「俺、松山さんのこと好きなんですけど、松山さんはどうしたら俺のこと好きになってくれますか？！」
と、いきなりそんなことを言われて、俺はほとんど反射的に答えていた。
「え？俺も新田のこと好きだけど？」
「・・・・・・ま、マジっすか？！！」
「うん。」
やったーーー！！と高々と両手を上げ、新田はすごい速さでどこかへ行ってしまった。
夕暮れ時のグラウンドに、新田の長い影が踊っていた。
「それは、きっとそういうことなんじゃないの？」
「そ、そうなのか？！」
「そうでしょ。」
やれやれこれだからキャプテンは．．．とか言いながら、小田はパックの牛乳をごくごくと飲んだ。
長い冬がようやく終わって、昼休みに屋上で弁当を食べるのも快適な季節。
もうすぐ校庭の脇に並ぶ桜も咲きそうだ。
あれから半年。
時々かかってくる電話。頻繁に来るメール。
もともとメールとかあんまりしないから、返事もそんなにちゃんとは返してなかったけど・・・
端々に時折感じる、なんとゆーか、それっぽい言葉。
深く考えもせず、「これってどういう意味だと思う？」と小田に聞いてしまったのが事の発端だった。
「キャプテンはね、そーゆーとこ鈍感過ぎるんだよ。」
意味もなく偉そうに小田が言った。
「・・・だって、男相手にそんなこと思いつかないだろ、ふつー。」
「ま、俺がキャプテンの立場だったら思いつかないけど。」
からかうように言って、小田はゲラゲラと大笑いする。
あー、なんか腹立つぅ・・・
「お前なあ．．．人ゴトだと思って．．．」
「悪い悪い。マジメに考えるよ。」
「付き合ってるって、男同士なのに。」
「そんなことは承知の上なんだろ。」
小田は簡単にそう言うけど、いくら考えても俺にはわからない。
新田が、俺と、付き合っていると思ってる・・・なんて。
「まあ、いいじゃん。夏休みの短期強化合宿でどうせ会うんだろ？直接聞いてみれば？」
「・・・・・・直接？」
「直接。」
直接って、何て聞けばいいんだよ・・・
残ったツナサンドを頬張りながら、新田の顔を思い出す。
「・・・・って、もし違ったら、めちゃくちゃ恥ずかしくないか？俺。」
小田がまた大笑いして、鼻から牛乳出しやがった・・・。
バカみたいにあれこれ考えたというのに、強化合宿はそんな暇なんか与えてくれなかった。
このクソ暑い時期、短い期間に練習試合がいくつも組まれ、
その上試験的にポジションチェンジなんかするもんだから体力的にも精神的にもギリギリいっぱい。
一日のメニューが終われば飯食ってバタンキュー状態。
当然新田と話す機会なんて練習中以外ほとんどなく、ただただ無我夢中のまま日々は過ぎた。
そうして迎えた最終日。
俺の同室の反町はとっくに荷造りを済ませ、東邦組と一緒に帰ってしまった。
今回の合宿は静岡で、何度も来ているところだから現地集合現地解散。
それも慣れたものだけど、飛行機組なんかほとんどいないからちょっと寂しい。
「松山さん！！」
荷造りの真っ最中に部屋に飛び込んできたのは新田だった。
バカみたいにあれこれ考えたというのに、俺はと言えばすっかりそんなことは頭から消え去っていて・・・
「あのっ 飛行機のチケットってもう取ってるんですか？！」
「ああ。帰る日は決まってたし。」
「それって変更できますか？！」
「で、きる、と思う、けど。」
言った直後、しまった、と思った。
新田の顔がパアっと明るくなって、突然俺は、バカみたいにあれこれ考えていたことの内容を思い出した。
「ああ、今日は富士山見えないや。冬場ならもっと綺麗に見えるんですけどねー。」
小高い山の展望台からは駿河湾が一望できた。
どうしても俺をここに連れてきたかったのだと新田は言った。
せっかくだから一泊して観光でもしていきませんか？という誘いに俺は断る理由も思いつかず、
結局帰りの便を明日に変更してしまった。
観光と言っても車が運転できるわけじゃなし、ほとんど新田特選静岡名物うまいもん巡りだったんだけど。
「伊豆半島まで見えるときもありますよ。松山さん伊豆わかります？」
「熱海とか、温泉あるとこだろ？」
「そうそう。いつか一緒に行けるといいな。」
少しも照れることなく、新田はそんな台詞を急にさらりと言うから、むしろこっちが照れてしまう。
温い風が吹いて、新田の長めの髪を揺らした。
汗ばんだ首筋は細くて白くて、顔だちだってかわいらしいからなんだか女の子みたいだなと思う。
「俺、自分の住んでる街、すっげー好きなんです。だから、松山さんにも知って欲しくて。」
今度は俺を富良野に連れて行って下さいね、と笑って言う。
「じゃあ、今度は地元Ｊリーグチームの専用練習場へ案内しまっす！」
「・・・・・・・・」
俺は、どうしようもなく罪悪感で、いっぱいになった。
日も落ちたころ、新田はもう一箇所どうしても連れて行きたいところがあると言って港の方まできた。
港と言っても魚の水揚げをしているところではなく観光船や遊覧船の発着が主で、
綺麗に整備された海岸公園の隣には映画館やレストラン、ショップなどが入った大型施設があった。
お土産店やカフェのある一階を通り抜けるようにして公園の方に抜けると、
海をバックに目的のものが目に入った。
「これです！！」
