『日向さんにちゃんと返事しなよ』
反町の言葉が、ずっとひっかかっている。
(だって、だいたいどうやって返事しろってゆーんだよ…)
あのバカは携帯も持ってねえみたいだし、わざわざ会いに行くのか?そのために?
っつか、返事って何言えばいいんだ?
好きって言われたのは覚えてるけど、あん時めちゃめちゃ飲んでたからハッキリとは覚えてねえし。
そーゆー意味の好きなのかどうかもわかんねーし日向のバカが本気なのかどうかも
「松山」
わかんねーしっつか俺もあいつも男なんだから
「まーつーやーまー」
男同士でなにをどーしろって
「ひっかるくん!!」
「ぎゃ!!!!!」
ドンっと背中を叩かれて、松山は驚いてちょっと椅子から浮き上がった。
振り返るとそこには小田が怪訝な顔をして立っていた。
さっきまでクラスメート数人が残っていたはずの教室はいつの間にか二人以外誰もいなくなっており
窓の外もだいぶ薄暗くなってきている。
「なーに ボケっとしてんの?」
「…いや…」
「日誌終わった?」
「あ、もうすぐ。ごめん。」
いつの間にか手元を離れて転がっていたシャーペンを持ち、慌てて続きを書き始めた。
「何?どうかした?」
「…ちょっと考え事。」
「最近ボーっとしてるよね。松山。」
「そうか?」
「うん。反町が来て以来。」
「っ…」
思わず動きが止まってしまう。
案の定…と思いながら、小田はすかさず質問を続ける。
「反町と何かあった?」
「別に反町とは何も…」
「何か言われたとか?」
「だから、反町は関係ねえって。」
「…え?そうなの?」
「そうだよ。」
(なんだ俺てっきり、ついに反町 松山に告白でもしに来たのかと思ったのに。)
と、思いのほか鋭い小田君だったりする。
「……あのさあ、小田」
「うん?」
松山は書き終えた日誌を閉じ、シャーペンを置いた。
「男が男に好きって言うって、どういうことだと思う?」
「え?!!やっぱり松山 反町に告白されたの?!!」
「は?なんで反町なんだよ。」
「違うのか?」
「違う。反町じゃなくってひゅー」
そこまで言いかけて松山は慌てて口を塞いだ。
「そっちか」
「そ、そそそそ そっちかって ななななな なんだっっ」
「落ち着け松山。」
これが落ち着いていられるかーーーーーっっ と心の中で叫ぶ松山をよそに、
小田は松山の前の席の椅子をひいて、跨るように座った。
そして顔を近づけて
「俺、こう見えて結構鋭いんだぜー?」
にやーーーっと笑う。
「へー ほー 日向がねえ。なんか意外だけど。」
「……お前、こんなキャラだっけ?」
「こんなキャラだろまっつー」
「こんなキャラじゃなかったと思うおだっち」
久しぶりに小学生の頃のあだ名で呼び合ってみたりなんかして。
ぶくくく…と二人揃って笑う。
「なんて返事したの?」
「…してねえ。」
「え?!!してやれよ!!」
「…だって、する時間与えられなかったし。」
「?なにそれ」
「っつか、返事って しなくちゃダメか?アイツがどういうつもりで言ったのかわかんねーのに?」
「どういうつもりも何も… お前のこと好きなんだろ?」
「好きってなんだよ。男同士で意味わかんねー。」
そう言うと、松山は乱暴にシャーペンを筆入れに突っ込む。
小田と話しているうちに、なんだかやたら面倒なことに巻き込まれたような気になってきた…
反町どころか小田まで「返事しろ」とか言うし。
だいたい なんでこっちがこんなに悩まなくちゃならないんだ。
日向が一方的に言ってるだけなのに。
「あいつやっぱ絶対バカだ。男に告るなんて」
「気持ち悪い?」
「っ…」
幼馴染が放ったその言葉に、松山は動きを止めた。
…キモチ ワルイ ???
松山の顔を見据えたまま小田は続ける。
「気持ち悪いって思うの?男同士だから。」
「……」
頭の中を過ったのは、片山と大地の顔。
いつかの合宿で片山の恋人が男だと知った時、
日向とのキス事件のことも相まって彼らにひどい態度を取ってしまった。
それは「偏見」以外のなにものでもなく…
俺は今、日向をまた、同じ目で見ようとしていたのか?
「ち、がう… そうじゃない。」
絞り出すように、松山は言った。
「だったら、逃げてないで、一度正面から向き合ってみたら?
 そうでなくちゃ いつまでも答えなんか出ないんじゃない?」
「……」
「そろそろ部活行こうぜ。」
小田は立ち上がり、鞄を肩にかけた。
確かに、小田の言うとおりだった。
様々な理由をつけて目を背けようとした。
会わない時間と、東京と北海道という距離が、そのうち無かったことに出来るんじゃないかと思っていた。
『逃げる』なんて一番嫌いな言葉だと思っていたはずなのに。
「…反町に、日向にちゃんと返事してやれって言われたんだ。」
俯いたまま、松山は言った。
「… そーなんだ。」
「反町がわざわざそう言ってくるってことは、そーゆー意味の好きってこと、なんだよな。」
「…だろうね。」
「…うん。そうだな。俺、逃げてた。お前の言うとおりだ。本当はわかってたのに。」
あんな真剣な目で、はっきりと、「お前が好きだ」と言ったのだから。
その気持ちは結論はどうあれ受け止めなくてはならない。
日向だって自分の何倍も悩んで考えて苦しんで、覚悟を決めて言ってくれたに違いないのだ。
「ちゃんと考えてみる。」
「うん。」
まっすぐな目は、小田が大好きないつもの松山の目だった。
「その調子でお願いしますよキャプテン。
 いつまでもボーっとされてたら地区予選も勝ち抜けませんよ。」
小田は松山の頭をぐしゃぐしゃと撫でて笑った。



