片山が色々な圧力(?)に負けサッカー部に入らされたのが5月の終わりのこと・・・。
そして8月、約二週間の全日本ユースの合宿が始まった。
合宿先は静岡県掛川市にある「つま恋」。
プールや温泉のあるレジャー施設も併設しており、一般的にはむしろそちらで名前を知られている。
東邦組は新幹線で掛川駅に向かっていた。
日向、若島津、反町はいつものことで、これまた何かの圧力によって参加することになった片山。
(ちなみにタケシはその日たまたま練習試合が重なって、一日遅れで参加予定。)
乗車時間は二時間弱といったところか。車内では座席を向かい合わせにし、なんだかすっかり遠足気分。
先生の悪口やら、くだらない猥談なんぞで盛り上がったり。
「おい、片山、それよこせよ。」
向かい側にいた日向が指さしたのはいちごポッキーだった。
入部当初はあからさまに嫌い嫌いオーラを出しまくっていた日向だが、なんだかいつの間にやらそれなりに打ち解けていた。
そこら辺はモテ男の割には敵の少ない片山の人徳・・・かもしれない。
「お前さぁ、一本ちょーだいっくらいのかわいいこと言えねえのかよ。」
少々呆れ顔で片山が言う。
ちなみに東邦サッカー部の二年で日向に堂々とツッコミを入れられるのは若島津と片山ぐらいなものである。
「・・・お前、俺にかわいく言われて嬉しいか?」
「きしょくわるい。」
「そうだろう?だから黙ってよこせ。」
「・・・」
このジャイアン・・・、とかなんとかブツブツ言いながら、片山は何か思いついたようにニヤリと笑った。
「ろーぞ。」
いちごポッキーを口に咥え、向かい側にいる日向に口を突き出す片山。
「やめろ!!」
日向は気味悪がって片山を睨みつける。
「てめーはホモかもしらんがなあ、俺は違うんだ!」
「ホモらねえろ。」
と、日向の横に座っている反町が身を乗り出した。
「じゃ、俺もーらお。」
反町がポッキーの反対側をカリっとかじった。
日向が驚いて反町を見る。
「そ、そ、反町・・・ お前・・・」
「べっつにチューしたわけじゃないんですから。」
日向さんたら純情なのね、とウィンクして、反町は脛におもくそケリを入れられた。
「あ、そう言えば三杉も来るのか?」
片山が反町にふると、そう言えば同級生だったな、と答えた。
そして直後、若島津と反町がなにやら嫌そうな顔で片山を見た。
「・・・三杉と片山がコーチってこと?」
「ああ、そうか。あいつ病気まだ治ってないんだな。コーチなんだ。」
うわー、と二人が顔を見合わせる。
「なんか嫌な感じの組み合わせ・・・。」
「反町、直球すぎ。」
若島津が笑いながら言う。
「・・・なんだよ。二人して。」
「冗談じゃないよねえ、健ちゃん。三杉先生だけでお腹いっぱいなのにさー。」
反町がナムアミダブツ、と両手を擦り合わせる。
「ん?・・・でも、三杉がいるのになんで俺が呼ばれたんだろ?」
「つまり、あれだろ?」
今まで黙っていた日向が突然口を開いた。
「三杉はまだ選手を諦めてねえってことだろ。」
そう言えば、Jrユースフランス大会の準決勝でも試合に出ていたな、と片山が言う。
「っていうか、むしろ俺が三杉からコーチの指導をされるってことかぁ?!」
若島津と反町は納得した様子で態度一変、まあ、がんばってぇー、と他人事のように肩を叩く。(ってか他人事ですな・・・)
「うーん、さすが片桐さん。ぬかりないねえ。」
反町が苦笑いしながら言った。
「片山?!」
声をかけてきたのはフィールドの貴公子と呼ばれるサッカーの天才三杉淳様だった。
「よお。三杉。」
「・・・なんで片山が?」
「こっちが聞きてえんだけど・・・。」
冗談めいてそう言ったところで声がかかった。
ミーティング室でわらわらとしていた選手達が雑談をやめ、それぞれの席につく。
片桐氏と賀茂監督のあいさつが済み、いつものメンバーながら一通りの自己紹介などを行う。
さらに秋にヨーロッパ遠征があることも発表されみんなが随分と盛り上がったわけだが、
当然そんなことは初耳の片山は突っ込みたい気持ちでいっぱいだった。
