「引っ越し先が決まったって、本当なのか?」
「ああ、そうそう。悪かったな。長いこと世話になっちまって。」
久しぶりの松山との夕食。
ここんとこすれ違ってばかりで、一緒に住んでいる割に顔を合わせることがほとんどなかった。

若島津から松山が引っ越すことが決まったと聞かされて丸2日。
かなーりドキドキしながら切りだすタイミングを計りつつ、ようやく言い出せたというのに、
当の松山ときたら、ついうっかり話すの忘れてたぜー っくらいの軽い感じで。
「…何で黙ってたんだよ。」
少々怒りを含んだつもりだったが松山には伝わっていないらしく、
白飯をガツガツ口ん中にかっこんで、ほふほふしながら首を傾げる。
「何でって、別に黙ってたつもりねえけど。」
「言わなかったじゃねえか。」
「言わなかったんじゃなくて、会わなかっただけだろ。」
「メールでも電話でも方法はいくらだってあるだろうが。」
「何で一緒に住んでるのに、わざわざメールしたり電話したりするんだよ。おかしーだろ。」
急ぐ話でもあるまいし、と松山は言った。
そら、まあ、そーだが…
今度はトンカツの付け合わせのキャベツの千切りを豪快に食べまくる奴を前にして、
俺はなんだか、自分が一体何を焦っているのか、本当に分からなくなった。
松山の言っていることは少しも間違っていない。
『引っ越し先決まったんだ。』『やっとか。』で済む話なはずだ。
荷物は2つのバッグだけだし、松山が出て行くことで俺が困ることは何一つないのだから。
「…どこに引っ越すんだ?」
「S駅の南側。商店街も近いし、結構いいトコなんだぜ?
 学校とバイト先のちょうど間くらいだし。」
「随分、遠くなんだな。」
「あー。そうかもな。ここからだと乗り換えねーとなんねーし。
 まあ、こっから学校がだいぶ遠かったからなあ。」
ごっそーさんでした!!と手を合わせて、松山は空いた食器を重ねた。
「あ。そうだ日向。今度のホーム試合、反町んとこだろ?
 そん時に俺の引っ越しパーティーしようって。ここで。いいか?」
…ん???ここで???
「構わんが… 普通、引っ越しパーティーって、引っ越し先でやるもんじゃねえのか?」
「だって、俺の持ち物、あれだけだし。」
と、ソファの横に置いたバッグを指さす。
確かに。
机も座布団もなんもねえとこじゃ、さすがに… なあ。
「んじゃ。ヨロシクなvvv」
そう言うと松山は鼻歌を歌いながら洗い物を始めた。


そう… 何も、困らない。
何も、変わらない。

松山がいなくなったって。







「ひゅーがさんv昨日はおつかれっした〜〜vvvv」
現れた反町は満面の笑みで。
…くっそぅ。
ロスタイムで逆転しやがって…
うちの連勝記録を反町に止められるとは不覚過ぎるぜ…
「……帰れ」
腹が立つので玄関からぎゅうぎゅう押し出してドアを閉めようとしたら
「松山〜っ 日向さんが八つ当たりするよ〜っっ」
ちっ…
奥から松山が出てきて、いじめるなよ〜 なんて言ってくる。
「…若島津は?」
「酒買ってから来るってさ。おっじゃましま〜すvお、いい匂い〜☆」
ちょっと日向さんどいてどいてって、ここは俺んちだっつーの!!!!

今日はオフだった俺は朝から買い出しに行って、
学校から帰ってきた松山に少し(ほんの少しな…)手伝ってもらいながら料理を作って。
ちなみに本日は松山の希望で中華だ。
餃子をアホほど作ってアホほど焼いたぜ…
俺が夕飯を作る時、松山に何か食いたい物はあるか?と聞くと、かなりの確率で「中華!」だった。
一度理由を尋ねてみたことがあって、そしたら『大皿で出てくるのがなんかスキ』とか言ってたな。
…まあ、わからんでもないが。



「松山お引っ越しおめでと〜っっ かんぱ〜いvvv」
若島津も到着し、缶ビールで乾杯して、引っ越しパーティーが始まった。
こんなに大量に餃子を焼いたというのに途中全然足りなくなって、更に追加するハメに…
食い過ぎだろ若島津っっ

「日向さんエプロン似合うよね〜vv」
キッチンで餃子を焼いていると、カウンターの向こう側から軽く酔っぱらった反町が、
ビール片手に笑顔で言いやがった。
「うるせー。少しは手伝いやがれ。」
本気で言ったつもりはなかったが、反町は意外にも素直に「はいはい」とキッチンに入ってきた。
「はい。何を手伝いましょ?」
「…じゃあ、具を皮で包んでくれ。」
「任せてくださーいvv俺器用だからvvv」
ふんふん♪と鼻歌を歌いながら、反町はスプーンで具をすくって皮の上にのせる。
やったことがあるのかないのかは知らんが、確かに器用に包んでいきやがる。
「ひゅーがさん、ホントいい嫁になりますよねえ。
 なんか今俺、手伝わされている旦那の気分♪」
「誰が嫁だ誰が。」
「ははは。」
そーいや、松山にもそんなこと言われたな。
どいつもこいつも…とか思い出していたら
「まっつん、出て行っちゃうと寂しくなりますね。」
「っ?!!」
「え?」
反町は俺の反応に怪訝な顔をした。
「?俺、何か変なこと言いました??」
「……いや、別にっ」
焦る自分がめちゃめちゃ恥ずかしい…///
反町は別に、そう深い意味もなく言っただけなんだろう。
俺は何となく目線を逸らしたまま、今反町が作ったばかりの餃子を皿の上で並べ直す。
それからさっき洗ったフライパンの水滴を綺麗に拭き取って火に掛けた。
「日向さん?」
「……なんだ?」
「あれ?本当に寂しかったりしちゃうの??」
「…………何のことだ」
「……いえ、別にぃ」
急にニヤニヤし始めた反町に、何やら弱みを握られたような気がして…
俺は黙々と餃子を焼き始めたのだった。





