どこで取材をするのかと思いきや、向かったのはうちのホームスタジアムだった。
グラウンドでボールを蹴る写真なんかも撮りたいので、ということらしい。

エレベーターに乗り込み3階に上がり、普段はVIPルームとして使っている一番いい部屋に案内される。
って、俺ですら入ったことねーぞ…こんなとこ。
大きな窓からはグラウンドが一望できる。
部屋はホテルの中にある会議室みたいで、VIP様が俺たちの試合を
ここからワインでも飲みながら(?)優雅に観戦してるのか…と思うと、なんか妙な感じだ。
「松山さんももう到着されたようですから、座ってお待ちください。
 申し遅れました。私、月間グレートサッカーを担当しております…」
名刺を渡され挨拶を交わし、俺はソファに腰を下ろした。
「いやいや、歴史に残る名勝負でしたね。」
「…始まってるんですか?」
「あ、いえ、雑談です。松山選手が来てから、ちゃんとやりますよ。
 僕、個人的に日向選手の大ファンなので…」
俺よりは少し年上らしきその記者は、黒縁眼鏡を中指で押し上げながらそう言った。
「……?」
まるで何かを探り出すかのような視線に、俺は不自然さを感じていた。
「松山さんが到着しました。」
外にいたスタッフが扉を開け、こちらに声を掛ける。
しばらくすると松山が入ってきた。
普段の私服よりはまともな感じのところを見ると、おそらく用意された物だろう。
という俺も、ガッツリ里中さんが用意した服だったりするんだが。
「すみません。遅れました。」
「いいえ。こちらが少し早く着いたんですよ。」
記者は先ほどと同じように挨拶をし、名刺を差し出す。
松山も名刺を受取ると挨拶をし、俺の隣に腰を下ろした。

ーーーーー すぐ傍に、松山がいる。

自然と高鳴ってしまう鼓動を抑えようと、俺は小さく深呼吸をした。
ああ… 取材なんてどーーーーーーーーっでもいいから、今すぐ二人きりにしてくれないだろうか…
「ええと、まずは日向選手、天皇杯優勝おめでとうございます。」
「ああ、ありがとうございます。」
いかんいかん…
俺は背筋を伸ばし、こほん、と咳ばらいをした。
「そして松山選手、準優勝とは言え大学生チームが決勝まで残るというのは実に40年ぶりということで
 歴史に名を刻んだと言っても過言ではないですね。」
「ありがとうございます。」
「まずは前半戦から振り返りたいと思いますが…」
今回の天皇杯決勝の話を中心に順調に取材は進み、やがて話は俺と松山の関係に及んだ。
「お二人は同級生ということで、小中高では敵として、
 それから日本代表ではチームメイトでもあったわけですよね?」
「はい。」
「日向選手から見て、松山選手はどういう存在でしょうか?」
…松山の、存在…
「…そう ですね。敵としては嫌な存在ですね。コイツめちゃくちゃしつこいんで。」
冗談混じりに言うと、松山は俺の顔を見て睨んできた。
「しつこい、ですか。」
「しつこいです。いつも振り切るのに苦労します。」
「そう言われてますが、どうですか?松山さん。」
記者にふられて、松山はチラっと俺の顔を見ると
「日向は日向で反則ギリギリなプレーとかガンガンしてくるから、それよりはマシじゃないですか?」
と、答えやがった。
「なんだと?」
「ホントのことだろ」
「言い方が悪ぃ。」
ついつい、いつもの喧嘩モードに入りそうになる。
「はははは。まあまあ。噂には聞いてましたが、本当に仲がいいんですね、お二人は。」
「どこが。」「全然。」
同時に言うと、記者は黒縁眼鏡を中指で押し上げ、何故かいやらしく笑った…ように見えた。
(…何だ?)
会った瞬間に感じた違和感が、また、俺の中に沸き起こる。
「じゃあ、味方の時… 代表でチームメイトとしてプレーしている時はどうですか?」
「…ああ。それは安心できます。
 代表の時は松山はDFのことが多いから、安心して後ろを任せられるというか」
思っていることをするっと言ったら、松山が妙に照れくさそうにしていたので、逆に俺の方が面食らってしまった。
「お。照れてますね、松山選手」
「え?!!そ、そんなことは///」
「…では、松山選手にとって、日向選手はどういう存在でしょうか?
 一足先に、プロのトップ選手として活躍しているわけですが。」
松山はしばらく考え、それから、ゆっくり話し始める。
「うーん。でも、俺にとっては日向は日向です。小学生の頃から何も変わっていません。」
「ほう?」
「本人を目の前にして言うのは… かなり悔しいですが…
 俺だけではないと思うけど、俺たちの年代なら誰もが、日向と、それから大空翼を天才だと思ってます。
 もちろん、才能だけではないですが。それは、小学生の頃から、今でも変わっていません。」
「なるほど。」
「だから、まあさっき日向が言ったことと被りますが…  チームメイトの時には頼りになる存在ですし、
 逆に敵の時は…  うーん…
 俺は『嫌な存在』というよりは、燃えますね。強いのがわかってるから。
 まだ一度も勝ったことないですけど。」
…なんだよ、松山。
お前そんなこと、一度だって言ってくれた事ねえじゃんか…
俺は思わず緩みそうになる口元に、ぎゅっと力を入れた。
「取材は以上です。いやいや、とても興味深くて楽しいお話をたくさんありがとうございました。
 あとはグラウンドの方で写真を撮らせて頂きたいんですが…
 その前に、ひとつだけいいでしょうか?」
記者は手帳やボイスレコーダーをしまいながら話を続ける。
「これは、まあ、今のところ単純に僕の興味本位というだけで、うちの雑誌が取り扱うべき記事ではないので、
 答えても答えなくても勿論構いませんが」
「?」
「お二人の仲の良さが普通ではない… という噂を、耳にしましてね。」
「っ…?!」
再び黒縁眼鏡を中指で押し上げ、俺たちの顔を下から見上げた。
「いや、週刊誌を担当している知り合いが、…まあ、ぶっちゃけ日向選手の女性関係をスクープしようと
 ある期間あなたをつけまわしていたらしいんですが。
 日向選手のご自宅に出入りする松山選手を何度も目撃していて…普通じゃないって言い張るんですよ。」
「………」
血の気が引いた…。
俺たちの関係は、別に何もやましくはない。
………今のところは、だ。
けれども俺は、もう一度松山と、今度はもっと踏み込んだ関係で一緒に住みたいと、実際考えている。
それは、そう、恋愛的な意味で。
「ああ。日向の家に住んでたんです。俺。」
「…へ?」
隣にいた松山が、あまりにもさらりと答えたので、俺も記者同様、思わずぽかんとしてしまった。
「だから、俺、日向ん家に住んでたんですって。なあ、日向。」
「お、おう。」
「俺、上京してしばらく、気に入ったアパートが見つからなくて。
 で、アパート見つかるまでしばらく住まわせてもらってたんです。
 東京にも慣れてなかったし。
 こいつ、こう見えて料理うまいし、家事もちゃんとこなすんで住み心地良くて、結構居ついちゃったんですけど。
 今はもう一人暮らししてますよ。    ………って、それが、何か?」
顔色ひとつ変えずにそう言う松山に、さっきまでのいやらしい顔はどこへやら…
記者は照れ隠しのように大声で笑ってみせた。
「ははははは。なんだ、そういうことだったんですか。
 いやいや、全く…何を勘違いしたのか、男同士でまさか、ねえ?
 そりゃ、出入りしてるのは当たり前ですよね。」
「はい。住んでましたから。」
「プライベートでも仲がいいんですね。
 失礼しました。週刊誌の連中は、最初っから色眼鏡かけて人を見るんで困りますよね。
 僕の方から言っておきますよ。ネタがなくて困ってたんですかね。本当にすみません。
 では写真撮影の方に移動しましょう。」














