俺がコーヒーとカフェオレを淹れている間、松山は無言だった。
リビングのソファに、こてん、と横になって、ぼんやりと遠くを見つめて。
「疲れたのか?」
テーブルにカフェオレを置くと、松山は「大丈夫」と言って起き上がった。
「さんきゅ」
「…おう」
何となく近くに腰を下ろすのが躊躇われて… 俺はダイニングテーブルの椅子に腰を下ろした。
「あのさ日向」
「っ お、おう。何だ?」
「お前って、俺のこと、好きだったの?」
「?!!! げほげほっ…」
思いっきりむせた…。
コーヒーが鼻から出るかと思うほどに!!
っつか、何だその質問は!!!!
なんつーか、もっと言い方があるだろう?!
「ななななっ 何だ突然っっ」
「だって、あの人の話だと、そーゆーことなんだろ?」
「いやっ それは、だから!!あん時は俺も酔っぱらっててっ…
っつか、それは小泉さんの勘違いで、俺は、その時はそういうつもりで言ったわけじゃなくて」
「…じゃ、今はどういうつもり なんだよ。」
横目で俺を見ながら、松山は少し唇を尖らせた。
なんだってんだ松山…
「じゃあ、お前はどうなんだよ?」
「え?」
「だから、あの花火の時」
「?!!!げほげほげほっ」
今度は松山の方がむせた。
「そ、それを今言うのはズルイだろっ//////」
松山は顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。
…そうか。
まあ確かに松山が言うとおり、今のはずるかったような気はする…
「松山」
俺は立ち上がり、ソファに座る松山の方に近づいた。
そして、すぐ隣に腰を下ろす。
「っ…」
「こっち向けよ。」
「…イヤだ。」
後ろ姿でも、耳まで真っ赤になっているのがわかる。
「じゃ、そのままでいいから、聞け。」
「……」
「天皇杯勝ったから、約束通り言うぞ。」
「……………」
「俺は」
固まったままの松山の背中。
お前は、どんな顔をして俺の話を聞いているんだろう…
「俺は、もう一度、お前と一緒に暮らしたいと思っている。」
…って、生き別れた親子かーーー!!!
なんか、俺ヘタクソだな…
とか、そんなことを考えながら、それでもちゃんと伝えなくてはと言葉を続ける。
「今までも、俺にとってお前は大事な存在だったが…それは、友達とか仲間とか、そういう括りの話で。
だが一緒に住むようになってから、俺の中で何かが確実に変わった、と思う。
…うまく言えないが…。
もっと特別で、もっともっと… 傍にいて欲しくて…」
伝わるのだろうか… こんな言葉で…
なんつーかもう、めちゃめちゃ恥ずかしくて照れくさいんだが。
それでも松山の背中は、相変わらず固まったまま。
「聞いてるのか?松山」
意を決してそっとその背中に触れると、びくっと肩が震えた。
「……好き だ。」
「……」
「お前が、好きだ。松山。」
肩を掴み、少し強引に引き寄せこちらを向かせる。
松山は…
「っ… …っ」
「?!!!!」
えええええええええええええええええええええええええ?!!!!!!
「っ う… 」
「まままま、まつ…」
「う… うぇっ…」
ご、号泣?!!!
そらもー、目も鼻も真っ赤っかで、涙も鼻水もノンストップで。
おおおおおお…
おおおおおおおおおおおおお????
