*続きです。1〜16とは見た目も文章の感じも違うかもしれませんが
 諸々の事情ゆえお見逃しくださいませ。




翌朝、片山が目を覚ました時にはすでに反町の姿はなかった。
空っぽのベッドの上には一枚のメモ。

『ちょっと出かけてきます。心配無用!!そりそり』

「・・・・・」
(心配無用、ね。)
メモを片手に、片山は小さくため息をつく。
しっかり者の反町のこと。
本人がそう言うのだから本当に心配は無用なんだろうが…
(どこまで行ったんだろ??)



「松山ー」
「おう。」
聞き慣れた声に振り返ると、渡り廊下の向こう側で小田が手を振っていた。
「もう部活行くのかー?」
言いながら小田は走り寄ってきた。
「ああ。職員室寄ってからだけど。」
「何それ。」
松山の右手に握られた白い紙を指さす。
「・・・進路の」
「あ。」
「あ?」
「ああ?!」
「ああ?」
小田の指さした方向に振り返ろうとしたその時
「まっつーんvv寒いよーーーーーっっ」
「ぎゃっっ」
いきなり後ろから羽交い絞めにされた。(相手は抱きついているつもりらしいが。)
聞き覚えのある声だが、まさか、こんなところで何で???
だって、ここは北海道の富良野だぞ???
しかも俺の通っている学校だぞ???
「遠かったよ〜っっ」
「え?え?反町???!」
「そりちゃんでーすvvあ。小田くんおひさー」
だいぶ軽いノリで手を振る反町。
何が何やらよくわからないが、小田もとりあえず手を振り返してみた。
「そ、そ、」
「愛しのそりちゃんよんvv」
ようやく腕を振りほどいて後ろを向くと、そこには堂々と私服姿の反町がいた。

「何してんだ?!」
「あ。冷たい。」
「だって」
「まっつんに会いたくて会いたくて、海を泳いで会いに来ちゃいましたvv」
「反町!」
「怒った。」
「怒ってない!ふざけるから!!」
「怒ってんじゃん。」
二人のやり取りが相当目立ったのか(そりゃそーだ。)いつの間にか周りには野次馬が・・・
「はいはい。ストップ。」
見かねた小田が間に入った。
「とりあえず、部室に移動。」
二人は小田に背中を押され、野次馬の間を割るようにしながら渡り廊下から校舎へと移動した。
「あ。俺これ出してから行くから。小田、わりーけど先に反町と行ってて。」
「何これ。」
「あ。」
反町は素早い動きで松山の持っていた紙を取り上げた。
「・・・うち?」
「だーーーーーっっっ///」
顔を真っ赤にして、松山は紙を奪い返すとダッシュで走り去って行った。
「・・・今の、何?」
「ああ。進路志望の用紙。もう提出期限は過ぎてるはずなんだけどね。」
「・・・ふうん・・・」



