寮の玄関に到着すると、片山は隅に置いてあった来客用のスリッパを松山に出した。
「靴そこら辺に置いといて。」

「ああ。サンキュ。」

片山は自分の靴箱にスニーカーを入れる。

「あっちの棟に食堂と風呂があって・・・」
松山は初めての寮に興味深そうにきょろきょろと顔を動かしている。
「合宿所みてー。」
「つま恋よりは年季入ってると思うぞ。」

「ふうん。そんなに古く見えないけどなー。」

階段を昇り
2階にあがる。片山の部屋は2階の真ん中あたり、206号室。

「お邪魔しまーす。」

「どーぞ。散らかってっけど。」

スリッパを脱いで中に入る。
小さな洗面台があって、背中合わせになった本棚付きの勉強机が二つ。
奥には下部分が収納になっているベッドが二つ。ベッドは短い梯子で上に上がれるようになっている。
散らかっているという割にはさっぱりと片付いており、
自分の部屋の方がよっぽど散らかっているな・・・と松山は反省する。

「案外広いのな。」

「そうか?」

「便所は?」

「廊下のつきあたり。」

「ここにはねえの?」

「ないよ。」

ええー、と松山は言う。

「めんどくせえ。」

「慣れればどってことない。」

片山は部屋の隅に置いてあった小さな折り畳み式のちゃぶ台を引っ張り出す。
それからベッドの上に放り投げてあった座布団をおろした。

「どうぞ。」

「あ、どうも。」

松山はちょこんと座った。

「なんか飲む?」

片山は部屋の隅に隠すように置いてある小さな冷蔵庫を開けた。
当然これは私物である。(見つかったら没収されるだろう。)

「うんと、ビールと、日本酒と、」
「酒ばっかだな。」
「冗談だよ。烏龍茶でいいよな。」
冷蔵庫の上に置いてあるコップをふたつ取り、烏龍茶を注ぐとちゃぶ台に並べた。
「いただきます。」
松山は一口飲むと、ようやく落ち着くことができたのか、はあ、とため息をついた。
その様子をじっと見ていた片山は、思わず顔を緩める。

「な、なんだよ。」

「別に。」

松山は何となくむっとして顔を背ける。
「んで?何しに来たの?」
「え?」

「ごーまーかーすーな。偵察?の割にはまだサッカー部にも顔出してないみてーだし。
ってか本当のとこ、俺らにも会わずに帰るつもりだったっぽいし。」

う、と松山は口ごもる。さすがに鋭いぜ・・・。

「なんなの?」

顔は笑っているが、狙った獲物は逃さない、みたいな何かを感じずにはいられない。
誰かに似ている・・・。
あ、三杉だわ。いや、岬か?そんなことを考えてみたところで、片山から逃れられそうにはなく・・・。
「お前、言わないと、あとでサッカー部全員ここに集結させんぞ。」
「いや!ちょっと待て。それだけは・・・」

まじで、本当に勘弁・・・と慌てる松山。

「そのサッカー部の連中に会いたくなさそうなのが怪しい。」

「・・・」
松山はぽりぽりと頭をかいて、ようやくぼそぼそと喋り始めた。
「・・・スカウトされたんだよ。」
「スカウト?」
「ここの、小泉さんって人に。」

「・・・・・」

「で、お断りしに来たんだ。」

片山はしばらく固まって、きょとんと松山を見つめていた。

「・・・あ。それ言ったの俺だわ。」

「はああ?!」

「本当にスカウトに行ったんだ。すげー。」

思い切って告白したのに、何やら軽いノリの片山に、松山は思わず面食らう。
っつーか、なんだそれ?!

