『首洗って待ってろ』

というメールが松山からきた。
なんだ?俺はこれから襲われるのか???
「どうしたんですか?」
向かい側に座る若島津に声をかけられる。
もうすぐ閉まる時間の寮の食堂は人影もまばらで、いるのはほとんどサッカー部だ。
「いや。何でもない。」
「そろそろ行きましょう。オバチャンが睨んでます。」
さっさと食器持ってこんかい… とカウンターの向こう側からガンを飛ばしてくるパートのオバチャンと目が合う。
大抵、恐がるよりは恐がられる方が多い俺だが、このパートのオバチャンだけは別だ…
マジ恐ぇ…
俺と若島津は慌てて食器を片づけに走った。

「お。反町。」
食堂から出て部屋に戻ろうとロビーを横切っていると、何か浮かれた感じの反町に遭遇した。
「あ。健ちゃん、日向さんw」
「反町、どこか行くのか?」
若島津が尋ねると、「いつもの駅前のコンビニ〜」と言うので
「じゃあ、俺ガリガリ君」
「俺しろくま」
と、若島津と同時に発注。
さすが幼馴染、息はぴったりだ。
「えええ〜 何?!俺、またパシリ?!!」
すると遠くから小池が走ってきて、その後から島野と松木も来て、あれこれ注文していた。
いつもぶーぶー文句を言いながらも買いに行って、しかもメモもとらずに間違えない反町はすごい。
さすがは学年で常にトップ5に入るだけはあるぜ。

風呂に入って仕方なく宿題をやって。
もうそろそろ寝ようかと思った頃、、そう言えばアイスがまだだったことを思い出す。
なんだ?反町にしては珍しく忘れたか???
とか思っていたところで、トントン、ドアがノックされた。
「反町でーす。」
「おう。遅かったな。」
ドアが開いて反町が入ってきた。
てっきりアイスを置きに来たと思ったのに、反町はドアを閉めるなり、「ふっふっふ…」と妙な笑い声を零す。
「なんだ?」
「日向さん。日向さんに会いたいって人が来てますよw」
会いたい人と言われて、なぜ奴の顔が思い浮かんだのかは分からないが、
とにかくさっきの謎のメールと急に繋がった気がして反町に尋ねた。
「…それは、もしかして松山か?」
「あれ?知ってたんですか?」
「……まあ。」
「なんだ。つまんなーい。」
反町は不満げにそう言った。
っつか、松山マジで何しに来たんだ?わざわざ静岡から???アホか。
反町に部屋にいるからとにかく来てくれと言われ、仕方なく一緒についていく。
「ところで反町、アイスはどうした?」
「あ。色々ありまして買えませんでした。」
「何?!!」
「健ちゃーん。入るよ〜」
若島津の返事を待つことなく、反町はドアを開け中に入った。
まあ、若島津と反町は今ルームメイトだから、反町にとっては自分の部屋なわけだが。
俺も続いて中に入る。
「…松山」
本当に、いた。
奴に会うのはどれくらいぶりだろう。
初めて見る私服姿は新鮮だったが、なんか変な感じだった。
「おう」
「何してんだ?お前」
「メールしただろ」
はあ〜 と、思わずため息が出る。
「オマエな、あのメールで何を察しろってんだ」
何しに来たんだか知らんが、サプライズにもなってない。
すると反町が小首を傾げて
「? あのメールって?」
と聞いてきたので、ジャージのポケットから携帯を取り出して見せてやった。
「…首洗って 待ってろ…?  ぶはっ」
「笑うな!!」
松山は怒ったが、反町は涙を流して大笑いしている。
若島津も耐えきれずにぐふぐふ笑っていて、笑いながら「とにかくです」と口を挟んだ。
「今夜は日向さんの部屋に責任もって泊めてやってください。」
「は?!!何でだ?!!」
ちょっと待て!!なんで俺がこいつの面倒を見なくちゃならねーんだ?!!
だが俺の抗議など当然受け入れるつもりもなく、若島津は話を続ける。
「あんた、今一人部屋でしょう?」
「それは、そーだが」
「それに、松山はあんたに会いに来たんですよ。」
「そんなの俺の知ったこっちゃ」
「じゃあ、このまま松山を放り出しますか?」
松山の顔をチラリと見ると、捨てられる仔犬みたいな目で訴えてくる。
「う」
ヤメロ!!なんかヤメロその目!!!!
まるで俺が悪者みたいじゃねえかーーーー!!!
「…分かったよ。」
「松山。うちの寮はとにかく厳しいんだ。絶対バレるようなことがないようにな。」
若島津が言うと、松山は「分かった。」と頷いた。
「明日は休みだから問題はないと思うけど、バレないうちに朝一で寮は出ろよ。」
反町よ、それは俺も明日休みだっつーのに早起きをしろということなのか?
「うん。でさあ、こっから羽田ってどうやって行くの?」
羽田?なんだ?里帰りでもすんのか??
すると若島津と反町が顔を見合わせて、二人してため息をついた。
「日向さん。松山、羽田まで送ってやって下さい。」
「なんだと反町!!」
「だって、今日も東京駅から何時間もかけてようやくここに辿りついたんですよ!!危険すぎるでしょ!!」
「…なんで俺が…」
ふいに視線を感じ松山の方を見たら、またもやさっきの捨てられる仔犬みたいな目で俺を見ている。
だから!!!それヤメローーーーーっっ
あーーーあーーーもーーー 分かったよ!!
なんとかすりゃいいんだろ!なんとか!!!
「しょーがねーな。じゃ、行くぞ松山。」
「おう。それじゃ、ありがとな反町。」
俺と松山は音を立てないように部屋を出て行った。



