いつの間にかアーケード街へと入っていた。
とにかく上機嫌の松山は、目に付いた本屋やらCDショップにふらふらと入っていく。
気がつくといなくなっている松山を探し、日向も店に入る。
「あ!!100円ショップだ!!」
またもや日向になんの断りもなく店に入っていく松山。
日向はため息混じりに背後から言った。
「お前なあ、一応俺に断ってから店に入れよ。」
「だって日向、100円ショップ好きだろ?」
答えになっているようないないような・・・。
楽しそうに笑いながら松山は言った。
「・・・うーん。好き、かも。」
そして思わず答えちゃう日向さん。(笑)
「だろ?なんかお前の心をくすぐりそうなもんばっかあるもんな。」
「なんだそれは。」
「こーゆーのとか。」
松山の指差したところにはキッチン小物。
日向は料理がうまい、というのは周知の事実である。
「そんで100円だし。」
「105円だぞ。」
「あー、そういうところがお前らしいよな。」
くっくっく、と笑いながら松山が言った。
うるせえ、と日向が松山の頭をこづく。
「あ、俺これ買ってこ。」
松山が手にとったのはハブラシだった。カラフルな原色のハブラシである。
「なんか、すぐダメになるんだよな。」
「お前強く磨きすぎなんだよ。」
「お前のも買ってやるよ。」
「あ?」
「俺のが青で、お前のが赤な。」
日向の返事も聞かず、松山は赤と青のハブラシを一本ずつ手に取る。
「なんで俺が赤なんだよ。」
「俺が青が好きだから。」
「俺も青が好きだ。」
「わかんなくなんじゃん。同じのなんだから。」
今日のお礼な、と言いながら、松山はとっととレジに向かってしまった。
(わかんなくなるって、別に一緒に置いておくわけじゃねえのに。)
日向は人差し指でぽりぽりと頬を掻いた。
それから二人は昼食をとり、再び宿舎に向かって歩き始めた。
「あ、見えた。」
「なんだ。もういつもジョギングしてる土手まできちまったのか。意外と早かったな。」
松山が軽い足取りで土手を駆け上がる。日向も後に続いた。
「バス、遠回りしてるのかな。」
「かもな。」
河川敷の土手の下にはグラウンドがあり、小学生がサッカーの練習をしていた。
松山は目をキラキラさせて大きく息を吸ったかと思うと、また一人でどんどん土手を降りて行ってしまった。
(ったく・・・)
次勝手な行動をしたら先に帰る、そう決めていた日向だがその機会を先ほどから何度も逃している。
松山の笑顔が妙にあどけなく思えて、兄弟たちを思いだしてしまって置いていけない・・・、ような気がするのだ。
仕方なしに日向も土手を降りて行った。
スタジアムでプロの試合を見て、ボールが蹴りたくて蹴りたくてたまらなくなってしまった松山は、
頼まれてもいないのに小学生にサッカーを教え始めた。
むしろその姿は、教えていると言うよりは混じっているようにも見える。
始めのうちは少々警戒されていたようだが、すぐに子供達も打ち解けたようだった。
しばらくして、ようやく松山は日向をほったらかしにしていたことを思い出す。(ちょっとひどい・・・)
遠く目をこらすと、土手の木陰に日向の姿を見つけた。
「じゃあ、またな。練習がんばれよ!!」
「え?!お兄ちゃんもう行っちゃうの?」
「俺あそこでサッカーの合宿してるからさ、また来るよ。
それかお前らも俺たちの練習見に来いよ。じゃな!」
松山は小学生に手を振ると駆け出した。
「日向」
「・・・もういいのか?」
日向の隣に脚を伸ばして座ると、さすがの松山も「わりぃ」と謝った。
「お前も来ればよかったのに。」