それからこれからの予定などの話があり、部屋割りが発表された。
今日は初日ということで練習はなく、夜は親睦会が開かれることになっていた。
片山は有無も言わさず三杉と同室。
合宿所の部屋はベッドと机の他に、入り口の廊下にはミニキッチンまでついていて、なかなかどうして立派なものである。
「片山ってサッカーそんなに好きだったかい?」
「好きは好きだけど・・・、なんか若干騙されている気分。」
三杉はくすくすと笑った。
「小泉女史もいい人材を連れてきてくれたもんだよ。」
「?小泉女史って?」
「あれ?知らない?東邦のサッカー部の裏ボスさ。日向も彼女にスカウトされたんだ。
ちなみに新しいコーチ候補を見つけて欲しいって頼んだのは僕なんだが。
まさか自分の所から連れて来るとは思ってなかった。それも片山だものね。驚いたよ。」
そんな話をしながらも三杉は荷物を片付ける手を止めない。
片山はそこでようやく「上」が、その「小泉女史」という人物だと気づいた。
「しかし、俺とお前が同室じゃ、俺休まる暇ねえな。」
「あはは。」
片山は足を投げ出すようにしてベッドに腰掛けた。
三杉がコーヒーでも淹れようか?とキッチンに向かう。
「ま、部屋割り決めたのは僕なんだけど。」
「なんだよ。コーチってそんなことまですんのか?」
「ま、ね。」
三杉は鞄からドリップ式のコーヒーを取り出した。
やかんに火をかけ、蛇口をひねると置いてあったカップを洗った。
「最初はさ、あいうえお順で分けてたんだよ。ところがまずい二人が同室になっちゃってね。」
「誰?」
「日向と松山。」
「・・・松山って、DFの?確か北海道の・・・」
「意外と勉強してるね。ま、もともとはMFなんだけどね。」
三杉は感心したように言った。
「まあ、彼らは翼君がいない間はキャプテンと副キャプテンなんだけども。なにせ寄ると触ると喧嘩ばっかりでね。
毎晩毎晩部屋で大騒ぎ。そのくせくっつきたがって困る。」
なにやら思わせぶりな笑顔でそう言う。
「ホント、この二人が中心人物で大丈夫かって誰もが思ってたんだけどね。
結局ひっぱっていったのはやっぱりこの二人だったし、みんなが彼らを信頼していた。
ゲームでも、彼らがいれば安心できたからね。
翼君とはまた違うポジションで、全日本には必要不可欠なキャプテンと副キャプテンなわけ。」
「ふうん。まあ、試合以外の部分は知らねえけど、確かに、攻めの要は日向、守りの要は松山だったもんな。
あ、大空翼は別枠でな。」
「よくおわかりで。」
くすくすと笑いながら三杉が言った。
笛吹きケトルがけたたましく鳴り、火を止める。
手際よくドリップバッグコーヒーにお湯を注ぐと、いい香りが片山のもとまで漂ってきた。
「それより、」
「うん?」
「片山、遥とはまだ付き合ってるの?」
「おう。今じゃ立場逆転してっけどな。」
苦笑いしながら、それでも嬉しそうに片山が答える。
「なんだい?それは。」
「だから、俺の方がベタ惚れなの。なんつーか、大地君の掌の上っつーの?」
完全におのろけモードの片山の声を、三杉はなんだか親のような気持ちで聞いていた。
「へえ。それはそれは。」
嬉しそうな顔で、三杉はコーヒーの入ったカップを持ってきた。
「さんきゅ。」
「少し心配していたんだ。」
「あれから大地とは?」
「あまり連絡取り合ってない。僕もサッカーと勉強で忙しくてね。」
そう、三杉は今武蔵医大付属高校に通っている。サッカーと両立は相当大変に違いない。
二人はしばらく中学時代の話に花を咲かせた。
夜になって親睦会が始まった。
親睦会と言ってもだいたいいつもと顔ぶれは同じなわけで。ほとんどノリは同窓会。
その中で片山はとりあえずみんなに顔を覚えてもらうため、
まるで新入社員がビールをつぎまわるがごとくあいさつ回りに専念していた。
それもひと段落したところで反町が話しかけてきた。
「よ、片山。楽しんでる?」
「ま、ね。」
反町はビールでも注ぐかのように、片山のグラスに烏龍茶を足す。(未成年ですんで。)