「な、なん・・・」

「いや、小泉さんに、うちはどうだって聞かれたからさ。
すばらしいストライカーとFWとGKはいますけど、こいつっていうMFとDFはいないですねえって。
松山みたいに両方できる奴がいたらいいんですけどって言った。」

まさか本当にスカウトしに行くとは、さすが小泉女史、と片山は笑う。
「そんで?断ったの?松山。」
「当たり前だろ!!」
「残念だなー。お前がいれば無敵なのになあ。うち。南葛にだって楽勝なのになー。」
「冗談じゃねえ!なんで俺が・・・」
そこまで言って、松山は止まる。
「俺が、何だよ?」
「・・・・・・」
「東京なんかには住めねえって?」
「そんなんじゃねえ。」
「・・・ま、いいけど。」
片山は目線を逸らすと烏龍茶を一口飲んだ。
(だいたい理由はわかってるし。)
「・・・あのさ、このこと、あいつらには黙っててくんねえ?」
少し俯き加減の松山が言った。

「あいつらって?」

「だから、日向とか若島津とか反町とか。できればここに来たことも。」
「なんで?」
「色々うるさそうだろ。」

お前だから話したんだぞ、と松山は言う。
「・・・いいけど。もう遅いかも。」
「え?」
「だって、俺のルームメイト・・・」

片山が言うが早いか、がちゃり、とドアノブをひねる音がした。
そして・・・

「たっだいま〜。」

聞き覚えのある、声。

「聞いてよ片山〜。今日お前も日向さんもいなかったじゃん?それをいい事に健ちゃんがさあー・・・」

「げっ」

「ええ?!ま、まっつん?!」

よりにもよって、一番うるさいのに見つかってしまった・・・。
何で何で?!超びっくりー!!今日泊まってくの?ってか学ラン似合いすぎだから!!
とか、そんなことを叫びながら、反町は松山に飛びついてくる。
そのまま床に倒れ込み、ついでに松山はちゃぶ台の角で頭を打った。
「いってえ・・・」
「あ、わりぃ。」
頭をさすりながら目を開けると、反町の頭の向こう側に覗き込む片山の顔。
「・・・ルームメイトって、こいつだったの・・・?」
「ドアんとこに書いてあったろ。」
「・・・」

見てねえよ、そんなもん・・・と言いたげな松山の顔。

「ってか反町どけ!重い!!」

「いいじゃん、再会の感動を分かち合おうよ☆」
「何が感動だっ」
げしっと松山のケリが入る。
「で、で?まっつん何しにきたの?」
「・・・ちょっと。」

「ちょっと、何さ?」
「ちょっとはちょっとだ!」
ふんっ、と松山はそっぽを向く。
力技で反町をやり込めようとでもいうのだろうか。
と、背後でカシャっという音がした。
何?と松山が見ると、反町が携帯で自分の写真を撮っている。

「言わないとー、この学ランまっつんの写真をどうにかしちゃうよ?」

「・・・どうにかって、何だよ・・・。」

ふっふっふ・・・と不敵な笑みを浮かべる反町。

「それは言えない。」

「な、な、な、何だよ!何だよ!!」

「秘密〜。」

「何かわかんねーけどやめろ!!」

「じゃあ言う?」

う、と松山は止まる。

「わ、わかったよ・・・」
「反町って、俺より根性曲がってんな・・・」
ため息混じりに片山が言うと、反町は意地悪な笑みを浮かべた。
それよりこんな単純な手にひっかかる松山も松山だ・・・と、ちょっぴりかわいそうになる。

とその時、再びガチャリ、とドアノブがひねられた。

「おい、片山いんだろ?月曜の物理の追試なんだけどよ・・・」
あいかわらず、ノックもなしに入ってきたのは・・・
「あ、日向さーん☆」

ひらひらと手を振って、反町は満面の笑みで日向を迎える。
そして後ろから松山の両肩を掴み、「はい。」と前に突き出す。

「見て見て、日向さん。学ランまっつんでーす☆」

「・・・・・・・・・・・・・・」

・・・・日向さん硬直。

「あ・・・」

でもって、同じく制服姿の日向を見て時が止まる松山。

「・・・」

「・・・ぶ」
「ぶ?」
「ぶわっはっはっは。」

先に沈黙を破ったのは松山だった。

「お、おま・・・お前・・・ 制服似合わねえ〜!!」
「ああ?」
座ったまま、松山は手足をバタバタさせて爆笑する。(失礼な・・・)
「別に好きで着てんじゃねえよ!」