「お、おい。大丈夫か?」
「だ、 だっ て ひゅ が がっ」
激しく泣きじゃくる松山を前に、さすがにうろたえてしまった。
ええと。
そのー。
なんだー。
「す すまん。」
なんかわかんねーけど、とりあえず謝ってみた。
「俺っ あの とき もう ふられたんだと 思って た から」
「あの時って… 花火の時か?」
松山は大きく頷いた。
「いや、あん時はいきなり過ぎて… まさか、そんなつもりだとは、思わなくて」
「あ あれが 俺の 精一杯 だったん だ」
「…… おう。 悪かった。」
ぐしゃぐしゃの顔の松山を引き寄せ抱きしめた。
ああ… もう、本当に、どうしようもないな。
俺も。
お前も。
急に緊張が解けて、俺は松山の髪をそっと撫でながら、耳元に囁いた。
「戻ってきてくれるか?ここに。」
「……うん」
「とりえず、鼻をかめ。」
有能な引っ越し業者は間取りは違うものの、だいたい同じ場所に同じ物を置いてくれたようだ。
テーブルの下にあるボックスティッシュに手を伸ばし数枚引き抜くと、松山の鼻を拭いてやった。
「はい、ちーん。… って子供かっ」
「…ご ごめ」
すん、と鼻をすする松山が、あまりにも…
あまりにも可愛くて。
「…お前の方こそ、ずるいぞ。」
「?!」
再び引き寄せて、その唇にキスをした。
重ねるだけの口づけは、甘くて… 少ししょっぱくて。
しょっぱいのは、あれだ。こいつの涙か鼻水だな。
唇を離すと、真っ赤な目を丸くして、鳩が豆鉄砲食らった顔の見本みたいな松山の顔。
「ううううわああああああああああっっ///」
突然奇声を発したかと思ったら、口元を手で押さえてソファにうずくまっちまった。
「おい。」
うずくまる松山の横腹あたりを人差指でツンツンしてみる。
「つつくな!!!!」
「こういうことすんのはダメか?」
「だだだ ダメじゃねえよっ ダメじゃねえけどっっ いいい いきなりしたら イカンでしょ?!!」
いやいや、イカンでしょって。
ぷぷぷ こいつ、おもろい。
「なあ。松山」
「何だよ。」
「お前は俺のこと、いつから好きだったんだ?」
ふと気になったので何となく聞いてみた。
すると松山は身体を起こして、
「ずっと前から だ。」
俺の顔を見て言った。
「え?ずっと前って…」
「………小学校ん時から、ずっと、だ。」
「……?!!//////」
今度は俺の方が、うずくまっちまった…;;;;;
「おい、松山。そろそろ起きろよ。」
「んー…」
「お前なぁ… もう自分のベッドがあるんだから、そっちで寝ろよ。風邪ひくぞ?」
「こっちの方が落ち着くんだぁ…」
「ってまた寝るんじゃねえ!!!!」
松山との同居…いや同棲生活が復活して1カ月。
松山は自分の部屋があるいうのに、なぜかまたリビングのソファで寝ている。
…… 一応俺たちは恋人同士になって、一応俺のベッドはダブルなんだが…
今のところ、一緒に寝たことはナイ。
そんな誘いをかけたらまた真っ赤な顔で「いきなりしたらイカンでしょ?!」って言われそうな気がして。
「朝飯出来てる。さっさと食うぞ。」
「……」
「起きろ!!」
…本当は
「ひゅうが」
「ん?」
「おはよ。」
「……おう」
本当は、小学生の頃から片想いをしてくれていたと知って、
それから、俺が思っていた何倍も純情だったと気付いて、
今まで以上にコイツのことが ……特別になってしまったから。
「…はあ」
「?日向、ため息なんかついてどうした?」
だが、大切にし過ぎていたら、いつまでたっても手が出せそうにない…
「いや、お前の寝起きの悪さは、どうしたら直るもんかと」
「直んねーんじゃねーかな。」
ま、そのうちに… だな。
「おはようございます。日向さん、松山さん。」
玄関に現れたのは里中さん。
今日は代表選手が集まる仕事があるので、俺も松山も里中さんの送りで現場に向かう。
「あ。そうだ里中さんっ 俺こないだめちゃめちゃ美味いラーメン屋見つけたんです。
今度一緒に行きませんか?」
「はい。喜んで。」
……なぜか松山と仲良しになっている里中さん。
俺の時と全然態度が違うのはなんなんでしょう…
「行くぞ〜 日向〜」
「ああ。」
ま、いいけどな。
戸締りとガスの元栓を確認して、俺も玄関に向かった。
(完)
バカップル誕生。
長々ありがとうございました。
まあまあいい年齢の二人が同棲しているにも関わらず
大人な関係になるのはだいぶ先の模様…