松山が部室に戻った時には、反町を囲んだチームメイト達はすっかり盛り上がっていた。
「あ、キャプテンお帰りなさーい。」
「何話してたんだ?」
「全日本の合宿の時の話とか。色々聞いてたんですよー」
合宿・・・ 余計なこと言ってないだろうな反町・・・ 
思わず目で訴える松山である。
「それにしても、キャプテン、日向と相変わらずなんですね。」
「なっ///あ、相変わらずって、なんだよ!!」
「え?だから、相変わらず犬猿の仲というか、喧嘩ふっかけられてるんだなあって。」
なんか無駄にドキドキしている松山にチームメイトは首をかしげる。
「?キャプテン?」
「松山と日向さんが、三杉にどん叱られているところを面白おかしく話しただけだよv」
にやり、と笑いながら反町が言った。
オマエ・・・待て。面白おかしく話すんじゃねえ・・・
思わず拳を握りしめる松山である。
「・・・で。反町は結局何しにきたわけ?」
「いや。だから。松山に会いに。」
「ふざけるのもいい加減にしろ。」
「本当なのに。」
「あのなー」
「はいはい。法事のついでだよ。昨日から来てたんだ。」
「最初っからそう言えよ。」
ったく・・・と、松山はため息をついた。
「っつか、もうすぐ帰るし。」
「え?!!もう帰るのか?!!」
「明日学校だからね。ふつーに。」
「なんだよ!もっとゆっくりして行けよ!俺んち泊って行けって!!」
反町は思わずきょとんとしてしまう。
さっきまで怒ってたくせに。
だいたい、昨日から来ていたとか法事とか、ちょっと考えればすぐ嘘ってわかりそうなもんなのに、
まったく疑う様子は欠片もなく、挙句の果てには「泊っていけ」って・・・
顔がにやけそうになるのを堪えながら、反町は言った。
「気持ちだけありがたく受け取っとくね。」
「なんだよ、それ。」
「いや、マジで、学校サボるわけにはいかないし。」
「・・・意外とマジメなんだな。」
「意外とって何さ。」
しばらく二人のやりとりを見ていたチームメイトだったが、
松山同様、心底いい人揃いのチームふらのはみんなして松山に反町の接待を勧めた。
「俺たちちゃんと練習しておきますから!」
「反町とメシでも食って、送ってきてあげてください!!」
「せっかく遠くから来てるんですから!!」
口々にそう言われ、松山は「じゃあ」と厚意を受け入れることにした。
(なんだかなあ・・・ 俺、本当は学校サボって好きな人に会いに来ちゃったただのバカなのにな。)
嬉しいような、申し訳ないような、妙な気分で反町は松山と共に学校を後にした。


「良かったの?」
「何が?」
「部活。」
「まあ。一日くらいな。」
「まっつんらしくないこと言うね。」
「サッカーも大事だけど、友達はもっと大事だろ。」
(『友達』・・・)
わかってるけど・・・反町の心にはその言葉が妙に重く圧し掛かった。
「何時に帰るんだ?」
「えーっと・・・旭川空港に8時にはいたいから・・・」
「え?!!じゃあ6時くらいにこっち出ないと。」
「そうなるな。」
「なんだよ!!全然時間ないじゃんか!!」
松山はぶーぶーと怒りだす。
そんな松山を見て、反町は思わず笑ってしまった。
「別にいいよ。俺観光したいわけじゃないし。ホント、まっつんと・・・ちょっと、話したかっただけ・・・だし・・・」
少しだけ、言葉に詰まりながら反町は続けた。
「こっちこそ突然押し掛けちゃって」
「でも」
「まっつんがよく行くメシ屋とかさ、好きな場所とかさ、そーゆーとこ連れてってよ。」
「いいのか?そんなんで。」
「いい、いい。全然いい。」
「わかった。じゃあ、とっておきの場所に連れて行ってやるよ!!」
そう言って、松山は屈託のない笑顔を見せる。
つられて反町も笑った。
「そのかわり、次来るときはもっとちゃんと案内させろよ。
 事前に連絡して、絶対俺んち泊っていくんだぞ。」
「わかった。約束する。」
「よっし。んじゃ、とりあえず腹ごしらえな。」

連れて行かれたのはふらのチーム行きつけの定食屋。
そこで松山がイチオシだという「特製!ふらのスタミナ丼」をたいらげた。
それからバスに15分ほど乗って、どこかの山の麓に辿り着いた。
赤や黄色に色づいた木々が、山を彩っている。
反町は松山に連れられるままに、辺りを見渡しながら歩を進める。
松山はもう何度も来ているようで、ずいぶんと慣れた様子だった。

「・・・ロープウェイ?」
「これで山頂まで一気に行くんだ。」
少し古びた建物には『○○山ロープウェイのりば』と書いてある。
こんな山にいきなりロープウェイ・・・と反町がまじまじ眺めている間に、
松山は二人分のチケットを買って戻ってきた。
「たまにトレーニングがてら登るんだ。」
「マジで?!」
「うん。あっちに登山道もあって。」
さすが・・・ 反町も努力の人松山にはいつも頭が下がりっぱなしだ。