「しかも物理の追試ってなんだよ!」

「るせえ!しょーがねーだろうが!」

「しょうがなくねえよっ。ちゃんと勉強しろよな。このバカ。」
「なんだと?!サッカー以外のことでいちゃもんつけんじゃねえ!」
昔のホームドラマのように、すすすす、とちゃぶ台をよける反町。無言でコップをかたす片山。
「バカって言うなバカ!!」

「バカって先に言った方がバカだ!!!」

「なんだとぉ!!!!」

始まった・・・。
反町は「健ちゃん呼んできまーす。」とこっそり部屋を出る。
片山はやれやれ、とため息をつく。
合宿だったら次藤とか高杉が止めるんだが、(三杉は叱るだけ。)今日は俺と若島津だな・・・。
とりあえず物が壊れる前に早く帰ってこい反町・・・。


結局。
松山の努力虚しく、日向との大喧嘩のせいでサッカー部みんなに自分の存在を知らしめるはめになった。
実のところ、B棟のほとんどは2年のサッカー部員。(片山は例外だった。)
同じ部活同士の方が生活リズムが一緒で都合が良い、ということらしい。
松山にとってはありがたいことに、
逆にこの騒動のおかげで東邦に来た理由を話す話さないはうやむやになってくれた。

明日は土曜日で授業もなく、練習も午後から。
夜になって、反町と片山の部屋にはB棟のサッカー部員が押し寄せていた。
誰が言ったわけでもないが「松山を囲んで飲む会」が始まった。
とは言えそれも最初だけのこと。
「松山いらっしゃーい。かんぱーい。」の後はそれに託けた単なる飲み会状態。
当然反町と片山の部屋だけで全員が収まりきるはずもなく、現在は各階各部屋で飲み会開催中。
本当に「松山を囲んで飲む会」をしているのは家主と2年のレギュラー組+αといったところである。
それでも部屋はぎゅうぎゅうであることにはかわりないが。

「ママー。スクリュードライバー。」
「ほいよ。」
ちなみにここ「居酒屋 一樹」のママとは当然反町のことである。
「居酒屋 一樹」はなんとカクテルも作ってくれるのだ。(素敵だ。)

「チーママ、スクリューいっちょう!!」

「俺今忙しい。」
と、冷たく言い放ったチーママとは、もちろんもう一人の家主、片山である。
冷蔵庫同様、カクテルセットを持ち込んだのも彼だった。

片山は反町の机で物理の教科書とにらめっこしている日向の隣に、自分の椅子を持ってきて座っていた。
そんなに追試がやばいなら自分の部屋でやればいいのに・・・と誰もが思っていたが、
当然誰もそんなこと言えるはずもなく。
「仕方ない。一樹ママが直々に作ってあげちゃうわ☆あ、まっつんは?次何いく?」
「なんでもいい。まかす。」

「お、言ったね。」

反町はにやり、と笑う。

「それよりこんなおおっぴらに飲み会してて大丈夫なのか?」
こんなとこ見つかったら、どんなに東邦が強くっても大会出場停止だろうに・・・と心配する松山であるが、
「だーいじょーび。そこら辺は色々と闇の力が働くから。」
「・・・闇の力?」
なんだかわからないが、恐いのでそれ以上聞くのをやめておく。
「はい。まっつんにはホワイトレディー。」
まともなグラスもないので湯飲みに入れられたカクテル。
色気もへったくれもない。

「何?」

「なんか、まっつんぽいっしょ?ホワイトレディー。」

嬉しそうに反町が言った。
ってか、ホワイトはまあいいとして(雪ん子とか色白とか言われてるし。)、
レディーってなんだ、と思いながらも、松山はそれを口に運んだ。

「あ、うめえ。」
「でしょでしょ?」
(飲みやすくて強いんだけどね〜。)
そんな反町の企みなどは露知らず、松山は湯飲みカクテルを飲み干す。
「まっつん明日うちの練習出ていきなよ。せっかくだからさー。」
「うーん。考えとく。」
そんなこんなで夜は更ける。


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