「おい、てめえ、何でサッカー部じゃねえんだよ。」
いきなり片山左京の肩を掴み、ケンカ越しにこう言ってきたのは隣のクラスの日向小次郎だった。
言わずと知れた東邦学園高等部サッカー部二年のエースストライカーである。

本日ラストの授業、5時限目は体育でサッカーだった。
片山の6組と、日向の5組、2クラス合同で、いくつかのグループに分かれて紅白戦を行った。
サッカー部の日向はGKにまわされ、足は使わず手のみ、と限定された。(当然本人はぶつくさ文句を言っていたようだが。)
それでも負けず嫌いの彼のこと、ポジション違いだろーが手だけだろーがたかだか学校の授業だろーが、
一本のシュートも決めさせないつもりでいたらしい。
ところが片山が、見事に一本決めてしまったのである。おまけに試合も片山のいるチームの勝利。
「何でって言われても・・・」

これまで「うちの部に入ってくれませんか?」
と何度となく言われたことのある片山ではあったが、こんな言われ様は初めてだった。
仕方なく少々考えるような素振りを見せて言った。

「興味ないから。」
「っ・・・」
わざとサラリとそう答えると、日向は意外な答えだったのか目を丸くしてしばらく片山を見つめていた。
「て、てめえ・・・」
見る見る間に目の端が吊り上っていく。からかう相手が悪かったかも・・・。
そう思った時にはもう遅く、怒りに震えた日向の拳が震えるのが見えた。
だが殴られる覚悟を決めた時、天の助けがごとく遠くから日向を呼ぶ声がした。

「キャプテーン、行きますよー。」
「・・・」
(あ。助かった。)
日向は片山をひと睨みすると去って行った。
「誰と話してたんですか?」

「・・・何でもねえ。それよりお前、俺は今キャプテンじゃねえんだよ。いい加減直せ。」
「・・・はあ。」
(何を今更。部のみんな俺がキャプテンをキャプテンって呼んでることに疑問を感じていないっつーのに。)
若島津はあからさまに不機嫌そうな日向に小首を傾げる。
が、まあ日向の機嫌の悪いことなどしょっちゅうだから、ほおっておくことにする。
ちなみにもちろんサッカー部のキャプテンは別にいる。
(その三年生の本物キャプテンは「部長」と呼ばれているので特に問題はないらしい。)

「あ、夏の全日本の合宿、静岡に決まりましたよ。」
「静岡?」
「つま恋ですよ。ま、翼はこないでしょーが。」
若島津は中途半端に近い、と不満を一通り述べた。
更衣室に到着し中に入ると、まだ多くが着替え中で混雑していた。二人はさっさと着替えを済ませると教室へと戻っていった。


「おい、反町。お前6組の片山って知ってるか?」
その日の夕方、サッカー部の部室で日向はパイプ椅子に反対向きにまたがり、着替えをする反町の背中に声をかけた。
どうやら日向はサッカー部一の情報屋、反町なら知っているだろうと思ったらしい。

「・・・?」
「知らないか?」
反町はもちろん声には出せないが「はあ?」という顔をしている。
机の反対側に座っている若島津は笑いをこらえて肩を震わせていた。

「・・・あのねえ、日向さん。」
反町は若干呆れ顔で若島津を一瞥した。若島津は反町と目を合わせると、教えてやれ、と言わんばかりの表情をする。
「おう。」
「俺、同室ですよ?」
「何?」
「だから、片山左京でしょ?寮のルームメイト。日向さん何度か俺の部屋来たことあるじゃないですか。」
「・・・」
日向は瞬間動きが止まり逡巡する。
「・・・そお、だったか?」
「そーでございますよ。」
からかうように反町が言う。そこで若島津もついにげらげらと声をあげて笑い出した。
「んで?片山が何ですか?」
「・・・いや、今日体育でサッカーだったんだが」
「ああ、日向さん片山に一点決められてましたね。」
無意識なのかわざとなのか、若島津が即座に言った。う、と日向は若島津を睨む。
「・・・何でお前知ってるんだよ。」
「隣のコートだったんでね。片山に一点決められて、それをこだわってるんですか?」
「・・・」
「いくら日向さんだって、GKで手のみの限定だったんでしょ?」
そう言われて日向はむっとする。
「負けず嫌いの日向さんらしいけど。」
「そんな子供じみた話じゃねえよ。」
「へえ。じゃ、何です?」
確かに、松山相手でもなければ日向がこんなことくらいで腹は立てないだろう。
「あいつ何でうちの部に入ってねえんだ?」
「は?」
二人はそろってきょとんとしてしまう。
「サッカーうめえじゃんか。ちゃんとやれば使えるようになる。」
「・・・キャプテンにしては珍しいこと言いますねえ。」
「お前だってそう思わなかったか?」
言われてみればそうかもしれませんね、と若島津が言う。
「けど、片山の場合はサッカーだけじゃないですよ。」
すかさず反町が口をはさんだ。
「?」
日向は若島津の方を向いていたのを向き直り、再び反町を見た。
「バレー部からも、野球部からも、バスケ部からも、大概の運動部からはうちに入らないかって言われてますよ。 
もちろんうちの先輩達も誘ったと思いますし。」

