今日もロボット研究会は第二理科室でクラブ活動を行っていた。
作業の合間にロッカーに腰掛けサッカー部の練習を眺めていた片山は、突然日向らしきに(ちゃんと顔が見えない。)怒鳴られた。
「おい、てめえ!そんなとこで高見の見物してねえで降りてきたらどうだ?!」
「・・・」

(俺?か?)
「聞こえてんだろ?!こら。」
「・・・」
聞こえちゃいるけど、こっちだって一応部活動中なんだけどな・・・、
と、日向の横に居る反町らしきがごめん、と合図を送っているのが片山の目に入った。

「俺からも頼みますよー。片山くーん。」

そう言ったのは若島津だ。

「なんだ、若島津。頼むなんて言わなくていいだろ。」

「そうはいきませんよ。あんたが熱くなると、ろくなことありませんからね。」
さらり、と誰も日向に言えないセリフを若島津が言ってのける。
思わず反町は笑いそうになるがそこは堪えて・・・。


「どしたの?」

なにやら騒がしい声が下から聞こえてくるので、大地が片山に声をかけてきた。
「いや、こっち来いってサッカー部連中が。」
「行ってきたら?今片山やることないでしょ?」
大地がにっこり笑いながら言った。もちろん彼に悪気などこれっぽっちもない。
それは片山もわかっているが。
事情がわかってるんだかわかってないんだか、大地に促され片山は仕方なくグラウンドに降りていくことにした。
「よくわかんないけど、今から行かせまーす。」

「・・・」
誰?という視線を送る日向&若島津。
「あ、大地君。」

反町が言った。

「・・・誰よ?」

「だから、片山の恋人。」

「ええ?!」
二人はいっせいに上を見たが、そこにすでに大地の姿はなかった。

片山がグラウンドに行くと不機嫌そうな顔で腕を組んでいる日向と、その隣でにやにやと面白そうにしている若島津と
、その後ろですまなそうな顔をしている反町がいた。
「お前、サッカーに興味ないんじゃなかったのか?」
「だから。サッカー部に入ることには興味ないって言っただけだろ。」
「・・・」
屁理屈言ってんじゃねえぞ〜、とでも言わんばかりの顔で日向は片山を睨みつけている。
「・・・今から紅白戦をやる。俺と若島津は赤、反町は白だ。試合時間は20分。
若島津から点を取れとは言わねえが、この試合、5点差以内に抑えてみろよ。お前の作戦で。」

かなり挑戦的な態度で日向が言った。
片山の返事も聞かず、日向はそのまま去ってしまう。
「悪く思うなよ。片山君。俺も実際興味があるんだ。
こっちも手ぇ抜く気ないんで、そのつもりで。面白い作戦見せてくれよ。」
若島津も笑顔でそう言うと日向の後を追った。
「あ!おい!日向!!」
思い出したように片山が呼ぶと、日向は振り向いた。
「タイガーショット禁止にさせろよ。」

「・・・」

日向は一瞬止まったが、考える間もなしに「望むところだ!」と答えた。
それから二人は監督のところに事情を話しに行ったようだった。


「ごめんなぁ。片山。」

反町がすまなそうに言った。

「いいよ。俺も売られた喧嘩は買うのが基本だし。なんか面白そうだしさ。」

「けど・・・」

「ま、だめもとで。」
意外と軽いノリの片山に、むしろ反町の方が心配になってしまう。
日向さんの喧嘩を買うなんて
100パーセントありえない・・・。

ところがそんな反町を裏切るように、他のメンバーはなんとかなり乗り気だった。
たまには日向さんと若島津をぎゃふんと言わせてやろうぜぃ、とむしろ妙な連帯感がうまれていた。

「えーっと、じゃあ俺の作戦なんだけど、」
みんなで輪になって片山を囲む。
もともと人見知りとか全くしない片山なので、半分以上顔を知らないメンツに囲まれても全く臆することはない。
「若島津から点を取れたらラッキーくらいに考えておいてと。とにかく全員で守る。
向こうは日向にマークつけると思ってるだろうけど、日向にパスを出させないように他のFW、MFをがっちりマークする。
結局日向は1人で切り込んでくるだろうから、そしたらDFとGKでなんとか頑張ってもらって・・・。
これくらいやっておけばまあ、20分で5点は無理だろ。
あいつにタイガーショット禁止って言っておいたから、強烈なロングシュートはないだろうし。
あとはカウンターで反町がゴールを狙え。」
 反町は無理無理、と首を横に振る。
一方他のメンバーは「うっしゃ!」と円陣組んでやる気まんまん。
そうして始まった試合。
これが案外うまくいって、いつまでたっても点を入れられない日向がラストで怒りの3点をもぎ取ったものの、
あとはなんとか守りきった。
残念ながら若島津からは1点もとることはできなかったが、それでも結果は3−0。
負けたくせに白組は大盛り上がり。


夜になって珍しく若島津が反町と片山の部屋にやってきた。
「キャプテンが荒れている。」
と、若島津が言う。
誰が仕組んだのか(小泉女史に決まっているだろうが・・・)日向と若島津は同室なのである。
「お前のせい。」
「・・・」
人差し指でビシーっと片山を指す若島津。
片山はむすっとした顔で「冤罪。」と返す。
図体のでかいのが二人いるとなんだか狭い部屋が更に狭く感じて、
反町は自分の勉強机の椅子にちんまりと座って二人を眺めていた。

