松山が練習に参加することは、監督や他のメンバーから二つ返事でOKが出た
確実に昨日松山との間に何かあったであろう日向を心配する若島津であったが、
松山どころか日向もその事実を忘れたかのようにあいかわらずの二人。

「てめー!ぜってー抜かせねえぞ!」

「しつけーぞ!松山!!」

そう言いながらも日向は一向にパスなど出す気はなく、紅白試合のはずがすっかりマンツーマンに。

「日向!松山!いーかげんにしろっ!!!」

叫ぶのはコーチ片山。全日本ではないので当然三杉はいない。
まさかこんなところで奴らを叱り付けることになろうとは・・・。

「なんか、いつもの日向さんじゃないみたいですねえ。」
片山の隣に座っていた一年坊主が苦笑いしながら呟いた。
「全日本の時はいっつもあんなだぜ?」

「へえ。そうなんですか?」

「激迷惑なんだけどな。」

大きくため息をつく片山を見て、一年生は思わずくすくすと笑ってしまう。
東邦での日向はと言えば、口数少なく、話しかけるのも恐い・・・というオーラを出しまくっているのである。
同級生どころか三年の先輩さえもそう思っているのだ。
今の日向を見て一年生が驚くのは無理もない。

「ま、相手が松山の時限定だけど。」
へえええ〜、と感嘆の声をあげ、一年生は更に目を輝かせた。



休憩時間中、だらーっと足を伸ばして座っている日向のもとに若島津が近づいてきた。
「キャプテン。」
「あ?」

若島津は隣に腰を下ろす。
そうして少し離れた場所で後輩達に囲まれている松山を眺める。

「昨日、松山と何かあったんでしょう?」

「・・・・・・。」

ちらり、と日向は若島津を見る。
その割にはあいかわらずですね、と若島津は言った。

「何かあったってほどでもねーけど、」

「何ですか?」

「言った。」

「言った?」
「あいつに。」
「・・・・・・・・」

・・・・・・・それは告ったっちゅーことですか?キャプテン・・・?
いや、まあ、そういうことなんだろうけれども。
なんつーか、キャプテンと松山の間に「愛の告白」とかが存在するんだろうか?みたいな?

「・・・で?」
「で、何だ?」
「だから、返事とか。」

「いや、反町が見回りだって呼びに来たから。」

なんかわからんうちにうやむやになったのだ、と日向は言った。

「いいんですか?」

「・・・いいもなにも」

日向はグラウンドの土をスパイクでなんとなしガリガリとやりながら続ける。

「あのバカ、覚えてねえんだろ。あの調子じゃ。たぶん。」
「そうなんですか?」
「相当酔ってたからな。」
「・・・・・・。」
若島津は相変わらずスパイクで土をいじる日向の横顔を見つめた。
本当にそう思っているのか、それとも、覚えてないということにしておきたいのか、計り兼ねるところである。
「覚えてたら、どうすんです?」
「・・・・・それはあいつが考えるこったろ。」
まるで他人事のようにそう言うと、日向は立ち上がりパンパン、と尻に付いた土をはらった。
タイミング良く、片山が休憩時間の終了を告げる笛を鳴らした。





(覚えてない・・・ねえ・・・。)
寮の玄関口で、ボストンバッグ片手に皆に別れを告げる松山を見ながら若島津は思った。
確かに。
あの様子ではキャプテンからそんな衝撃的告白(何て言ったのかは知らんが。)を受けたとは思えない。
それとも、もしかして松山も、酒のせいにして覚えていないとか、あれは幻聴だったとか、そういうことにしたいのだろうか?
あるいはキャプテンは言ったつもりでも、松山には通じていないとか。(これはすごくありえそうだ。)


「若島津もまたな。」

「ああ。選手権大会、出て来いよ。」

「当然。」

ビシっとピースをつくると、松山は嬉しそうに笑った。

「ま、俺は東邦でも武蔵でも構わねーけど?」

「ふざけんな。武蔵に負けるわけないだろう?俺達が。」

その意気その意気、と松山は笑いながら言った。
「・・・・・あれ?日向は?」
「?」
若島津が辺りを見回すと、確かに日向の姿がない。
「・・・部屋かな。呼んでくる。」
「や、いい。別に。」
松山はそそくさとボストンバッグを肩に担いだ。

「まっつーん、はやくー。」

少し遠くから、バス停まで見送ろうと歩き始めた反町が呼んだ。隣には片山もいる。

「俺も行く。」
若島津はスリッパを脱ぐと、素早い動きで靴箱からスニーカーを取り出し履いた。

歩き始めると玄関から皆が口々に何か言いながら手を振ってくれた。
松山は「またなー
!!」と叫びながら手を振り返す。
後ろ向きに歩く松山の背に、若島津は話しかけた。
「・・・松山。」
「うん?」
「お前、昨日キャプテンに何か言われたか?」

「えっ?」

松山の顔が、ばっと赤くなるのを若島津は当然見逃さなかった。
見られまいと不自然に俯きながら、松山は言った。

「何かって?」
「・・・・いや。」
「っ・・・。何だよ。日向のヤツ、何か言ったのか?お前に。」

「何でもない。」

即答。
他の人間なら問い詰めるところだが、若島津の鉄壁のポーカーフェイスを前に、松山はそれ以上何も言えなくなった。


じきに前を歩く二人に追いつく。
校門を出て、黄色く色づき始めた公孫樹並木を歩いていく。
バス停はすぐだった。
「すっげーな。この公孫樹並木。」
松山は見上げながら言った。
「もう少しすると銀杏がそこら中に落っこちて、それを自転車が踏んでとても臭いんだぞー。」
片山が笑いながら言う。
「そう言えば、仲直りしたのか?片山。」

