机に向かう日向は、背中にのしっと重みを感じた。
「うおーい。いつまでやってんだよ。」
「・・・松山・・・」
振り返れば完全に目がすわった松山さんが背中にのっかっていらっしゃる。
片手には何色とも言えない謎のお酒が入った湯飲み。

「おうおう、てめえも飲みやがれ。」
「・・・酔っ払ってんじゃねえぞ。バカ。」
「るせー。俺の酒が飲めねえってか。ああ?」
ぐいぐいと日向は頬に湯飲みを押し付けられる。
「おう、片山、飲んでっか?」
「俺は飲んでマスヨ。」
と、からまれるのは御免被るとばかりに片山は作り笑顔でマイグラスを見せる。
「追試受かったら食券くれよ。」
「へえへえ。」
笑顔で言う片山を尻目に、日向はようやく物理の教科書とノートを閉じた。
あいかわらず松山がぐいぐいと湯飲みを押し付けるので、仕方なく湯飲みを受け取り一口飲む。
「ぐふっ・・・ 何だこれ?!」
「反ちゃんスペシャルカクテルどえーす!!」

向こう側でひらひらと反町が手を振っている。

「どうだ、参ったか。」

はっはっは、と笑う松山。
何が参ったかなんだ・・・?
ってかいつまでくっついてんだよ・・・。
おんぶおばけのように背中にくっついた松山に、日向は思わずため息をつく。

「あー!!まっつんと日向さんラブラブだあー☆」
「はああ?!ざけんな!!」
自分からくっついたくせに、ごいんっ と松山は後ろから日向を殴った。
そしてふらふらと輪の中に戻っていく。
振り上げた拳も酔っ払い相手にはどうしようもなく、ため息混じりに日向は手を降ろした。
「・・・おい、若島津。」
「はい?」
「あいつどんだけ飲んでんだ?」
「・・・だいぶ、ですねえ。」
「確かあいつ、むちゃくちゃ酒強かったよな?」

「完全にチャンポンしてますから。」

ま、ご機嫌よく酔っ払ってるみたいからいいんじゃないですか?と、他人事の若島津。
向こうの輪では何回目かのUNOで盛り上がっているようだ。

「はーい、松山の負けー。」

「きたねーぞ!小池!!」

むきーっとカードを上に投げる。

「松山負け三回!罰ゲーム〜!」

いえーい、と拍手。
東邦組同士で今更はめたところでたいして面白くも無い。
言うまでも無く結託してみんなで松山をはめたわけで。

「でもまっつんじゃ食券もらうわけにもいかないしー。」

「宿題かわりにやってもらうわけにもいかねえよな。」

どうするどうする?と輪になって相談。

「じゃあ、好きな子に生電話ってどう?」

「それいいね!!」

小池が勝手に松山のバッグをあさり、携帯を引っ張り出すと「はい。」と渡した。
しばし携帯の画面を見つめる酔っ払い松山。

(・・・好きな子・・・)

あれか?やっぱふらののマネ子ちゃん?」

「だよなー。ずりーよなー。あんなかわいい子。ってか付き合ってんだろ?」

「どわーーー!!島野!!」

慌てて反町が島野の口を塞ぎにかかる。

「え?何???」

反町が両手の人差し指で小さくバツを作る。

「別れた?」

小声で島野が聞く。こくこく、と反町は首を縦に振った。
そろーりと松山の様子を伺う二人。
ありがたいことに、どうやら松山の耳には届いていなかったらしい。
と、松山が指を動かし始めた。

「ま、まっつん?」
(好きな子って、誰に電話する気・・・?)
反町の椅子に座ったまま片山のつくったカクテルを飲んでいた日向も、思わず目線をそちらに移した。
「気になる?」

すかさずにやにやしながら隣に居た片山が尋ねる。
何がだ?と、そ知らぬふりをする日向だが、あきらかにちょっと動揺しているのがわかる。
すぐ下の床に座っていた若島津は、ちらり、と片山を見ると「からかうんじゃない。」と目で訴えた。

「あ、もしもし?俺。」

おお〜、と周りがどよめく。
相手が電話に出たらしい。
「うん。元気。・・・え?いや、別に用事はねえけど。なんか、電話しろって。
・・・反町とか、小池とか・・・。そう。寮にいる。色々あって。」

どうやら相手に矢継ぎ早に質問されているようだが、酔っ払い松山は頭がまわらず、
めんどくさそうに受け答えをしているように見える。
「・・・いるよ。」
突然松山が立ち上がり、ふらふらと時々誰かを踏んだりしながら日向の方に歩いてきた。
「はい。」
「?」
携帯を日向に突き出す松山。

「替われって。」

「・・・・・・・・・」

(繋がってるよな・・・・。これ、繋がってるよな?!)