一方その頃。

「本当は引っ越したくなかったんじゃないのか?」
「っ?!!げほげほっっ」
反町が日向を手伝っている間に、若島津は松山にド直球を投げていた…
ビールでむせる松山。
涙目になりながら、松山は若島津を見た。
「なっ 何がっ」
「だから。お前本当は、ずっとここに住んでいたかったんだろう?と、聞いている。」
「…………」
松山は、お前が引っ越せ引っ越せ言ったんだろーが!!!!と心の中で思いつつ、
再びビールを呷った。
「何で だよ」
「日向さんは綺麗好きだし料理も上手いし、ハッキリ言っていい嫁だからだ。」
「……」
それは、まあ、確かにそうだが… (そして本人にも言ったことはあるが。)
「嫁って」
「あの人が女だったら、俺は嫁に迎えたと思う。」
真剣な顔でそう言って、若島津はチンジャオロースを口に運んだ。
「…俺がこのまま日向んちに居候してたら、お前また怒るだろ。」
「まあな。」
「……じゃ、いーじゃんか。」
「だが、日向さんがそれを望むなら、許してやってもいい。」
「何言ってんだよ。日向がそんなこと、望んでるわけねーだろ。」
「どうだろう。あの人ああ見えて、結構寂しがりだったりするからな。」
「気味の悪いことを言うな。」
若島津が悪戯な笑みを浮かべたので、松山はからかわれたのだと思ってフンと横を向く。
そんなこと、あるわけがない。
日向が寂しがり屋だなんて。
日向が…俺に居て欲しいって思っているだなんて…
キッチンに目を向けると、カウンター越しに見えたのはエプロン姿で餃子を焼く日向。
ふいに反町と目が合ってしまって、松山は慌てて目線を逸らした。
「餃子の追加、おまちどーさまでした〜♪」
反町がリビングに戻ってきて、テーブルの真ん中に、どん、と餃子てんこ盛りの皿を載せた。





「あっれー?もう酒なくなっちった〜」
冷蔵庫を覗きながら反町が言う。
って、まだ20時前だぞ…
開始2時間も経ってねえじゃねえか!!
なのに餃子の追加2回目で、酒も切れるって!!お前らどんだけ底なしなんだーーー!!!!
俺はまたキッチンで餃子を作りながら思わずため息をついた。(もう誰も手伝ってくれない。)
「買ってこいよ反町。俺ほとんど飲んでねーんだぞ。」
「はーい。わっかりました〜っっ 健ちゃーん。買い出し部隊出動するよー」
パタン、と冷蔵庫のドアを閉めて、反町はキッチンを後にする。
呼ばれた若島津も素直に立ち上がり、出かける準備を始めた。
「そんじゃ、ちょっと行ってきまーす」
「わりーな。」
ひらひらと手を振る松山。
…こいつは全然動く気がねーんだな… ったく。

遠くでドアの閉まる音が聞こえて、急に辺りが静かになった気がした。
さっきまで気にも止めなかったテレビの音が大きく聞こえてきて。
突然、今、松山と二人きりなんだ、と、思った。
そんなの、いつものことなのに。

カウンター越しに見える、松山の背中。
テレビを見ながら、缶ビールを飲んで、時々笑って。

ああ。
こういうのも、もう見られなくなるのか…

無意識のうちに俺は、松山のいるこの景色を、
まるで写真に収めるかのように、目に、脳に、焼きつけていた。


ドーン!!!!

「おあ?」
急に大きな音が聞こえて、松山が立ち上がった。
「花火?」
「…ああ。そーいや、ここら辺は秋口に祭りがあったな。今日だったのか。」
「えー!マジで?!!」
慌てて立ち上がり、カーテンを開ける松山。
ドンドン ドン
音と共に綺麗な花火がガラス戸越しに見える。
しかも思った以上に大きく。
松山はガラス戸を開け、ベランダに出た。
「日向も来いよ!すげー綺麗」
満面の笑みでそう言う。
「おう。」
言われるがまま俺も手を洗い、ベランダに出た。
「すげー…」
「すぐ終わるぞ。多分。」
小さい祭りだからな、と言ったが、花火に釘づけの松山は聞いていないようだった。

そーいや、こんな風にちゃんと打ち上げ花火を見るのはいつぶりだろう…
赤や黄色、青、緑… 弾けては消えていく花々。
俺たちはしばらく無言のまま、夜空を彩る花火に見入っていた。

ふいに、隣に立つ松山の手と、自分の手が触れた。
なにげなく松山の顔を見ると、松山も俺の方を見て。
「…… 」
「?何 ?」
何か言いたげな顔に見えて俺は尋ねたが返事はなく、代わりに手首を掴まれた。
そして
「……」
短めの前髪。
吸い込まれそうな黒い瞳。
形の整った薄い唇。
松山の顔が、思いの外すぐ傍にある。

そして、両方の瞼が、ゆっくりと閉じた…



(続く。)

大皿で出てくる餃子やチンジャオロースや回鍋肉なんかを
こう、我先にと取り合って食べる男子vvv
食う男子が好きです。
何をそんなに焦るのかというくらいにね☆
(ちなみにうちの子供らは小食なので、こんな日が来ることはなさそうだぜ;;)

友情と愛情の微妙なラインをいく二人。
まだまだ時間はかかりそうです;;

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