「…え?危ない?」
「新田… お前、自分の成績分かってるのか?今のままじゃ、とてもじゃないが南葛高校は無理だぞ。」
「……」
「南葛高校はサッカーは強いが、サッカー推薦枠がある高校じゃないんだ。
 新田がどんなにサッカーが上手くても、成績が悪かったら入れないって、先生何度も言ったよな?」
頭が、真っ白になった…。

俺… 俺…

どーーーーーーしたらいいっすか?!!!松山さーーーーん!!!!!




「勉強頑張ったらいいじゃねえか。」
と、憧れの先輩、松山さんは軽く言ってくれた…

8月、全国中学校サッカー大会で優勝し、3年生は部活を引退。
あとは南葛高校へ入学して、今度は松山さんと一緒に打倒バカ日向!高校サッカーNO1だーーー!!!
って…
思っていたのに…。
夏休み明けの面談で突き付けられた現実… うう…

「俺って、頭悪かったんすね…」
「だから。まだ受験には数カ月あるんだから、勉強すれば間に合うだろって言ってんだ。」
松山さんはマックシェイクをちゅる〜っと飲んで、そう言った。
土曜日の部活帰りの松山さんを高校の門で待ち伏せして、マックに付き合ってもらって。
高校入ったら、こんなことしなくても、松山さんと毎日一緒にいられると思ってたのに…
せっかく北海道から静岡に越してきてくれたのに…
…っつうか、松山さんて、実は頭良かったんだ。
んで、修哲トリオは別として、森崎さんも石崎さんも頭良かったんだ。
それよりなにより、俺、浦辺先輩バカだと思ってたよ…。ゴメン、浦辺先輩。本当は賢かったんだな。
シャーク(岸田)先輩は賢そうだと思ってたけど。
「ま、南葛高校は全国レベルで言えば大したことねーけど、
 ここら辺だけで言ったら公立じゃ2番目に頭いいガッコだからなあ。
 しかもサッカー部人気のせいで、ここ数年 倍率上がりまくってるし。」
「…松山さんは、勉強したんですか?」
「そりゃまあ。」
「どれくらい?!どうやって?!!」
「え?いや、普通に… 俺も全中サッカー大会は出てから引退したから、やっぱこの時期から必死にだな。」
「うう… 分かりました… 俺、頑張りますぅ〜」
半泣きで、目の前のクオーターパウンダーに食らいついた。
松山さんは「大丈夫大丈夫」と言って、俺の頭を撫でてくれた…。

優しい松山さん。
俺の大好きな松山さん。
ああ… 好きだ好きだ好きだ好きだ…

「あのぅ、今度、勉強教えてもらいに、松山さんちに行ってもいいっすか?」
思い切って聞いてみる。
ドキドキ…
「おう。来いよ。俺んちっつか、翼んちだけどさ。」
「は、はい!是非!!!」
「あ、でも俺より、岬に教えてもらった方が絶対いいと思うぞ。あいつ、常に学年でトップ10に入るくらいだから。」
「…はあ。岬、さん、ですか?」
「一緒に住んでるからな。」
「…え?」
「あれ?知らないのか?俺と岬、翼んちで一緒に住んでんだぜ?」

……… 初 耳 !!!!

まさか…
まさか岬さんを敵にまわすことになろうとは!!!!
「恐すぎる」
思わず呟いた。
「何が恐いって?」
「いや、なんでもねっす…」
岬さんは、基本はすごーーーく穏やかなんだけど、なんか時々恐くて。
にこやかに、ズバっと切り捨てるような一言を言ったりする…
代表合宿で一緒になった時、あのバカ日向に向かって「小次郎、ドリブルすっごい下手くそ。」って
面と向かって言ってたのを見て以来恐くて仕方ない。
バカ日向に向かって「小次郎」って呼び捨てで「すっごい下手くそ」って何なんだよ?!!
…いやまあ、俺も「バカ日向」って言ってるけども、それは心ん中だけだからさ…





10月の終わりのある日曜日、珍しくその日は部活がないということで、
約束通り松山さんの家…というか、翼さんの家にお邪魔することになった。
翼さんの家は隣の学区だけど、自転車で20分もかからない。
上がったことはないけど何度か家の前は通ったことがあった。
すごく立派な家で、結構広い庭もあって。
…まあ、若林さんち豪邸ほどじゃねーけど…(あれは別格だな。)
「いってきまーす」
「瞬、途中でケーキかなんか買って持って行ってちょうだい!!」
「お。かーちゃん気がきくぅ〜っっ」
母ちゃんから小遣いを手渡され、俺はそれを財布にしまう。
自転車を漕ぎ出し、ケーキを買うためにまず商店街へと向かうことにした。