「な、な、なん・・・」
なんでだ。なんで俺が松山の想い人と話さにゃならんのだ!!ってか誰だこれ!!!
固まっている日向を、期待と戸惑いの目で全員が見つめていた。
「・・・・・」
そして、どうにでもなれとばかりに日向は電話口に問いかけた。

「・・・・・も、もしもし?」

「あ、小次郎?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・岬。」
なーんだ、と全員がため息をついた。
同時に「反則だろ!!!」とブーイング。


「なんなの?」

「何が。」

「なんで松山が僕に電話してくるの?」

「・・・・知らん。」
説明するのもめんどうだし、何かちょっとむかつくので、日向は素っ気無く答えた。
「松山なんで東邦にいるのさ。」
「それも知らん。」
「・・・」
電話
の向こうから、岬の小さなため息が聞こえた。
「スカウトでもされたの?東邦に。」

「・・・ああ、そうかもな。」
そう言えば、こないだ小泉さんが嬉しそうに「ちょっと素敵な人材をスカウトに行ってくるわよ☆」
とか言いながら、スーツケースをがらがら引っ張ってどこかに行ったのを見かけた。
あれは松山だったんだろうか?

「じゃあ、松山東邦に転校するの?」
「だから、俺に聞くな。」
「でもそうなったら東邦無敵だね。」
「・・・・・・」
「それに小次郎嬉しいよね。」
「別に嬉しかねえ。」

うそつき、と小さな声が聞こえた。

「ファーストキスまで奪っておいて、ひどいね小次郎ってば。」

(・・・・・は?)
日向は一瞬、自分の耳を疑った。
「もうちょっと自分に正直になった方がいいと思うよ。」
「・・・今、なんつった?」
「え?だから、自分に正直に」

「その前、」

「・・・・?松山のファーストキス奪っておいてひどいねって。」
「・・・・・・・マジか?」
「何が?」

「だから・・・」

日向は一瞬言葉に出すのをためらう。
周りを窺うとUNO組はすでにまた次を始めており、若島津と片山も何か別の話をしていた。
「ファーストキスのこと?」
先に岬が尋ねた。
「あ、ああ。」

「本当だよ。三杉君が言ってたもの。ほら、三杉君の彼女と、ふらののマネージャー仲良しだからさ。」
ついでにうちのマネージャー達もね、と岬は言った。
「・・・・あれ?小次郎知らなかったの?」
「・・・・・・」
「あ、ごめん、バス来たからもう切るね。松山本当に東邦に行くつもりなのかまた教えてよね!!」

絶対だよ!と、爆弾発言しっぱなしで電話は切れた。

しばし画面を見つめる。
切ボタンを押すと、画面には松山の飼い犬らしき柴犬の顔が出た。



・・・・そう、俺はあの時、こうしたかったんだ・・・。


松山の唇に、自分の唇を重ねる。
かわいい、と思う。
何でかわからんが。
松山だぞ?あの、松山だぞ???

ゆっくりと離れると、いつの間にか目をぱっちりと開いた松山が俺を見ていた。
黒目がちな瞳が揺れた。
今、俺に何したんだ?と思っているんだろう。

見る見る間に顔が紅潮していく。

どんっと俺の胸を押して、口を拭いながら走り去る松山。

「だいたい、てめー何であんなことしやがったんだよ!!」
「なんでって・・・」

なんでって・・・ それは・・・

「別にファーストキス奪ったってわけじゃねえだろうがよ!!
お前だってしばらく抵抗しなかったじゃねえか!」
「っ・・・///

ファーストキスだったのか・・・



「日向さん?」

若島津の声で、日向は現実に引き戻された。
「どうしたんです?岬に何か言われました?」
「ん、いや。」
携帯を返そうと持ち主の姿を探す。
が、UNO組の輪の中にその姿はなく。

「あ?松山は?」

「さっき出てったよ。お前が電話してる間に。」
片山が答えた。
そして日向から携帯を取り上げると反町に渡し、反町から島野、島野から小池に渡って松山のバッグに戻った。

「・・・どこ行った?」

「酔い冷ましって言ってましたから、まあ外だと思いますけど・・・」

「・・・」

チッと小さく舌打ちをすると、日向は立ち上がった。

「反町、これ借りんぞ。」
椅子にかけてあった反町のものらしきフリースを掴むと、日向は早足で部屋を出て行った。
「・・・行ったねえ・・・」
「行ったな。」

片山と若島津がその後ろ姿を見送る。
「我がキャプテンはどうすると思う?」
少々いたずらな笑みを浮かべながら片山が若島津に聞く。
「お前、面白がってるだろ。」
「そういうお前は真面目に考えてあげてるわけ?」

「・・・どうだろう・・・」
真剣な顔でそう答えられ、思わず片山は吹き出してしまった。


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