屋上に降り立った途端、秋口のひんやりとした空気に身体が包まれる。
「おわ！！すっげー！！」
すでに出入り口の反対側に行ってしまった松山が感嘆の声をあげた。
続いてドン、という花火の音。
これ以上見逃しては、と、慌てて俺も奴の声のした方へと向かう。
「！！」
松山の背中の向こう側に緑色のフェンス、さらにその向こう側に色鮮やかな花火･･･
ドン･･･
遮るような高い建物がないから、どこも欠けずにキレイな円。
「なっ」
振り返り、そう言った松山は、ガキ大将のような自慢げな笑顔を見せた。
「お前、これを独り占めするつもりだったのか？」
言いながら松山に近づく。
「････それも、そうだな。」
みんなに教えればよかったかな･･･と、反省してしまうあたりがこいつらしい。
「じゃ、罰が当たったのかな。」
「？」
「白くま売ってなかったのがさ。あ、今んの、スペードの形？」
「･･･ハートが失敗して逆さまになったんだろ･･･」
真下に見えるグラウンドの中央では相変わらずキャンプファイアーが煌々と燃えている。
人々がひしめき合いながら花火を見ている姿を上から眺めるのは、なんとなく優越感･･･。
「あれ、反町じゃねぇ？」
松山が下を覗き込みながら言った。
「女の子と一緒にいる。」
「お前、こんなトコからわかるわけねえだろ。」
「いや、あれは絶対反町だ。俺視力いいんだ。」
「どれ、」
「あの、水道のこっち側の･･･」
「どの水道だよ･･･」
視力が５．０とかあるどっかの少数民族じゃあるまいし、こんなとこから顔まで確認できるもんか･･･
ふいに、隣にいる松山の顔が、思ったよりも近くにあることに気づく。
それから思わず息をひそめてしまった、自分にも気づく･･･。
浴衣着た時に香水でもつけられたのだろうか？微かに鼻をくすぐる甘い香り･･･
ドン･･･
「･･･日向？」
もう紅はひかれていない、だが果実のようなその唇が、俺の名前を囁く。
「日向ってば。」
もう一度。
サッカーしてる時とは全く別の、松山の体温。
花火の音が空に響く。
終わり行く夏を名残惜しむように。
松山の、黒曜石のような色の大きな瞳にうつる自分の顔。
頭ん中の、ずっとずっと奥の方で、何か鈍い音が聞こえる気がする･･･。
まるで今朝の夢のようだ。
ただ、夢とハッキリ違うのは、松山が女の格好をしていないこと。
そしてこれが、決して夢ではなく現実だということ。
･･･それなのに、どうして同じように惹かれてしまうのだろう？
その瞳に、その唇に、その全てに。
無意識のうちに俺は、自分の唇を、奴のそれに重ね合わせようとしていた
「やめろっ」
肩を勢い良く押され、いきなり目が覚める。
俺は、一体･･･
「松･･･」
「俺は女じゃない。」
そう言い放った松山の白い顔が、花火と同じ色に染まる。
同時にドンと音がして、そうしてまた、さっきと同じ薄暗い闇が溶け込んでくる。
･･･俺は一体、何を期待していたというのだろう？
松山は潔癖症で、その手の話は苦手で、キスもまだしたことない････
そんな純情な女の子であって欲しいと？
−−−−−−− 女の子であって欲しいと？
「･･･さっき」
「え？」
松山は俯き、そして唐突に話し始めた。
「コンビニ行った後に･･･、お前に会う前に、知らねえヤロー共に服脱がされそうになったんだ。」
「？！･･･」
「たぶん、うちの学校の生徒じゃないと思うけど。」
そう言うと、松山は無意識になのか、襟首のあたりに手を持っていった。
「なんか、校舎の裏手のちょっと暗いところ連れてかれて、お前、本当は女なんじゃねえのか、なんて言いやがって。」
小学生のいじめ並みだよな、と悪態をつく。
「サッカーでこんだけ鍛えてる身体なのにさ、」
鍛えていると言ったって、俺や若島津なんかに比べたらずっと華奢だ。
「･････それで、どうしたんだ･･･？」
「そんなもん、もちろん全員ぶん殴って、のしてきたに決まってるだろ。」
ふん、と鼻をならす松山に、思わず胸をなでおろす。
「相手、何人いたんだ？」
「･･･５人、かな･･･」
「よく平気だったな。」
「････」
その言葉に、松山は俺の顔を一瞬睨みつけた。
「･･･平気なもんかよ。」
「松山？」
「だからお前に会ったとき、ほっとしたんじゃねえか･･･」
ドン･･･
ひときわ大きな花火の音が響いた。
その音に、心臓を掴まれたみたいだった。
様々な感情が一度に押し寄せてきて、言葉が喉の辺りでつまる。
松山は黙って俺から離れると、カシャン、と音を立てて、緑色のフェンスに寄りかかった。
「さっきのあれは、何のつもりだ？」
「･････」
「てめぇもあいつらと同じなのか？」
「っ･･･ちが･･･」
「俺を女の代わりになんかするな！！！」
「ちがう！！！」
「っ･･･」
俺の声に、松山はびくんと身体を震わせた。
「････そんなんじゃ、ねえ。そんな奴らと一緒にするな･･･。」
俺は松山に、松山を襲った奴らと同じ扱いをされたことに、悲しみも似た怒りを覚える。
そんな俺を、奴はまるで怒られた子犬のような目で見つめていた。
to be continue･･･