予想通り、外は寒かった。
10月も末、当然である。
でもって、これまた予想通り、薄着の松山を発見した。長袖シャツ一枚にジャージ。
部屋に居たのと同じ格好である。
寮から少し歩いた中庭のベンチに腰を下ろして、ぼんやりと空を眺めている。

「おい。」

「んあ?」
激しくとぼけた声で松山は首を反らして後ろを見た。
逆さまに映り込んだのは日向の顔。

「よう!!」
「・・・楽しげだな。」
んふふふふ〜 と松山は気味悪く笑った。
日向は隣にどかっと腰を下ろす。そして反町のフリースを頭からかぶせてやった。
「・・・んだよ。」
「着とけ。」

「・・・・・・」

実際、ちょっと寒いと思っていた松山は、珍しく文句も言わずにもそもそとフリースを羽織った。
「・・・これ、日向の?」
「いや。たぶん反町んの。」
「・・・」
「何だ?」

「お前のにしちゃ小せえなぁと思って。」

なんだか妙に嬉しそうに松山が言うので日向は調子が狂ってしまう。

「・・・酔ってんのか?」
「酔ってマス。」
普通酔っ払いは「酔ってない。」と言うもんだが・・・。

「で。なんか用?」
松山がわざとらしく顔を覗き込みながら日向に訊ねる。
「・・・・・・」
「日向?聞いてんのか?」

「聞いてる。」
「なんか用か?ってば。」
「ちょっと待て。」

「なんだ、それ?」

(ええと、まずとりあえずは本当にスカウトされたんだかどうだかを聞いてだな・・・)

岬との電話を切って思わず飛び出してきてしまったわけだが、どうにも頭の中でまとまり切らない。
松山は「まあいいや。」と言い、うーんと伸びをした。
「星、きれいだな。」
「・・・田舎だからな。」
「あ。」
「あ?」
「なんか、前にもこんなことあったな。」

なんだっけ・・・と、松山は人差し指を額に当てた。

「ああ、夏の合宿の時、てめーと土手走ってて・・・」

そこまで言って松山はハっと思い出す。当然日向も同時に気づいた。

「・・・・・」
「・・・・・」
しばし沈黙。

「・・・松」
「あのよ!!」
遮るように、松山は大声で言った。
そして何か意を決したかのような表情で、日向を正面から見据えた。

「あの・・・ 俺、ずっと聞こうと思ってたんだけど。」
「・・・何だ?」
「お前は、さ・・・」

喉の奥で何かがつっかえてしまったように、松山は言葉を続けられなくなった。
それから深くため息をつくと俯いてしまった。
「・・・あー、やっぱいいや。」
ふるふると横に頭を振って、もう一度顔を上げる。
「俺がお前にあん時キスしたのは、」

「え?」

唐突な日向の発言に、松山は驚いて大きな目を更に大きく見開いた。

日向は・・・ 息を吸い込み、実に、はっきりとした口調で言った。

「お前が好きだからだ。」

「っ・・・」

(え・・・?)

松山は小さく息を飲んだ。

「俺は、お前が好きだ。」

もう一度、自分自身でも確かめるように日向は繰り返した。
その視線は松山をまっすぐに見つめていて、まるで貫かれるようである。
「ひゅう・・・」
「あ、いたいた!!まっつん!日向さん!」
その声に、二人は同時に後ろを振り返った。
現れたのは反町だった。
「やばいやばい。今日に限って見回りがあるらしくってさ。早く戻って!!」
「・・・あ、うん。」
松山は立ち上がった。