「恐がられるからいい。」
松山は一瞬止まって、それから、あはははと大声で笑った。
「お前小さい兄弟いるくせに。」
「身内は別だ。」
いつの間にか日向はコーラを手にしている。
松山は今度はちゃんと断って、そのコーラを一口飲んだ。
「あっちーな。」
はー、と大きく息をつくと、松山はごろん、と仰向けに寝転ぶ。
「今日はなんか楽しかったな。」
目を閉じ、微笑みながら松山は言った。
「・・・そうか。」
「うん。」
日向も松山の笑顔につられて思わず微笑む。
もちろん松山が目を閉じていることを確認して。
「朝練して、朝飯食って、試合見てー。それから、ハブラシ買って、昼飯食って、子供とサッカーして・・・」
眠たくなったのか、松山は目を閉じたまま言葉を繰り続けていた。
最後の方はもう消えかけ。
こいつは本当にどこでも寝れるんだろうな、と日向は思った。
「松山、寝るなよ。」
「寝て、ねえ。」
その声も眠りの中に吸い込まれていきそうである。
短めに切られた前髪がそよ風に揺れ、額の上をさらり、と流れた。
「・・・松山?」
本当に寝てしまったのだろうか?答えはない。
かわいい、と思う。
もう言い訳はしない。
言い訳したところで、自分が松山をかわいいと思ったことはやっぱり事実なのだ。
ふいに、あの夜のことを思い出す。
初めて松山をかわいいと感じたあの時・・・。
また、心臓の音が耳元で聞こえたような気がした。
(あの時、俺はたぶん・・・)
こうしたかったんだ・・・。
日向は自分の顔をそっと松山の顔に近づける。
そして、その柔らかそうな唇に、自分の唇を重ねた。
「はい?」
ドアがノックされる。
若島津は返事をしたがいつまでたってもドアが開かないので、立ち上がりそちらに向かった。
午前中のうちに反町と連れ立ってスポーツ用品店に行き、昼食をとって帰ってきた。
今はのんびりと音楽を聴きながら、ついでに買ってきた雑誌を読んでいるところだった。
傍らには反町。彼は家から持ってきたポータブルゲームに夢中になっていた。
若島津がドアを開けると、そこには日向が立っていた。
「・・・あれ?キャプテン。どうしたんです?いつもはノックもなしに入ってくるのに。」
「・・・あー。松山、いるか?」
「一緒じゃなかったんですか?」
とりあえず日向を部屋に入れる。
「あ!日向さん。おかえりなさーい。どでした?試合。」
反町が明るく尋ねるが返事が無い。
ゲームを中断して日向の顔を見ると何やら顔が青ざめている。
「・・・どしたんです?まっつんとまた喧嘩?」
「いや、喧嘩というか・・・」
「?」
日向はどかっと床に腰を下ろした。
「・・・キャプテン、なんか、顔色悪いですよ?」
「・・・」
あぐらをかいて座っていた日向は、頭を垂れると大きくため息をつき頭を抱えた。
「キャプテン?」
日向は答えず俯いたままである。
いつもとは様子の違うキャプテンに、二人は顔を見合わせる。
と、ガチャリ、とドアの開く音がした。
三人が同時に向けた目線の先には、松山の姿があった。
「っ・・・///」
松山は踵を返して部屋を出て行こうとする。
「ちょっと待て!」
すばやい動きで松山の元に行くと、日向はその腕を掴んだ。
「は、放せよ!!」
松山は必死で振り払おうとするが、日向はがっちりとその腕を掴んだまま。
「悪かった!」
「お前なんか最低だ!!バカ日向!!」
真っ赤な顔で怒る松山。
後ろにいる若島津と反町の存在も気付いていないようだ。
「だから、悪かったって」
日向さんが謝るなんて・・・。一体何が起こったんだ・・・?