選手権大会は無事地区予選を勝ち抜き、ふらの高校は北海道代表として全国大会へと駒を進めた。
48校が出場する選手権大会は9か所のスタジアムを使いトーナメント方式で試合が行われる。
開会式で全校が集まる以外は対戦相手になるか観戦しなければ他校の生徒と会うことは滅多にない。
ふらの高校は決勝まで残らなければ東邦とあたることはなかった。
だが準々決勝で静岡代表南葛高校と対戦し、惜しくも1−0で敗れたのだった。


「松山、ギリギリセーフ。」
「良かったー。間に合った…」
マフラーを外しながら、松山は小田の隣に腰を下ろした。
大きな画面には国立競技場が映っている。
残念ながら松山たちはそこに立つことはできなかった。
並んでいるのは東邦と南葛。
悔しいが今年もこの2校が決勝に残った。
冬休みで学校は休みだが、先生が気を利かせて視聴覚教室を開けてくれたので、
今年の決勝はここでみんなでテレビ観戦する。

「松山、どっち応援する?」
「岬。」
「…南葛ね。」
苦笑いしながら小田は「聞くまでもなかったか」と呟いた。
「だって、南葛が勝たなきゃ、俺たち自動的に東邦に負けたみたいだろ。」
キックオフの笛が鳴り響く。
画面には『東邦学園 - 南葛高校』 と表示された。
『さあ、今年もまたこの2校の決勝となりました。
 天才ストライカー日向小次郎率いる東邦学園が二連覇を成し遂げるのでしょうか。
 あるいはフィールドのアーティスト岬太郎率いる南葛高校が初優勝を果たすのでしょうか。
 解説は…』
「岬のことは置いといて。正直、どっちが勝つと思う?」
「…実力で言ったら東邦だろうな。」
「俺も、そう思う。」
アップで映し出された日向は、以前会った時よりもさらに逞しくなったように思う。
少し前までの「勝てばいい」という姿勢から、もっと真摯に取り組むようになって
日向はまたひとつ成長した。
『さあ、コーナーキックのチャンスは東邦学園。キッカーは反町です。』
「お!反町がんばれ!!」
小田が言った。
真剣な反町の横顔が映し出される。
代表の時は岬や滝がいるためキッカーになることはほとんどないが、
FWなのにコーナーキックを任されるということはその正確さに定評があるということだ。
『さあ、ボールは日向のもとへ  …日向、シュート!!
 ゴーーーーーーール!!!!東邦学園先制しました!!!』
わあっ!!と、テレビの歓声と同時にふらののチームメイトも歓声をあげた。
開始15分、日向の鮮やかなシュートは見事に決まった。
松山も思わず立ち上がる。
反町と抱き合う日向。
画面ではもう一度シュートの瞬間がスローで再生された。
「さっすが日向、だね。」
小田が感心したように言った。
「…松山?」
「……」
「松山ってば」
「え?!な、なんだ小田?」
「…なに焦ってんの?」
「焦ってねえよ、別にっっ」
(うわー。松山、今絶対見とれてたな。日向に。)
真っ赤な顔で大慌ての松山を見て、思わずまたニヤリと笑ってしまう小田である。