「悪いけどまっつん俺と一緒にベッドにもぐって隠れてよね。」

「ああ。」

「日向さんも早く!」
反町にひっぱられて連れて行かれる松山の背中を、反町に遠くから呼び続けられながら、
日向はしばらくの間見つめていた。




「まっつ〜ん☆おっはー。」

「んー・・・」
「早く起きないとチューしちゃいますよお〜」
目を開けると、そこには反町の顔のアップ。
「おわー!!!」
バキっ・・・と、条件反射・・・

「い、痛い・・・。ひどいよまっつーん!!」

「あ。わりい。つい・・・」

すりすりとほっぺたをさすりながら、反町は身体を起こした。
いつの間にかカーテンは全開にされ、朝の日差しが肌をくすぐる。

「一夜を共にした仲なのにさ〜。」

「あ?」
にやり、と反町は口の端を上げて笑う。
しかしその手の冗談は残念ながら松山さんには通じていませんでした・・・と。

「・・・同じ部屋でね。」

「あれ?俺反町の寝床奪った?」

「ああ、いいのいいの。俺片山のベッドで寝てたし。」

「片山は?」

「大地君のところに夜這いかけに行ったデスヨ。」
「よばい?」
「・・・もういい。」


つまり、こういうことである。

見回りがあるという情報が入り、蜘蛛の子を散らしたようにみんなそれぞれの部屋に戻った。
松山はとりあえず反町のベッドにもぐってやり過ごすことにしたわけだが、気が付くと眠ってしまっていた。
酔っ払い松山が起きるはずもなく、でもこのベッドに二人で寝るのも狭いので、
「仕方ない。」と言いながら片山は大地の部屋に向かった。
それで反町は空いた片山のベッドで寝ることにしたのだ。


「俺は別にまっつんと一緒に寝ても良かったんだけどさ〜。」

「俺は嫌だ。」
「冷たいなあ。」
まあ、そう言うと思ったからやめたんだけど、と反町は苦笑いした。

「片山は大丈夫だったのかな?」
「大丈夫も何も。仕方ないって言いながらあの顔のにやけようったら・・・。
まあ、孝平もいるし、寮では何もしないだろうけど。」

実際はやってると思うわけよ、という話も当然松山には通じません・・・と。

「早く起きないと朝飯食いっぱくれる。」

「そうなのか?」

「そうなのよん。」

反町はいそいそと梯子を下り、松山にも促した。
緩慢な動作で松山が梯子を下る間に、
反町は自分のベッドの下の引き出しからタオルを二枚出し、一枚を松山に投げた。
それから入り口の横にある小さな洗面台で顔を洗う。
入れ替わり松山が顔を洗っている間に、机の引き出しから食券を引っ張り出す。
無駄なことがキライな、反町らしい俊敏な行動である。

「今日の食券は反ちゃんがプレゼント☆」

「俺、こっち来てから全然メシ代払ってねえんだけど。昨日も片山にもらったし。なんか悪い・・・」

「いいのさ。まっつんはお客さんだから。その代わり・・・」

「なんだよ。」

「今日の練習、当然出て行くよね?」

うーん、と松山は頭をかいた。

「まさか二日酔いとか?」

「ん、いや。うん。出てく。面白そうだし。別に急いでないし。」

鏡を見ながら、松山はタオルで顔を拭いた。

「ってかさー、まっつん昨日のこと覚えてるの?だいぶ酔ってたみたいだけど。」

「・・・・微妙。」

「ま、二日酔いにならないだけでも上等だね。」

反町は松山のタオルを取り上げ、自分のものと一緒にとりあえずベッドの梯子にひっかけると、
またいそいそと戻ってきて部屋の扉を開けた。

早足で食堂に向かう反町の後を追いながら、岬に電話したことをようやく思い出したりする松山だった。

一方の日向はと言えば、当然自室で目が覚めた。
同室の若島津はすでに目を覚まし洗面台で顔を洗い、鼻歌を歌いながらその長い髪をひとつに結んだりしている。
昨夜は・・・。
あの後、すっかり静かになった寮に戻り自室の扉を開けると、当然のように明かりは消えていた。
若島津のベッドも静かなものである。
ベッドに昇ると暗闇の中、若島津の低い声が聞こえた。

「ご無事で。」

「お前、助ける気なかったろう。」

「途中で見つからなくて良かったですね。」

答えになっていない返事が返ってくる。
もそもそと布団の中に身体を滑り込ませると、シーツの冷たさが肌に伝わり粟立った。
(俺は・・・)
・・・・・言ってしまった。よりによってあのバカが好きなのだ、ということに気付いてから、
だからどうするというつもりもなかったのに。
岬にあれはファーストキスだったなんて言われて、そう・・・ 何か急に、特別な存在になってしまった気がして。
そうしたら、一刻も早く自分のものにしてしまいたくて。
たぶん、そういうことだ。