「お前って、ホント肝が据わってんだな。」
帰りの車中、後部座席に並んで座る松山にそう言うと、奴は俺の顔をちらりと見て答えた。
「別に。事実を言ったまでじゃねえか。」
「…まあ な。」
事実を言ったまで、か…。
窓の外の、流れて行く景色に目をやる。
確かに、その通りだ。
松山は自分の気に入るアパートが見つかるまで、俺の家に居候していた。
東京に住む友達を頼って。
ただ、それだけのこと。
「っつか日向、パパラッチのこと気付いてたか?」
「いや。全然。」
「お前さあ… なんつーか、もうちょっと気をつけろよな。」
「すまん。」
…そーいや、小泉さんにいつだったか注意されたっけな…
もう少し、自分がどういう立場にあるのか自覚を持ちなさいとか何とか。
…あれ?いつ言われたっけ???そんなこと。
「いや、俺に謝られても困るけど…。
 あ。ところでお前、天皇杯に勝ったら俺に何か言いたいことあったんじゃなかったか?」
ぼんやりしていたら、松山がいきなりドスンと重い直球を投げてきやがった。
いや、うん。忘れていたわけじゃないんだ。もちろん。
ただ実際本人を目の前にすると、なんつーか、こう…
「…おん。」
「何?」
「ここじゃ、ちょっと。」
バックミラー越しに里中さんを見ると目が合ってしまった。
すかさず
「どこかお送りしますか?」
と言われ、もう夜になっていれば酒の力でも借りるべく「居酒屋!」と言うところなんだが、
残念ながら今はまだ真昼間で…。
「…俺の家でいいです。……松山も。」
「………」
「茶くらいは出すぞ。」
「…カフェオレな。」
初めて松山が俺の家に来た時のことを思い出して、俺は思わず頬が緩んだ。



ーーーーー もう一度、俺はあの楽園に戻ることができるのだろうか?
        お前がいた、あの 『楽園』 に…



あの夏の日、お前が踏み出した一歩を、俺は今確信を持って受け入れる。
今更遅いと言われるかもしれない…
それなら今度は、
俺が一歩を踏み出そう。









エレベーターが最上階に到着する。
俺は松山を連れ、自分の部屋へと向かう。
「?」
鍵を差し込んだ瞬間、俺は違和感を感じた。
「どうした?」
「いや… 鍵が… 開いてる」
「え?」
閉め忘れたか??
ゆっくりとドアを開け、部屋の中に入ると…
「ん???」
あれ?玄関に置いてあったはずの靴とかボールとか、諸々綺麗になくなっておりますが???
慌てて靴を脱いでリビングに入ると…
「……………   な… なななな」
「? 日向??   ?!!!えええええええ?!!!」
そう。
俺の部屋は楽園どころか…
「…ええ?!! あ。 日向、引っ越し???」
「……… いや、 そんな 予定は…」
「?!!じゃ、なんだコレ?!!」
「…俺にもわからん」
そう。
部屋は見事なまでにすっからかん。
テーブルから椅子から棚から電化製品から何もかもナイ。
奥の部屋のベッドも。クローゼットを開ければ服も。
とにかく全てがなくなっていた。
「………」



ーーーーーーーーーーー  思考停止。



(続く。)

これは一体どうしたことだ?!!
ですが、お嬢様、謎解きはディナーの後にいたしましょうvvv

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