まさか、そんな…
テレビ画面に映し出されたのは、歴史的瞬間…と言っても過言ではないかもしれない。

『いやあ… 驚きです。
 天皇杯準決勝、1−0で、T学園大学が勝利しました!!』

クラブハウスの食堂にいたチームメイト全員が、テレビに釘づけになった…

『これまで大学生がJ1チームを打ち破るということはもちろんありましたが、
 決勝まで勝ち残ったというのは…Jリーグ発足以来おそらく初めてではないでしょうか。
 そして今回、T学園大学を勝利へと導いた立役者はこの人、1年生の松山光選手でしょう。』

他の選手と抱き合って喜ぶ、松山の顔がアップになる。
「すげーな… 松山。」
ぽん、と肩に手を置かれる。
「あの目の覚めるようなミドルシュート… なんだよ、あれ…」
「アイツ、本当に侮れねえな。」
「大学生だなんて、もったいなさすぎるぜ。」
って、次々俺に言われても…。
確かにここに松山を連れてきたのは俺だけども。

『第91回天皇杯全日本サッカー選手権大会、決勝は新年元旦午後1時より、
 ご覧のチャンネルでお送りいたします。解説は…』

…っつか、他のJ1チームは何やってんだ…
いくら松山がいるからとはいえ、相手は大学生だぞ?大学生。
プロが負けてどーすんだ。(確か反町んとこ負けたな。)
「さあ、練習始まるぞ。うちこそ大学生なんぞに絶対負けられないからな!!」
みんな立ち上がり、ぞろぞろと出入り口に向かって行く。
俺もテレビの電源を切り、後に続いた。







その日の練習を終え、俺は自宅に帰った。
飯を作って飯を食って、風呂に入ってビール片手にテレビを観て。
どのニュースでも、松山の顔がアップで映った。
大学生がJ1チームを破り、決勝進出を決めました、と繰り返し伝えている。
これまでも代表に何度も選出されてきたとはいえ、ただの大学生だったはずの松山が
なんだか急に有名人になっちまったなぁ…って、俺は親戚のオッサンかい!
と自分でツッコミ。

たぶん、今日はそれどころじゃないだろうとは思ったが、
もしかしたら、次々にかかってくる電話のせいで、ずっと話し中かもしれんとは思ったが…
どうしても、どうしても話がしたくて、俺は携帯を手に取った。

『…おう』
予想外に、松山は電話に出た。
あまりに予想外過ぎたので、俺は自分から電話をかけたくせに思いっきり慌ててしまった。
「おおおお?!!」
『おおおお〜 じゃねーよ。てめーからかけてきたんだろうが。何だよ日向。』
「ん、いや、意外と暇か?」
『はあ?暇なわけねーだろ。バカか。』
「……今何してんだ?」
『軽い打ち上げが終わって帰るとこ。』
確かに、松山の声に混じって、雑踏の音が聞こえてきた。
「おめ…」
おめでとう、と言おうとして、何か急に恥ずかしくなって口を噤む。
『おめ?』
「…おメリークリスマス」
『なんでメリークリスマスを丁寧に言うんだよ。っつか、クリスマスとっくに過ぎてんだろが。』
「………おめでとう。」
『………』
「テレビでずっと観てた。あのミドルシュートは鮮やかだったな。」
『…うん。頑張った…だろ?』
「……おう。」
頑張っただろ?なんて言い方は、あまりにも松山らしくない言い方で、
何だか俺は、やたらむず痒い感じがして。
しばらく、沈黙が続いた。
『お… おい!!日向っ!!てめーっ あれだぞ!!首洗って待っとけよ!!!』
急に、沈黙に耐えきれなくなったみたいに松山が言いやがった。
首洗って待っとけって、いつの時代だお前…
「他と一緒にすんじゃねーよ。うちは今シーズン、断トツでリーグ優勝してんだぞ。」
『ACLは準決で敗退しただろーが!』
「う。」
痛いところをついてきやがったな…(ちなみにナ●スコ杯も勝ってないって知ってたか?)
『ははは、参ったか。』
「……あのな、松山。」
『んだよ。』
「天皇杯、うちが勝ったら…お前に言いたいことがあるんだが。いいか?」
『…今言えばいいだろ。』
「今は言えない。勝ったら言う。」
『……負けたら、言わねえのかよ。』
「言わない。」
『…ふーん。じゃあ、うちが勝ったら、あれだぞ。ええと…』
「お前、考えてから言えよ。」
『う、うるさい!!勝ったらそん時言うから覚悟しとけよ!!』
わかったかーっ と耳元で叫ばれ、一方的に電話を切られた。
…だから。一体何を覚悟しとけばいいんだっつー話だろ。
思わず苦笑いしながら俺も電話を切る。


久しぶりに聞いた、松山の声。
久しぶりにテレビで観た、松山の顔。


俺は自分の顔がニヤニヤしているのに気付く。
ああ、やっぱ俺、終わってる…
こんなことで、叫びたいくらいに嬉しいと思っちまうだなんて。
いつかの松山のように、窓を開けて「うおおおおっ」と叫ぼうとして、やっぱり止めた。
…俺、そーゆーキャラじゃねえし。
空になったビールの缶を片手にキッチンへ行き、もう一本ビールを取り出した。
今日は飲みたい気分だ。
色々な意味で。