「観覧車？」
「できたてほやほやっす！！」
看板には「７月○日 ＯＰＥＮ！！」と書いてある。
・・・・っつか、それって、すっげー混んでるんじゃ・・・
「うわ。並んでる。あ、でも聞いてたよりマシかも。」
・・・やっぱり。
正直、並ぶのとか大っ嫌いなんだけど・・・。
でもわざわざこれ目的で来たんだし何より新田が乗る気満々だったので、
チケットを買って新田と二人、列の最後尾に並ぶ。
時間も時間だし、はっきり言ってカップル多し・・・
男連れで観覧車ってどうよ・・・って思ったけど、夏休みだからかオープンしたてだからか、
よくよく見れば男ばっかとか女ばっかのグループも結構いた。
いたけど・・・男二人は俺たちだけだった、かもしれない・・・
ずいぶん待つんだろうと覚悟していたものの、今回の合宿の話やら、
新田の打倒！日向話を聞いているうちに待ち時間はあっという間に過ぎてしまった。
やがて俺たちの番になって、派手な色のゴンドラに乗り込む。
係り員が機械的にカシャンと扉の鍵を閉めた。
ゴンドラはゆっくりと上り始める。
気づけば外はもうすっかり暗くなっていて、夏の星座が夜空を彩っていた。
新田は、やけに静かだった。
並んで待っていた時はあんなに喋っていたのに、静かに、じっと、窓の外を眺めている。
俺も自然と無言になった。
聞かなくちゃいけない・・・と、思う。
俺たちって付き合ってるのか？お前の言う「好き」ってそういう意味なのか？
だとしたら、俺は・・・・
「松山さん、」
「っ・・・ なに？」
「もうすぐ頂上ですね。」
「え？」
いろんなことをぐるぐると考えているうちに、ゴンドラはいつしか頂上付近まで来ていた。
右側の窓には真っ暗な海に漂う船の明かりが、左側の窓には新田の住む街の明かりが眼下に見える。
岬や翼や若林の家もこの明かりのどれかなんだな・・・。
新田が大好きだというこの港町は温暖な気候で、冬でも雪は滅多に降らないと言っていた。
恵まれた環境でサッカーしてんだな。南葛の奴らって。
と、突然ゴンドラが揺れたと思ったら、向かい側に座っていた新田が俺の隣に移動してきた。
「っ・・・新田・・・？」
「あ、やっぱ傾きますね。」
急に新田の顔がすごく近くにあって、さすがに鈍感な俺でもこの先の展開を予想して妙な緊張感が走る。
「俺、どうしても、やりたかったことがあって。」
・・・・それって、やっぱり・・・
「観覧車の頂上で、」
「に、新田」
「松山さんと」
待て、ちょっとそれは待てって・・・・っ！！！
「にらめっこ。」
って！！！どんだけ変顔ーーーーーーーっっ？！！！
「むはっ」
かわいらしい新田の顔が見たこともない変顔になって、俺は思わず大笑いしてしまった。
「ぶはははは・・・ に、新田、その顔、マジ、やばいってっ・・・」
「なんちて。」
「へ？？？」
ほんの一瞬重なった唇と唇・・・
あまりにも急で、不意打ちで、何が起こったかわからなかったくらい・・・
新田のまっすぐな目が、俺をじっと見つめている。
いつの間にか掴まれた肩が痛いほど、手に力がこもっている。
震える唇がゆっくりと動いた。
「好きです。松山さん・・・」
「っ・・・///」
再び唇が重なる。
俺はもう、どうしたらいいか、本当にわからなくて・・・
でも、振り払うこともできなくて。
歯列を割って、新田の舌が口内に入り込んでくる。
熱い、ぬるりとした舌に侵されて、舌を絡めとられる。
（うっわ・・・///）
これって・・・
頭の芯が熱い・・・ぼーっとしてきた・・・。
されるまでは男同士でマジ勘弁してくれって思ってたのに、いざされてしまうと・・・
（やばい・・・ きもち、いい・・・かも）
なんだか、何もかもがどうでもよくなってしまうぐらい・・・
それは、相手が新田だから、なんだろうか・・・？
余韻を残すようにゆっくりと唇が離れる。
俺はぼーっとしたまま、余韻に浸っていたいどころか、もっとして欲しいとさえ思っていた。
「松山さん、降りますよ。」
「え？あっ、ああ。」
びっくりした。
いつの間にか下まで来ていた。
さっきとは別の係員がやはり機械的に扉を開けてくれる。
俺は慌てて唇を拭って、新田に続いてゴンドラを降りた。
っつか、そんなに長い間キスしてたのか・・・？
・・・・隣のゴンドラに乗っていた人から丸見えだったんじゃ・・・
とか考えてももうホント今更で、俺はなるべく周りの人と目を合わせないようにするのが精一杯だった。
（続く）
新田×松山、表、です。
っつか、裏の前に表を書けって話ですよね。あははーん。
マツコジ抜きに、ピュア（？？）に攻めてみました。
単発のつもりがちょっと長くなっちゃいましたので続きます。
南葛市は架空の街なんですが、私の中では旧清水市
（今は静岡市清水区になっちゃいました。）かなあ・・・と。
藤枝や磐田あたりもサッカーの街って感じだけど、
Ｃ翼が流行っていた当時の元祖サッカーの街と言えばやはり清水！！です。
翼パパも船乗りだしね〜。
地元を舞台にすると書きやすいですよね。（笑）
松山くんには申し訳ないけど、雪のこととかホントわかんないっすもん・・・（汗）
ちなみに観覧車は清水の港に今度本当にできるみたいです。
楽しみぃｖｖ