ロープウェイ乗り場には他に客の姿はなかった。
しばらくするとおじさんが案内してくれて、二人はゴンドラに乗り込んだ。
「貸し切りだな」
松山はにぃっと笑って見せる。
出発のブザーが鳴って、ゆっくりと動き出した。
ガラス窓の下には紅葉が広がり、二人きりのゴンドラを夕陽が照らしている。
中では聞いたことあるようなないようなクラッシクの曲がまったりと流れ、
アナウンスが山や景色の説明をしてくれていた。
『・・・山の標高は531メートル。頂上から市内の3分の2を見渡すことができ・・・』
何度も乗っているであろう松山もじっとそれに耳を傾け、山の紅葉を見つめている。
夕陽に赤く染まった彼の横顔を、反町は少し胸を締め付けられるような思いで見ていた。
(デートだったら申し分ないのにな。)
心の中で苦笑い。
ほとんど会話のないまま、やがてロープウェイは頂上に着き、二人はゴンドラから降りた。

「こっちこっち」
松山は子供のように走り出した。
反町も後を追う。
「ほら。すげーだろ!!」
木製の手すりに手を置き、松山は振り返って笑った。
向こう側には松山の住む街、そして畑や牧場が広がっている。
「・・・のどかだな。」
「あ。オマエ、馬鹿にしてんだろ。」
「してない。誉めてる。」
「本当かー?」
顔を見合わせて笑う。

(松山が、育ってきたところか・・・)
なぜ松山が自分をここへ連れてきたのか、なんとなくわかる。
松山はふらのが大好きで、誇りに思っているのだ。
街も、人も、全て。
そんな松山が、やっぱり好きだと思う。
この景色もひっくるめて、大好きだと思う。

(ああ。なんか俺、泣きそうだ。)

「・・・反町?」

気づけば、隣にいた松山を思いっきり抱きしめていた。
どこにも持っていくことのできない想いは、一体どう昇華させたらいいんだろう・・・
「反町?どうした?」
「・・・」
「何か、あったのか?」
答えられず、腕にさらに力を込めた。
「もしかして、何かあったから、俺んとこわざわざ寄ったのか?」
ドクン。
鼓動が一度、大きく鳴った。
いつもは鈍感大王のくせに、妙なところで鋭いからコワイ。
「・・・何だよ。らしくねえじゃん。」
松山の手が、そっと反町の背中にまわされる。
トントン、とあやすように二度叩かれた。
反町はぎゅっと唇を噛みしめ、息を吸い込んだ。
そして

「ふられちゃったんだ。俺。」
「・・・え?」
「付き合ってた彼女に。」
「・・・」
精一杯の、嘘。
「だから、まっつんに慰めてもらおうと思って。」
へへ、と小さく笑って松山の顔を見る。
やたら困り顔の松山が目に入った。
「泣くなよ。男だろ。」
いつの間にか、大粒の涙がボロボロと零れていた。
俺ハンカチ持ってねえ・・・とか言いながら、松山は手で涙を拭ってくれる。
「そんなに好きだったのか?」
「そうだね。俺の青春だったからね。」
「過去形にすんなよ。まだまだこれからじゃんか。生きていればそのうちいいことある。」
「って、それじゃ俺これから死ぬとこだったみだいだろ!!」
「え?あ、そうか。」
思わず二人で大笑い。
(あー。もー。ホント、負けるよ。まっつん。)

ピリリリリ・・・
ポケットに入れっぱなしだった携帯が鳴った。
見れば片山からのメール。
『生きてるか?』
(・・・お前、このタイミングでこれかい。)
友人の気が利くのか利かないのかよくわからないメールに思わず苦笑い。
「まっつん。」
「ん?」

カシャっ

「・・・何だよ急に。」
「写メ送ってやろーと思って。」
「誰に?」
「片山。」
「何で???」
ま、色々ね、と言いながら、反町は送信ボタンを押した。




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