「何?」
「つまり、サッカーに限らず運動神経がいいんですよ。あいつは。それに加えてあの恵まれた体格でしょ?
どこの部も欲しがるわけですよ。器用貧乏なんだって、自分では言ってますけどねえ。」

反町の説明にしばらく考えていた日向だが、睨むように反町を見ると言った。
「それにしちゃあ、同じチームの奴らに的確な指示なんぞ出しやがって、いい参謀ぶりだったぜ?」
「へえ。そうだったんですか?」
若島津が少し感心したように言った。
「・・・で、なんでさっきからそんなご機嫌悪そうな顔してるんですか?日向さんは。」
ちょっとびくびくしながら反町が問いかける。
「俺が何でサッカー部じゃねんだって聞いたら、興味ねえからとか言いくさりやがった。」
「・・・」 
(片山・・・命知らず。)
反町は苦笑いでまあまあ、と日向を諌める。
「で?実際どんな奴なんだよ、反町。俺も隣のクラスだし、時々噂は聞くけどさ。」
若島津に問われ、反町はこほん、とわざとらしく咳払いをした。
そして几帳面な彼らしく、きちんと整頓されたロッカーの扉を閉めると口を開いた。

「片山左京。言わずと知れたうちの学園NO.1のモテ男。
スポーツ万能、成績優秀、容姿端麗、羨ましいくらいの長身187センチ、
3拍子も4拍子もそろったパーフェクト男!」
ジャキーン!となぜかポーズを決める反町。
「うちの学校の近くの女子高生がしょっちゅうアタックかけては玉砕してますよ。俺だって何度手紙を託されたことか・・・」
くううっ、とわざとらしく泣きまねをしてみせる。
「ふうん。」
「・・・どうでもいいがな。そんな話は。」
と言う日向の言葉に耳をかさず、反町は続ける。
「で。なんで片山がそんだけもてるのに彼女も作らず、女子達のお誘いをぶっちしまくってるかって言うとですね・・・」
「うん。」
返事をするのは若島津だけで、日向は、ふああ、と大欠伸。
「恋人がいるんですよ。」
「・・・」
その言葉に話半分で聞いていた日向も「ん?」と眉をひそめた。
同じように後ろにいた若島津も説明を求める顔をしている。どうやら若島津も知らなかったらしい。

「・・・いるじゃねえか、彼女。」
「いますけど、彼女じゃないんですよ。」
「はあ?」
「その恋人ってのが、うちのガッコの同じ学年の子だから。」

二人の動きが止まった。

「そ、それってーのは・・・」

「つまり、男ってことか?」
反町はわざとらしく大きく頷いて見せた。言うまでもなく、東邦学園は男子校なのである。
「ホ、ホモだったのか。あいつ・・・」
日向が言った。若島津が「人の事言えるのか?あんた・・・」と心の中で密かにつっこんだが、それはまた後の話。
「さあ?本人は、たまたま好きになったのが男だっただけだ!ホモじゃねえ!!って言ってたけどねえ。どうだか。」
反町は肩をすくめる。
それから「あんな欠点ナシ男は、ホモくらいじゃないと釣り合いがとれんのじゃー!!」と、どこかに怒りをぶつけた。
しばらく若島津と顔を見合わせていた日向だが、まあいいや、と言うと続けた。

「で?あいつ何か部活やってんのか?」
「やってますよー。ロボット研究会。」
「・・・」
再び日向と若島津の動きが止まる。
「・・・初耳だぞ。そんな部は。」
「部じゃなくてクラブですからね。」

説明しよう。
東邦学園では「部」と「クラブ」は違う。
前者はサッカー部や野球部など、毎日、それこそ休日まで活動を行い、後者は週二日だけの活動なのだ。
部と違ってクラブは数も多く、いくつでもかけもちして良いことになっている。

「でも我が東邦学園のロボット研究会って言ったら最近すごいんですよ。
運動部ばっかり取り上げられるから目立ちませんが、ロボコン・・・ロボットコンテストって言って、
NHKでも放映される有名なロボットの大会があるんですけど、今年は地区優勝狙えるって言われてるんですよ。
そうすれば次は全国大会。」

反町の話を聞いて、日向は腕を組んで何やら考えていた。
そしてようやく口を開いて


「・・・ガンダム、みないな・・・?」


「・・・日向さん、ガンダムて、」

後ろにいた若島津が大爆笑したことは言うまでもなし。
「なんだあ?!じゃあ若島津はわかるってのかよ!」
「・・・え?・・・えっとお、アシモ、みたいな?」
まあ、まだましか、と反町は言う。なんだ?アシモって、と日向は若島津に尋ねている。反町は時計を見上げると言った。
「さ、そろそろ行きましょ。遅れますよ。」


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