「・・・来ませんね。」

「・・・ああ?」
「見回り。」
「・・・ああ、来ねえな。」
10分程経過したろうか、一向に見回りが来る気配はない。
「ガセネタだったんですかねえ。」
「最近見回りなんてなかったからな。」
「ま、どっちにしろ、お開きのいいきっかけになりましたけどね。」
そう言うと若島津はベッドのパイプに取り付けてあるライトをつけ、
傍らに置いてあった読みかけの文庫本を手に取り読み始める。
「で?」
目線は本のまま、若島津は日向に問いかけた。

「何か進展したんですか?」

「・・・」

(黙ってるということは、何かあったんだろうな。)

長い付き合いである。これは肯定の沈黙だということはすぐにわかった。

「・・・なあ。」

「はい?」
振り返ると、いつの間にか日向は頭を左腕で支えた格好でこちらを見ていた。
「俺は本当のバカかもしらん。」

「へ?」

「・・・寝るわ。」

そう言うと、日向は再びごろんと壁を向いてしまった。
若島津はそれが何を意味しているのか、たぶん、なんとなく、わかっていた。


そんなこんなで今に至る。
食堂に行くとすでに松山と反町と片山の姿があった。
松山は・・・変わらない様子である。
特に二日酔いと言う風にも見えない。

「で?」

にやにやと嬉しそうな顔で反町が片山に尋ねる。
「結局横田のとこで寝た。あいつの部屋布団完備だから。」
ものっすごく不機嫌な顔で、片山は答えた。

「そいつは不幸だったねえ。」

「・・・笑いこっちゃねえ。」

反町を睨む片山。松山は反町の向こう側から片山を覗き込んで言った。

「なんかごめんな。俺のせいで。」

「違う違う。松山なんも悪くないから。」

慌てて片山は笑顔を見せる。

「そうそう。まっつんは悪くないの。このエロオヤジが学生寮という清い場所で、
いかがわしい行為に及ぼうとしたことが悪いんだから。自業自得なわっけ。」

「なんもしてねーじゃん。」

「しようとしたろ?」

「してねえ。」

再びむすっとした顔に戻ると、片山はご飯を口にかっこんだ。
何もしてないのに部屋を追い出されるわけないじゃーん、と反町が言う。
「おはよーさん。」
トレーをテーブルに置き、片山の反対側の隣に座ったのは大地のルームメイト、北見孝平である。
ちなみに、反町と、大地のルームメイトである孝平は中学時代からの友人で、
「アタックゴール」というお笑いコンビを組み、学園祭などでは人気を博している。
(ってゆーか使い勝手がいいので行事ごとに借り出されているだけ。)
すかさず反町が手を上げて声をかけた。

「おっす、相方。」

「今日も練習なん?相方。」

「おう。バレー部も?」

「俺らは練習試合や。」

今日の焼き魚、アジの開きの身をほぐしながら、孝平は答えた。

「昨日は災難やったな、片山。」

「・・・・・・」

「俺にあたんなや。悪いんは自分やで。」

「だから、俺別になんもしてないだろ。」

「ま、なんや知らんけど、はよ謝りや。」
片山は大きくため息をつくと、先に行く、と言い残してトレーを持ち去っていった。
孝平はその後姿をしばらく見送り、片山が座っていて今は空いた席に移動した。

「で、何かしたの?」

「さあ?いっこのベッドに寝とっただけやけど。まあ、なんかしたんやろな。
大地が真っ赤な顔して起き上がって、そんなことすんなら出てけー!!って。」

二人は顔を見合わせる。

「ま、片山の気持ちもわからなくはない。
好きな人と同じ布団にもぐってて、手を出すなっつー方が無理な話だもんね。」

ね、と突然反町は松山にふった。

「な、なんだよ、急に。」

「そうじゃない?」

「え?そう、なんじゃ、ねえの?」

よくわかんねえけど、と松山は答えた。

「・・・・まっつんは奥手だからなあ。どうだか・・・」

「え?」

「なんでもないよん。」

反町は気付かれないように苦笑いした。


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