恐ろしくなる若島津と反町の両名。
「だいたい、てめー何であんなことしやがったんだよ!!」
「なんでって・・・」
日向さん硬直・・・。
しばしの間・・・。
張りつめた空気の中、日向はようやく口を開いた。
「・・・つい。」
「つい?!」
頭の線がブチンっと切れる音が聞こえてきそうな勢いで、松山は吼えた。
「つい、だと?!てめー、そんなんで俺にあんなことしやがったのか?!ほんっとーに最低だな!!」
さすがに下手に出ていた日向も、ついにここでブチ切れる。
「お前も大概しつけえな!!しちまったもんは仕方ねえだろ!!だから謝ってんだろが!!」
「逆ギレしてんじゃねえ!!仕方ねえだと?!されたこっちの身にもなれ!
男にっ、しかもお前にキスされたんだぞ!バカヤロー!!」
ななななな、なんですとぉ?!ぎょっとした顔で日向を見たのは若島津と反町。
をいをい、今、松山なんつったよ・・・?思わず自分の耳を疑い、顔を見合わせる。
一方、日向と松山はそんな二人のことなど全く目に入っていない様子。
「別にファーストキス奪ったってわけじゃねえだろうがよ!!
お前だってしばらく抵抗しなかったじゃねえか!」
「っ・・・///」
松山は何故だか、うっ、と止まる。
「そ、そ、そういう問題じゃねえ!!責任とりやがれ!バカ日向!!」
「ああ?!責任だあ?!どうやってとれって言うんだよ!!てめーを嫁にもらえば済むのか?!こら!!」
怒る松山の顔が、さらにさらに紅潮した。
「ううううう、うるさい!うるさい!うるさい!!!」
ついに日向の手を振り払い、松山は廊下に出て行った。
どすどすと大きな音をたて、バタン!とドアを思いっきり閉める音が廊下に鳴り響いた。
日向はしばらく閉じられた扉の前で立ち尽くしていた。
「・・・あ、あのう、日向、さん?」
恐る恐る後ろから声をかけたのは反町だった。
「・・・ああ?」
ひいいいぃ。コワイ・・・。これ以上何も聞けない・・・。
そんな反町の声が聞こえたかのように、若島津がやれやれ、と口を開いた。
「何してんですか。あんたは。」
「・・・」
びしーっと眉間に皺を寄せて若島津を見つめる日向。
「だから、」
「だから?」
「その、」
「その?」
「そゆことだ。」
「ええ〜?!日向さんマジでまっつんとチューしたの?!」
二人のやりとりを見ていた反町がいきなり叫んで、当然ガツっと思う様日向に殴られる。
「い、痛い・・・」
「でも、そういうこと、なんでしょう?キャプテン。」
若島津が横目で日向を見やる。
「・・・」
あいかわらず仏頂面の日向さん。
「何で?」
・・・って聞いてもいいですかぁ?と、ビクビクと若島津に隠れるようにしながら反町が言った。
「・・・わからん。気づいたらしてた。」
「気づいたらって・・・」
なんだか開き直っているらしき日向に呆れ気味の二人。
「で、松山は?」
「顔真っ赤にして、逃げてった。」
それはまあ、そうだろうなあ・・・と気の毒に思う。
それでも日向さん、殴られなかっただけマシか・・・?
むしろ殴ることも忘れるくらい、松山はパニクっていたのかもしれない。
「どちらにしても、ですねえ、」
ため息混じりに若島津は言った。
「逆ギレはよくありませんよ。今のは完全にキャプテンが悪い。」
「だから、何度も謝ってんのに、あいつが・・・」
ブツブツ言う日向に、反町がまあまあ、となだめる。
「まっつんだってびっくりして混乱してるんですよ。
だって、日向さんにチューされたんですよ?俺だってびっくりしますよ。」
いや、案外嬉しいかも・・・と真顔で付け加えると、若島津に余計な事を言うなと殴られる。
「とにかく、もう一度ちゃんと謝って下さい!」
「・・・」
「でないと、三杉に告げ口しますよ。」
「そ、それは・・・」
わかったよ、としぶしぶ日向は答えた。
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