「あれ?新田じゃん。どっか行くのか?」
「浦辺先輩。」
商店街の入り口の角にある豆腐屋が浦辺先輩の家だ。
前掛けが妙に似合っている。店番中なんだろう。
「これから松山さんちに行くとこっす。」
「ああ。翼んちか。」
「はい。勉強教えてもらいに。」
「へー。ご苦労なこったな。お前も南葛受けるのか?」
「勿論っす!!!俺、絶対受かるんで、浦辺先輩待ってて下さいね!!!
 あ、そうだ。商店街で一番オススメのケーキ屋さんてどこっすか?」
「バーカ。ケーキ屋よりも、一条和菓子店の塩豆大福を買って行け。」
「なるほど!その手がありましたね!!」
一条和菓子店は俺と同級生でサッカー部のGK一条勇の家で、明治時代から続く老舗の和菓子店だ。
アドバイス通り一条和菓子店に向かおうとすると、浦辺先輩が慌てて前掛けを取って追いかけてきた。
「なー。俺も一緒に行っていいだろ?松山んとこ」
「え。いいっすけど… 店は?」
「大丈夫大丈夫。じいちゃんいるから。」
良く分からないけど、じいちゃんで大丈夫なんだろうか…?
まあ、いいか。
…ってか!!浦辺先輩来たら、俺、松山さんと二人きりじゃなくなるじゃん!!!
「……」
今気付いた…。
でも、行ったら多分岬さんもいるから、どーせ二人きりにはなれないんだろうなあ… とほほ。
浦辺先輩と一緒に一条和菓子店に行って、無事塩豆大福を購入。
自転車の後ろに先輩を乗っけて、いざ松山さんのもとへと走り出した。
「お〜 快適快適。」
「先輩ずるい… 帰りは漕いで下さいよっ」
「後輩が生意気言うんじゃねえ」

しばらく自転車を走らせ、ようやく松山さんの家…というか、翼さんの家に到着した。
「おーっ 大地うまいうまい!!」
ん?庭の方から声が…
「こんちわ〜」
玄関の門をくぐるとすぐ横の庭に、松山さんと岬さんと…それから
「よう。新田。久しぶり〜」
「井沢さん!」
「あれ?浦辺も一緒か」
髪の毛を上の方に上手にまとめあげた井沢さんもいた。
「おう新田!…と、浦辺?」
手を上げ声をかけてくれた松山さんと、隣にいる岬さんの足元にはちびっこ。
これが噂の翼さんの弟だな。
どうやらサッカーボールで遊んでいるらしい。
ただでさえ翼さんと同じ血が流れてるってーのに、
これだけサッカーの上手い先輩たちに囲まれて育つなら英才教育もいいところだな。
将来が楽しみだ。
「じゃあ大地、今日はこれでおしまいな〜」
松山さんがひょいっと抱き上げて、玄関の方にまわってきた。
なんだか、松山さんが本当の兄ちゃんみたい。

翼さんの弟を、おばさんにバトンタッチして、俺たちはぞろぞろと二階へ上がって行った。
「こっちが俺の部屋、あっちが岬の部屋なんだ。」
松山さんが教えてくれる。
これは、もしかして、岬さんと井沢さんと浦辺先輩は、岬さんの部屋に行くとか?!!
「はいはい、じゃーとりあえず松山の部屋ね〜」
って!!!
岬さん、自分の部屋はスルーして、結局全員松山さんの部屋に来たし!!!
それぞれ思い思いの場所に落ち着いたところで、俺は塩豆大福を差し出した。
「これ。みんなで食べましょう。」
「お!一条和菓子店の塩豆大福!!俺大好き!!」
「マジっすか?!うちのGKの家なんすよ。」
「そーなんだ。たまにナツコさん… あー、さっき会った翼のお母さんな、買って来てくれるんだ。なー岬。」
岬さんも「それ美味しいよね」と言ってくれる。
「じゃ、俺お茶淹れてくる。ちょっと待ってて。」
松山さんはそう言って、部屋を出て行った。

「………」
初めて入る、松山さんの部屋。
間借りしてるからってーのもあるんだろうけど、殺風景な印象を受ける。
余計なものはほとんど置いてない。
机の上は少し散らかっていて、自然とそこに目がいった。
家族の写真と、ふらの中学の時のサッカー部の集合写真が飾ってある。
それに…
「?!!!!」
ええええええ?!!
なななな、なんでバカ日向?!!!
そう、机の上のシートに挟んであったのは、雑誌の切り抜き。
俺もその雑誌は持ってるから知っていた。
でも、なんで だ?????
「浦辺は何しに来たの?」
岬さんが尋ねる。
「暇つぶし〜」
「浦辺先輩、店番してたじゃないですか。」
「だってお客さんこねーからつまんねーんだもん。それにほら、久しぶりに可愛い後輩と遊びたいだろ〜」
「俺、遊びに来たんじゃないっす」
「カタイ事言うなよ新田v 井沢は?なんか用事があったのか?」
ベッドに座って勝手に漫画を読んでいた井沢さんが顔を上げた。
「俺は松山に頼まれたんだ。松山だけじゃ、新田に勉強教えてやれるか不安だからって。
 岬に頼んだらいいだろって言ったんだけど、岬は用事があるらしい。なあ?」
「うん。僕、塩豆大福食べたら出かけるから。」
「どこ行くんだ?」
「それは言えない。」
「………」
全員が「誰か聞けよ…」という顔をしたけど、結局誰も聞けず…
俺だけじゃなく、ここにいるみんなが、心のどこかで「岬は恐い」と思っているんだなぁ…と実感してみたりして。
いや、すげーーーいい人だしすげーーー優しいんだよ?!!
松山さんがいたら「なんだよ〜 教えろよ〜っ」と、ぐいぐい聞いたに違いないけど。