年が明け、元旦。
国立競技場は超満員。
観客席は見慣れたチームカラーの赤と、松山の大学のチームカラーの紫で彩られている。
ピッチに足を踏み入れると、轟音のような歓声が響いた。
J1最強チームと、奇跡の大学生チームの戦い。
これほど面白い試合はそうそうないだろう。

ボランチの位置に立つ松山と目が合う。
にやっと松山が笑った。
俺も笑い返す。

だが、そう簡単にジャイアントキリングを成功させるわけにはいかねーんだ。
松山…





前半開始10分、先制点をあげたのもつかの間、その5分後に見事に追いつかれてしまった。
1−1の同点で前半が終了。
警戒すべきは松山一人ではないらしい。
全日本大学サッカートーナメントを勝ち抜いてきた、
いわば現在の大学サッカー日本一のチームなんだから、当然と言えば当然だが…

「悔しいが、いいチームだな。」
ハーフタイム、監督が言った。
松山の力も勿論大きいが、それ以上に、チームワークがすごくいい。
まるで、そう… ふらののように。
技術力はまだまだだが、その分をしっかりカバーできるだけのチームワークには正直驚かされた。
「わかっていると思うが、様子見は終わりだ。本当の実力を見せてやれ。」


ハーフタイムが終わり、後半開始。
「日向にパスを通すな!!!」
松山の怒鳴り声が聞こえてきた。
馬鹿言うな。
この俺様にパスを通さないでどこに通すってんだ。
なんて、考えてると思っているだろう?バカめ。
回ってきたボールを、得意の直線的なドリブルで一気にゴール付近まで運ぶ。
「くそっ…」
急いで追いかけて来い。
そんで必死でボールを奪え。
予想通り、俺はすぐに3人のDFに囲まれた。
松山含め、敵を充分に引きつけたところで、俺は味方にバックパスを送る。
そして
「ゴーーーーーーーーーーールっっ!!!!」
がら空きになった右サイドからのミドルシュートが綺麗に決まった。
歓声が沸き起こる。
「ナイスパス!!日向!!!」
仲間と喜びを分かち合いながら松山の方を見ると、本当に悔しそうな顔をしてやがった。

その後更にもう一点を加え、3−1で試合終了。

うちのチームはリーグと天皇杯のW優勝という華々しい結果で幕を下ろしたのだった。









オフシーズンに入ったものの、テレビや雑誌の取材、祝勝会にファン感謝祭、
それからスポンサーがらみのパーティーなんかもあって
「くそう… いつになったらアイツに会えるんだ…」
思わず呟くと、車を運転していた里中さんがバックミラー越しに俺の顔を見た。
「どなたか、お会いしたい方でも?」
「…まあ。ちょっと。」
「朗報です。日向さん。」
「はい?」
そんな、無表情で『朗報です。』って言われてもなあ…
もっとこう、満面の笑みで言ってくれやしないだろうか?
あまり期待せずに「何?」と聞き返してみる。
「これから雑誌の取材があるんですが、それが終わったら3日間オフになります。」
「おおお?!!!ま、マジっすか?!!」
「マジ。です。」
期待していなかった分、なかなかの朗報っぷりに思わず身を乗り出してまで喜んでしまった。
里中さんがちょっとだけ驚いた表情を見せる。(珍しい…)
よっしゃ。3日間あれば1日くらいは松山のことを捕まえられるだろう。うむ。
「それから、小泉先生が、例の件の準備がようやく整ったから、と。」
「?」
例の、件…????
俺は頭の中で必死で記憶を掘り起こす。
小泉さんに何か頼んでいただろうか?
ううん。記憶にないぜ…
「あの、里中さん。何のことでしたっけ…?」
「さあ。私はそのように伝えればわかると、言われておりますが。」
「………」
わからん。
さっぱりわかんねーぞ、小泉さんっっ
そう言えば、最近すっかり日常的になっていたので忘れていたが、
そもそも里中さんが俺につくようになったのは、俺が小泉さんにその『例の件』と引き換えに働けって
確かそういうことだったような気がするが…
俺は首を傾げたが、里中さんの中ではすでにその会話は終了していたようで。
「それで雑誌の取材なんですが、松山選手とご一緒です。」
「……ん?え??今、なんて???」
小泉さんの言う『例の件』が何だったのか、必死で思い出そうとしていたところに不意打ちを食らった。
「ですから、松山選手とご一緒です。天皇杯を振り返る、という記事だそうですから。」
「………お、あ、はい。」
さらりと言ってくれたが… いや、これは…
松山に、会えるってこと…なのか???
そーゆーことなんだよな。うん。
「………そうか」
突然のことに心の準備も整わないまま、確認するように呟く。
バックミラー越しにまた、ちらりと里中さんが俺の顔を見た。




(続く。)

ええと、特に展開も盛り上がりもない上に短くて申し訳ありません;;
もうちょっと長く書くつもりが、切りどころが非常に微妙でして…
あと2話で終わる予定。(予定は未定v)
今年の天皇杯、ジャイアントキリングはあるでしょうかね?
リアルの方も楽しみだvv

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