「片山くん、サッカー部に入りなさい。」

「・・・」
「あ、コーチとしてな。」
はあ?という表情を前面に出して、片山は小首を傾げた。

「これまでの各体育系部活からのお誘いとは違うぜ?」
「何が。」
「勧誘じゃない。命令なんだ。」
ますます意味がわかりません、と、額を人差し指でぽりぽりと掻いて、片山は若島津に質問を投げかけた。
「えーっと。何?それ。」
「だから。命令なんだ、上からの。」

「上って何だよ。」

「上は上。」

若島津は人差し指を立て上に向けた。
そして冗談ぽく笑い、サッカー部に入ればわかるよ、と言う。(当然小泉女史だが。)
後ろでは反町が気の毒そうに笑っている。

「・・・それは断ったらどうなるんだ?」

「それはもう大変なことになるのだ。主に俺が。」

俺が、というところに妙に力がこもっている。

「そうそう。健ちゃんに末代まで祟られちゃうよ〜。」

反町が面白がってちゃちゃを入れる。

「・・・何かよくわからんが、若島津に末代まで祟られるのはコワイな。」

「反応するところが間違ってるぞ、片山。」

真面目くさった顔でそう言う若島津に片山は笑った。

「コーチ・・・ねえ。」

「向いてると思うぜ?」

反町の話によると、たまたま今のコーチがどうにも使えない人材で新しいコーチ候補を探している最中だったらしい。

「でもコーチらしき人いたけど、学生じゃなかったじゃん。」

「そこら辺は上に何かしらの考えがあるんだろうよ。」

「俺の今のクラブどうなるんだよ。」
「クラブって掛け持ちしていいんだろ?両方やればいい。」
「両方って、サッカー部めちゃくちゃ忙しいじゃねえかよ。」
二人の熱い(?)やりとりに反町が口を挟む。
「あきらめなよ。片山。上が動いたらどんなに断ったって無駄だよ、たぶん。」
「だから、上って誰だよ!」
反町はのらりくらりと話を逸らす。
しかし反町は置いといても(ひどい・・・)若島津が恐れる「上」を敵に回すのはどうかと思う。
それにちょっとコーチはやってみたい気がしなくもない。
片山はしばらく考えて立ち上がった。
「とりあえず、俺、大地と相談してこようかな。」
「大地君の許可が必要なわけ?」
「必要。大地が嫌ならやれねえな。」
例え若島津に末代まで祟られようとも!と冗談ぽく付け加え、じゃ、と片手をあげて片山は部屋を出ていった。
「・・・本当に、男と付き合ってるんだな。」
若島津はしみじみと言った。
「しかもベタ惚れっしょ?」

「で、その彼ってーのは許可を出してくれるような心の広い人物なわけ?」

「たぶんね。俺もあんまりよくは知らないけど。」

ふうん、ま、楽しみに待っておくか、そう若島津は言うと、自室に戻って行った。


ルームメイトが気を使って風呂に行ってくれている間、片山は大地にこれまでのいきさつを話した。

「へえ。すごいね。片山。」
「で、どう?」
「え?いいんじゃない?」
これまたあっさり言ってくれたもんだ。
「お前なあ・・・」
「だって、うちのサッカー部すごいんでしょ?あの日向君と若島津君に誘われたんだったら断るのもったいないじゃん。」
そういうことでなくて・・・、と心の中でつっこむ。

「お前と一緒にいる時間が減る。」

「何言ってんだよ。同じ屋根の下に暮らしてんのに。」

大地は笑いながら片山の頭をくしゃくしゃとやった。
もともとは大地から告白したはずなのに、いつの間にか立場が逆転して、今ではすっかり片山の方が掌の上だ。
いやいや、それは置いといて。
同じ屋根の下に暮らしてるったって、部屋は別だし、やれるわけじゃねえし!!

「ロボ研だってやめなくていいんだろ?」

「でも土日とかも練習あるんだぞ。」
「毎週じゃないんでしょ?」
「・・・そうだけど。」
片山としては大地がごねてくれるのを少々期待していた。
やりたいような、やりたくないようなサッカー部のコーチ・・・
大地が嫌だと言ってくれれば上がなんだろーがきっぱり断るつもりだった。
でもってそれ以上に、ただ単に妬いて欲しかっただけ・・・だったりするわけで。(アホなんです。)

「それに、」

「?」

「片山、やりたいんだろ?」

「え?」

「楽しそうだったじゃん。ここんとこ。」

「・・・大地。」

「うわ!!」

思わず抱え込むように大地を抱きしめる。
勢い余って二人は倒れ込み、結局押し倒す形になってしまった。

「もー、なんだよー。お前妬いてたんだな。」
「ち、ち、違う!違う!」
否定はするが顔は真っ赤。

「ってか、どいて!重い!」

「まあまあ。」

「まあまあ、じゃない!孝平が戻ってきたらどうすんだよ!」

「いいよ。孝平なら。」

孝平は大地のルームメイトで、北見孝平という関西弁の友人だ。片山とはクラスが二年間一緒なので仲が良い。
孝平でもダメ!と言いながらジタバタともがく大地を押さえつけ、片山は彼の耳元に囁きかけた。

「・・・なあ、お前が本当に嫌なら俺やらないよ。」

ばーか。マジ自惚れるな。」

大地は軽く、目の前にあった片山の耳に噛み付いた。

「俺、本当にやるべきだと思ってるから。そういうのからいつも逃げるの良くない。」

「・・・別に、逃げてたわけじゃ、」

「片山が勝負嫌いなの知ってるんだから。」

「・・・」

「一応これでも恋人なので、わかってるつもりだけど?」

片山はため息をつくと、ことん、と大地の肩に頭を落とした。 

 

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