無事誰にも見られることなく、俺の部屋に辿りつく事が出来た。
「ふうん。綺麗にしてんだな。」
松山は部屋の中を見回してそう呟く。
俺は使っていない方のベッドに畳んで置いてある布団にかけた埃よけの布を外す。
滅多にないが、たまにルームメイトと喧嘩しただとか、風邪をうつされたくないからとか言って
俺の部屋に泊りにくる奴(ほぼサッカー部員)のために、いつでも寝られるようにはしてあった。
「こっちのベッド、使っていいぞ。」
「おう。サンキュー」
松山はバッグを置いて、早速ベッドに寝転がった。
「あーーーー 疲れたーーーー」
「で?」
「で????」
「お前、俺に何の用だ?」
「ん?」
ん?じゃねーよ。
転がった松山を上から眺める。
「妙なメールまでして、何のつもりだ?」
「……あ。」
「あ?」
「俺、さっき反町に奢ってもらったチョコパフェしか食ってねえんだった。」
言いながら起き上がって、バッグと一緒に持ってきたコンビニの袋をあさり始める。
「反町が、色々買ってくれて」
あいつめ…
こいつにはパフェなんつー贅沢なものを奢った上にコンビニでも食いモン買ってやって、
挙句の果てに俺のアイスを買ってこないとはどういうこった。
松山はもさもさとパンを食い始めた。
「それでお前、一体俺に何の用が」
「なあ。ここって風呂あるの?」
「…あるが、部屋にはシャワーしかついてねえぞ。大浴場はバレるからダメだ。」
「シャワーでいいから入らせて。」
「松山、お前さっきから」
俺の話を思う存分無視ぶっこいてパンを一気に頬張り、
それから豪快に服を脱ぐと、「シャワーここ?」と勝手にドアを開ける。
腹が立つからガスのスイッチ入れないでやろうかと思ったが、
変なところで鋭い松山はすぐにスイッチを見つけ、自分でつけていきやがるし。
「……」
床に置かれた松山のバッグを眺める。
それなりの荷物の量で、羽田に行くということは、まあ実家に帰る途中で寄ったってところだろうが。
理由が分からん、理由が。

