の、これから飲む分以外を冷蔵庫に入れる。
グラスを3つと白ワインの瓶を持ってリビングに戻ると、何故か松山はソファの上に体育座りしていて
その向こう側に若島津が座布団を敷いて座っていた。
「松山も飲むだろ?」
「あ。うん。もらう。何?」
「ワイン。白。」
栓を抜き、グラスにワインを注ぐと、若島津がガサガサとつまみを広げた。
ワインのつまみにはチーズは欠かせない。
それを乗っけるためのリッツなのに、松山ときたらいきなりリッツをもさもさ喰い始めるし。
…いや、別にいいけどな。
飲み始めてしばらくすると、おもむろに若島津が話を始めた。
「松山、すっかり自分ちみたいだな。」
「え?いや、別に、そんなことはないけど…」
「そうか?くつろぎモード全開だろう?」
そんなことない、と言いながら、松山はワインを飲んだ。
俺はなんとなく不穏な空気を感じて、話を変える。
「そういや、こないだ若島津んとこと試合した時に…」
って、何で俺が気を使わねばならんのだ…
「だから、お前に言われなくったって探してるってば!」
松山の荒いだ声が聞こえてきた。
とりあえず話が逸れて、すっかり安心しきって忘れた頃、
俺が便所に行っている隙をついて、また若島津が話を戻していたのだ。
慌ててリビングに戻ったが時すでに遅し…
酒も入っているせいか、二人とも…いや、特に松山は結構本気モードな感じで。
「探してるったって、もう4ヶ月以上も経ってるんだぞ?見つからないわけないだろう。」
「いっ… 色々忙しいんだっ そのうち」
「そう言って、結局ずっと住み続けるつもりなんだろ?」
「っ…?! お前には関係ないだろ!日向に言われるならともかく、なんで若島津が」
「日向さんが言えないから、俺が代わりに言ってやってるんだ。」
おおおお おいおいおいおいおい!!俺はそんなこと一言もっ
「若島津!ヤメロっ」
変な誤解を招きたくなくて、俺は奴の肩を掴んだ。
「何でですか?あんたが迷惑してるだろうから、俺が言ってやってるんじゃないですか。」
「俺は別に、迷惑なんかじゃ」
「いいヒトぶるなんて、気味悪いですね日向さん。」
冷徹な目でそう言い放った若島津に、俺はついにキレた。
コイツとは長い付き合いだが、本気でキレたことなんか、多分、数えるほどしかない。
「…帰れ」
「え?」
「出ていけって言ってんだ。聞こえねえのか?」
若島津は俺が本気で怒っているとようやく気付いたんだろう。
はっとした顔をして、黙り込んで…
そうして、立ち上がると何も言わずに出て行った。
部屋を後にする若島津のデカイ背中を見送りながら、
ああ、珍しく、若島津と喧嘩なんかしちまったなあ…なんて頭の中でぼんやりと考えていると、
松山が気まずそうな顔でじっと俺を見ていた。
「…ごめん。」
「何がだ?」
俺は松山の座るソファに腰を下ろした。
「喧嘩させちまった。」
「アイツが悪い。」
「…いや、でも、若島津が言ってたことは本当だし。」
ごめん、と、また小さな声で言う。
本当に迷惑じゃない、ともう一度言おうと思ったが、
でも、じゃあ、ずっとここにいてくれ、だなんて、そんなのはやっぱりおかしな話で。
自分でもよく分からなくなって、俺は黙り込んでしまった。
そのうち松山がテーブルの上を片付け始めて
「片付けとくから、日向風呂入ってこいよ。まだだろ?」
なんて、気を使われちまって。
言われるがままに、俺は浴室へと向かった。
頭の中が、ごちゃごちゃとしていた。
若島津と喧嘩したことも、
松山に変に気を使わせちまったことも。
誰かに話を聞いてもらいたいと思うが、いつもの相談相手と喧嘩をしてしまったのだから意味がない。
反町にでも話してみるかと考えたが、
俺より先に若島津が言うだろうから、これまた意味がない…
風呂からあがると、松山はキッチンで洗い物をしていた。
…だから… そういう気の使い方はヤメロって…
お前が洗濯だの掃除だの洗い物だのするのは、本当に、俺がいない時だけで充分だし。
「…おい。」
「うん?」
「……いや、その… アイツが言ったことは本当に気にすんなよ。」
精一杯の言葉がコレって俺;;;
「…うん。さんきゅー。でも、ちゃんと部屋は探すからさ。
若島津とは仲直りしてくれよ。俺もお前らが喧嘩したままなのは困る。」
笑顔でそう言われて、俺はただ、頷くことしかできなかった。
それから松山は本当に真面目に部屋を探し始めたようだった。
テーブルに置かれたままの賃貸情報雑誌にはいくつかチェックも入っていて。
…おいおい。こんなトコじゃ心配だぞ…。
オートロックじゃねえし。
せめて3階以上にしろって!
ちゃんと考えてんのか松山のバカはよぅ…
「って、俺はオカンかーーー!!!」
と、思わず一人ツッコミ。
はあ…
いつも松山がベッドがわりにしているソファに腰を降ろす。
そういや、まるで我が家のようにくつろいだ姿はあれからあまり見なくなった気がする。
それに、俺がいてもいなくても、飯を作る以外の家事を率先してやるようになったし。
「だから、そーゆー気の使い方は、ヤメロってんだ…」
独り言を言って、雑誌を閉じた。
「今日は随分飲むじゃない。」
「……」
少々ぼやけた視界に、小泉さんの顔が見えた。
赤い唇が妙に浮いて見える… なあ…
さらに向こう側には都心の夜景が見えて、それがまた妙に小泉さんに合っていて。
こういう背景が似合うのは、俺の周りじゃこの人か三杉くれーだろうなあ…とか
どーでもいーことを思ってみた。
「日向君、今日誕生日じゃなかった?」
小首を傾げながらそう言われて、本当にすっかり忘れていた俺は今日の日付をようやく思い出す。
「…え?あー。ああ。そうでしたね…」
忘れてました、と言うと、小泉さんは苦笑いをした。
「いいの?こんなところにいて。」
「っつか、呼び出したのはそっちじゃないですか。」
「ビジネスの話だもの、仕方ないじゃない。
でも、それも断るくらいのお相手はいないの?日向君。」
「ご存じの通りいませんよ」
「彼女の一人や二人や三人や四人、いてもいい色男なのにねえ。」
色男って…昭和ですよ小泉さん…
いやいやそれ以前に、三人も四人もいらんからね。
俺はグラスに残っていたワインを飲み干した。
「何かあったの?」
言いながら、空いたグラスに再び高そうなワインを注ぐ。
我ながらさすがに飲み過ぎ…と思いながらも、もう今日は飲むと決めて一気に煽った。
「あら。いい飲みっぷりv」
「…… はい」
イタダキマス、と、また注がれたワインを飲んで、飲んで、飲まれて〜 飲んで〜♪
そして、記憶を失ったのでゴザイマス…
(続く。)
そんな日向しゃんでゴザイマス。