「・・・・それを思い出さすな。」

大きなため息をつきながら片山が言うと、後ろで反町が大笑いした。
バスの音が耳に届き遠くにその姿を確認すると、松山はよいしょ、とバッグを担いだ。
「じゃあ、片山早く仲直りしろよ。」
「ああ。そうね〜。」
なんだかもううんざり、といった感じで、片山は答えた。

「またね。まっつん。」

「おう。」

バスが停車し、松山は乗り込む。
土曜日で、そしてほとんどここが始発みたいなものなのもあり、他に乗客はいなかった。
松山は窓を開けると顔を覗かせた。
と、ふいに松山の目線が上に動いた。
しかしすぐにバスは発車し、松山は大きく手を振るとバスと共に遠ざかっていった。

「・・・・・・」

松山の目線が動いたことに気付いたのは片山だけだったろうか?
同じ場所に目線を移すと、そこに見えたのは寮の建物。

(あれは、3階の角・・・。日向と若島津の部屋か?)

もしかしたら・・・。
片山がそんな考えを巡らせたとき、前を歩く反町に呼ばれた。



「310」と書かれたプレートのついた扉をノックすると、中から聞こえたのは若島津の声だった。

ドアノブをひねり、部屋の中を覗いてみる。
べッドに寝転がりサッカーの雑誌を広げたまま、若島津は半身を起こした。

「なんだ。片山。珍しいな。」

「・・・日向は?」

「さっきまでいたんだが、どっか行った。」

「ふうん。」

スリッパを脱いで、片山は部屋に入った。

何気なしに窓に近づく。
すっかり暗くなった外。ここからは公孫樹並木と、それから、バス停。
片山は開けっ放しにされていたカーテンをひいた。

「キャプテンに何か用だったか?」
「いや・・・」
片山は日向の椅子を引っ張り出すとそこに腰を下ろす。
「なんか、結局、どうだったのかなって。」

「何が?」

「だから。松山とのこと。」

「・・・・」

若島津は雑誌を置き、片山を見た。

「なんだかんだ言って、お前もキャプテンのこと心配してるのか?」

少々からかいを含んだような言い方。

「べっつに。心配じゃねーけどさ。なんか、すっきりしねーじゃん。」

色々と。と、意味深に付け加える。
「心配というなら、むしろ松山の方が心配だ。」
片山が冗談めいてそう言うと、ふむ、と若島津は天井を見上げ、少ししてから口を開いた。

「・・・言ったらしいぞ。キャプテン。」

「え?」

「松山に。愛の告白をしたらしい。」

「・・・マジっすか?」

「何て言ったかは知らんが。」
ついでに松山に通じてるかどうかもわからんが、と若島津は言う。
「誰にも言うなよ。」
「・・・・言わねえけどさ。」

片山は鼻の頭を人差し指で掻いて、少し考える素振りをしてから若島津に尋ねた。

「お前さ、なんで反町に言わないの?」

「・・・・・。」

「前に・・・。夏の合宿の時も。日向が松山のこと好きなんじゃないかってこととか。反町に言ってなかったろ?」

ずっと疑問だった。
いくらサッカー部に入ったからって、新参者の自分に、今まで大して仲良くもなかった自分にそんな話をして、
いつもつるんでいる反町には何も言わないこと。
「俺が大地と付き合ってるからそういう話し易いのかとか、
逆に反町は近い存在過ぎて話しづらいのかとか・・・色々考えたけど・・・。なんかしっくりこない。」

若島津は無言のまま、梯子も使わずにベッドから飛び降りた。
そして片山の前に立つと見下ろした。

「・・・反町、松山のこと好きなんだろ。」
そう言ったのは片山だった。
「違うか?」
「・・・・・」

若島津は大きくため息をつき、腰に手をあてると言った。

「本人から聞いたわけじゃあない。」

「・・・」

「俺が勝手にそう思っているだけだ。」

やっぱりな、と片山はため息をついた。
若島津も自分の椅子を引っ張り出すとそこに腰掛ける。

「まあ、今となっては反町も気付いてると思うが。キャプテンが松山のこと本気だって自覚したこと。」

「そりゃあ、なあ。反町も鈍感じゃないから。むしろそういうことには鋭いだろうし。」

頷く若島津を、片山は横目で見やる。

「で?若島津は日向の方を応援してるわけだ。」

「別にそんなつもりはない。」

「そうかあ?」

「俺はどっちにしろ見守るだけだ。
キャプテンは分かり易過ぎて、逆に反町はあくまでも誰にも知られたくないと多分思っているから。」

自然、キャプテンの心配ばかりしているように見えてしまうだけだ、と若島津は苦笑いした。

「複雑だねえ・・・」

そう言ってから、片山は肝心なことを聞いていないと気づいた。

「松山は返事したのか?!」

「いんや。なんかうやむやのままに帰っていった、らしい。」

「ああー。そう。」

このどーにもこーにもな三角関係を、二人は案じずにはいられない。


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