「なー。ここにあるタオル借りていい?」
「ああ。」
「サンキュー」
そのうち、「着替え出してくの忘れた。」と言いながら、
肩にバスタオルをかけただけのほぼほぼ素っ裸の松山がシャワーから出てきた。
「ちゃんと拭いて来いよ。床濡れるだろうが。」
「細けーこと言うなよ」
シャワーを浴びてスッキリした松山は、ご機嫌に新しいパンツに足を通す。
「っ///」
あれ?
松山の身体から漂う香りが、普段自分が使っている嗅ぎなれたボディソープの匂いのはずなのに…
何か違うような気がして…
いやいやいやいや。
だから何だっつー話だ。
「おい。」
「ん?」
服を着終わった松山は、さっきのコンビニの袋から、今度はスポーツドリンクを取り出しゴクゴク飲んでいる。
「結局俺に何の用だったんだよ。」
ずっとはぐらかしやがって…
今度こそ答えを聞くぞと、俺は思いっきり真正面に座った。
「…用がなきゃ、来ちゃダメなのかよ」
「?!! え///」
なんかドキっとしてしまって、声が上ずってしまった。
そしたら今度は、その俺の反応に松山が慌てて
「なっ なんだよっっ 別に変な意味じゃねえぞ!!!!」
とか言ってきて、スポーツドリンクでむせたりして。
「げほげほっ」
「おい。大丈夫か?」
「てめーが妙な事言うからっっ」
妙な事言ったのはお前だろうが…
俺はテーブルにあったBOXティッシュを取り、松山に押し付けた。
「岬が」
「?岬??」
「岬が、静岡と東京なんかすぐだから、お前に会いに行けばいいとか、言うから」
「…なんで」
「さあ」
どっちにしろ意味分からん…
っつか、なんだよ… 岬に言われたからって、その理由。
だいたい、松山が南葛高校に入学したのだって気に入らなかったんだ。
うちみたいにサッカー推薦枠がある私立でもねえのに、それも岬がいるからなのかよ。
「……」
急にイラっときて、俺はそれ以上の質問をやめた。
「あ。プリンも入ってるw日向、プリン半分食う?」
「いらねえ」
「…なに怒ってんだよ」
「怒ってねえよ」
俺は歯を磨くと言って、洗面所へ向かった。
自分でもよく分からないイラつきを抑えられないまま。
「なー。なんで怒ってんだ?」
「うるへーな。怒ってねーっつってんらろーが。っつか、でけー声出すんじゃれーよ。」
歯を磨きながら、しつこく聞いてくる松山に向かって答える。
松山の「怒ってんじゃん…」という小さい声が聞こえた。

それから、しばらく無言の時間が続いて。
俺は黙って寝る準備をし、いつもは当日の朝ギリギリにやる学校の支度をしたりして…
松山は松山で、勝手に本棚の雑誌を取り出して読んでいた。
「寝るぞ。」
一言、そう言うと、松山は顔を上げ「うん」と答える。
「あのさ、日向」
「なんだ」
「これ」
松山が俺に見せてきたのは、つい今まで奴が読んでいた雑誌。
ってーーーーーー!!!!
「うわあああっっ///」
取り返そうとしたが、ひょいっと避けられちまった。
それは、サッカー雑誌ではあるが、なんつーか女子向けで…
制服姿の写真はあるわ、変なタイトルをつけられるわで、しばらく恥ずかしい思いをしたヤツ。
「もう見たから遅い。っつか俺このページだけ持ってるし。」
「…この、ページ…?だけ?」
「岬が、多分翼目当てにこの雑誌買って。俺に、お前んとこのページだけくれたんだ。」
裏は三杉だけど、と言う。
何で岬が俺のページだけをお前に渡すんだ?それは、お前が俺に会いに来た事と関係あるのか?
「まつ」
「お前さ、このインタビュー」
「?」
「ライバルは誰かってやつ。翼なのか?」
「まあ。そりゃ、そーだろ。」
去年、中学最後の全国大会の決勝。
俺と翼はまさに死闘を繰り広げたんだからな。
それはお前だってすぐ近くでずっと観ていただろうが。
「俺なら」
「え?」
「……何でもない」
松山はそう言うと雑誌を俺に突き返して、ベッドに潜り込んでしまった。
「電気、消せよ。日向」
「…おう」
くそう… なんだこのモヤモヤした感じはよぅ…
電気を消すと、俺も自分のベッドに潜り込む。
一人で寝ない夜は結構久しぶりだった。
「日向」
「うん?」
「静岡と東京って、そんなに遠くないだろ」
「そうだな。」
お前みたいに迷ったりしなきゃな、と思ったが、それは口にしないでおいた。
「だから、さ。今度、いつか、静岡にも遊びに来いよ。合宿とかじゃなくて」
「……おう」
なぜ急に松山がそんなこと言い出したのかは分からないが、まあ、悪くないとは思う。
「そしたら、俺、案内してやるから」
「どこに?」
「え?! えーーーと、浦辺んちの豆腐屋とか」
「浦辺…? 誰だ???」
「お前、全然覚えてないな。」
「どうせなら若林の豪邸に連れて行け」
「本人いねーぞ」
「…ああ。忘れてた…」
松山は妙に嬉しそうに、「ばーか」とか言ってきやがった。


(完)


松山から始まって、日向さんで一周しました。
とりあえず一段落ですかね。
でもこの感じ、自分的に結構好きなので、まだまだダラダラ続けたいかな。
浦辺や来生、滝目線も書いたら面白そうだしw


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