「ねえねえ、日向さんさ、なーんとなくご機嫌だと思わない?」
「・・・」
片山は遠くに座る日向の顔を眺めた。
「そおか?」
「案外鈍いね。片山なら気づくと思ったのにさ。」
反町はにやにやしながら言った。
「じきにわかるよ。騒がしいからね。あのトム&ジェリーは。」
「トム&ジェリー?なんじゃそら?」
うふふふ、と、いかにも意味深な笑みを残して反町は去っていった。
それからなんとなく1人でぼやっとしていると、
ずっと入れ替わり立ち替わりに他のメンバーに囲まれていた松山が話しかけに来た。
「えっと、片山、だっけ?よろしくな。俺はふらの高校の松山光。」
「よろしく。副キャプテン。」
片山は松山と握手をかわした。
少しつり上がった目、屈託のない笑顔。子供みたいだな、と感じる。
「何か困ったことがあったら何でも話せよ。」
「うん。ありがとう。」
松山はニコっと笑った。それだけでも片山は彼がみんなに慕われている理由がわかる気がしてしまう。
「で、なんで片山はそんないいガタイで、そんな背ぇ高いのにサッカーしねえの?」
「あー、いや・・・」
日向と同じこと聞くんだな、と思いながら、これまでの経緯をだいたい話した。
なんだか半分騙された気分なんだ、と言うと、松山はそんなこと言うなよ、と笑った。
「じゃあ、三杉みたいに病気とか、ケガとかじゃないんだな。」
「ああ。むしろ超健康優良児なんで。」
「そっか。じゃあ良かった。たまには一緒に身体動かそうぜ。」
「ああ、うん。喜んで。」
「しかしもったいねえな。お前のタッパなら井沢にだってヘディング勝てるんじゃねえの?」
遠くから井沢が、なんか呼んだか?と叫ぶ。
松山が秘密、と答えると、なんだなんだと南葛チームが集団で押し寄せてきた。
そんなこんなで、合宿一日目、無事終了。
翌日からは朝早くから練習。片山はずっと三杉の横にいてコーチの勉強。
「ぼーっとしていちゃだめだよ、片山。」
微笑みながら三杉が言った。
「ああ、ごめん。いや、みんなやっぱりすごいんだなーって・・・」
「そりゃあ、そうだよ。」
三杉は立ち上がると笛を吹いた。
「集合!」
午後一で早速紅白戦を行うことになった。
メンバーを発表し、それぞれのチームが15分ずつコンビネーションの確認のため練習する。
「おい、松山、てめえ抜かれたら承知しねえからな。」
「てめえこそハットトリック決めろよ。」
「ああ?!5点とってやるよ、5点!」
「やれるもんならやってみろ。」
「お前、んっとにかわいくねえな。」
「かわいくなくて結構だ!だいたいなんでてめえにかわいいとか思われなくちゃなんねえんだよ!」
「なんだと!」
もしかして反町が言ってたのは・・・と、片山は思い当たる。
「松山!日向!!とっとと練習始めろ!!」
三杉が叫ぶ。
(・・・なるほどねえ。トム&ジェリー。)
ため息をついて三杉が片山の方を振り返ると、一転くすくすと笑いながら言った。
「バカだろ?彼ら。」
「・・・トム&ジェリーっつか、」
「トム&ジェリー?」
「小学生の男子が好きな女の子にちょっかい出すように見えるのは俺だけだろうか?」
「あはは。」
いや、でも本当に結構困ってるんだよ、と三杉が言う。
試合は結局、3−1で日向と松山のいる白組の勝ち。
赤組のGKは若島津だったから日向もハットトリックで充分、松山も一度しか抜かれなかったし。
おあいこってところかな、と片山は思っていたわけだが、当然のごとく試合が終わった途端にまた喧嘩をしている二人。
そして当然のごとく、これがないと合宿に来た気がしない、と止めようとしない他の面々・・・。
「・・・三杉先生。俺もあの二人の喧嘩をこれからいちいち止めないとならないんでしょうか?」
「そうそう。それもコーチの仕事のうち。」
冗談まがいに言った片山の問いに、三杉は笑いながら答えた。気づくと二人は若島津に止められていた。
どうやら若島津にはかなわない、らしい。
それから、ちょっとした事件が起こったのは一週間後のことだった。 |