松山さんがお茶を乗せたお盆を持って戻ってきた。
俺はここぞとばかりに、さっき ものすごーーーーーーく気になった事を聞いてみることにした。
「松山さん、なんで日向さんの切り抜きなんて机に置いてあるんですか?」
「ぶっっ げほっ ごほごほごほ…」
お茶でむせたのは松山さん…ではなく、井沢さん。
って、何でだ???
松山さんは「あー、それはな」と不機嫌そうな顔をする。
「何だか知らねーけど、岬が勝手にそうしたんだ。」
「岬さんが?何でですか?」
岬さんの方を見ると、岬さんは「なんとなく〜」と笑って言う。
…なんか、はぐらかされた感じ???
裏返すと三杉だし、捨てると呪われそうだし、仕方なくそうしてあるんだと松山さんは言う。
納得したような、しないような…
良く分からないけど、とりあえず、ま、いいか。


宣言通り岬さんは食うモン食って出かけてしまった。
その後は主に井沢さんに数学の問題集を見てもらって、たまに松山さんも口を挟んでくれて。
浦辺先輩は本当に何をしに来たのか、松山さんの部屋にある漫画とかサッカー関係の本を読み倒していた。
気付けばあっという間に時間が経っていて、俺は自分でもびっくりするくらい勉強出来てしまった。
俺としては松山さんのお部屋初訪問で、松山さんと二人きりの素敵な時間を過ごすつもりだったんだけど…
ま、結果オーライか。
帰りがけ、井沢さんに呼び止められて「新田ぐっじょぶ☆」と言われたんだけど、何のことだったんだろう…?

井沢さんと松山さんにお礼を言い、俺は浦辺先輩と一緒に帰途につく。
「しゃーねーから、俺がお前を乗せてってやるよ。」
浦辺先輩は俺から自転車の鍵を奪い取り、鍵を開けると、自転車に跨った。
「わーいvv」
「特別だかんな。」
遠慮なく荷台に跨る。
俺が乗ったのを確認すると、浦辺先輩はゆっくりと自転車を漕ぎ出した。

「……」
浦辺先輩の背中は見慣れていたけど、こんな風に近くで見たことはなかった。
なんか、変な感じ…
すごい選手が揃いも揃った南葛高校ではそう目立つ方ではないのかもしれないが、
俺にとっては大友中で一番カッコイイ、憧れの先輩だ。
今までも、これからも。
浦辺先輩のピンピン跳ねた後ろ髪。
誰よりも一番走る、身軽な先輩らしくて、なんだか妙に可愛く見えた。
「なー。新田」
「はい?」
「お前さー。松山のこと…  好きなの?」
「はい!大好きっす!!!」
「……… 迷いがねえなあ」
「? ん?」
浦辺先輩、何を言いたいんだ?
「?俺、浦辺先輩も大好きっすよ?」
「っ…/// べっ 別に、そんなこと、聞いてねーだろっっ///」
「ダメっすか??」
「だ、ダメ じゃ ねえ けど///」
「? うわっ!!」
突然スピードアップして、危うく振り落とされそうになった。
「浦辺先輩なんすかっ ちょっ 速ぇ!!!」
「うおおおおおおおっ」
「うわあ!!速いっ こわいっす!!浦辺先輩〜〜っっ」
「新田!お前 絶対受験受かれよ!!」
「ええ?!なんすか?!聞こえないーーーー!!」

夕陽に赤く染まる街を、俺を乗せた暴走自転車はすごい勢いで駆け抜けて行った。



(完)


松山←新田←浦辺 でした☆
いやー。南葛組(大友含め)人数多くて楽しいですね。
書いていくうちに頭の中で街が出来あがっていって、なんか面白いです。
一条君…顔がわかりません。(笑)
あとで漫画で探してみよう。
塩豆大福って、美味しそうな響きですなあ。
という私は餡子(特につぶあん)が苦手なので、あっても手を出しませんが;;


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