試合は2−1で幕を閉じ、選手権大会は東邦学園が二連覇を成し遂げた。







「松山!!」
「岬!!」
松山は久しぶりの再会に思わず岬に抱きついた。
春休み中に行われるU−18日本代表候補トレーニングキャンプは4日間。
F県にあるJヴィレッジが今回の合宿地である。
いつも通りの現地集合で、センターハウスの正面玄関を入ってすぐのエントランスホールが集合場所だった。
「元気だったか?」
「うん。松山も元気そうだね。」
「…選手権大会、惜しかったな。」
「ホント。あったまくるよね。小次郎の奴…」
いきなりブラック岬が垣間見えて、近くにいた修哲トリオあたりは「う…」とひいたが
もちろん岬ラブな松山はそんなことには気づきもしない。
「絶対来年は勝つ。」
「え?!俺だって来年は南葛には負けないつもりだぜ?」
「あ。噂をすれば。」
岬の目線の方向を見るとそこには紺色の揃いのジャージを着た東邦組が正面玄関から入ってくるところだった。
「おーい。東邦軍団〜」
井沢がぶんぶん手を振りながら呼んだ。
「石原軍団みたいに呼ぶんじゃねえ!」
っつかお前らだって南葛軍団だろーが!とツッコミを入れながら近づいてきたのは反町。
「お。まっつんおひさ〜vv」
「会ったじゃん。選手権大会で。」
「って開会式ですれ違っただけだろ〜っ」
「あ。おめでとう。」
「あ。どうもどうも。」
そんな会話を交わして、ふとまだ玄関付近にいる他の東邦組に目をやった。
日向、若島津、片山の長身トリオは固まって何やら話をしている。
思わずため息をひとつつく松山。
「…どしたの?」
「あ、いや、なんでも ない。」
「……」
(この分じゃ返事どころかまだ結論も出てないのかな?まっつん。)
まあ、もう俺がどうこう言うことじゃないけどね〜
反町は胸にチクンと痛みを感じながら苦笑いをする。
「そんじゃ点呼とりまーす。」
いつの間にやら監督と三杉含むコーチ陣の中にいた片山が言った。



「……」
挨拶や日程の説明が一通り終わり、配られた部屋割の紙を見て松山は絶句した。
(ええええええ〜…)
Jヴィレッジは4人部屋。
向かい合わせに2つずつベッドがあって、その間にそれぞれ机が2つずつ挟まっている。
2段ベッドのところよりは広めで部屋には小さいがテレビもついているので
松山お気に入りの合宿所のひとつだった。
「まっつやっまさんv今回同室っすねvv」
「お、おう。よろしく。」
にこにこの笑顔でやってきたのは新田だった。
そしてもう一人、隣に小さい奴が。
「よろしくお願いします。」
礼儀正しくお辞儀したのは佐野。
年下二人組である。
「にしても、せっかく松山さんと一緒なのに、あと一人はアイツかよ… チっ ついてねーよな佐野っっ」
「聞こえても知らないぞ。」
そう。新田の言うアイツとは
「おう。チビっ子。」
「ぎゃ!!や、ヤメロ!!」
新田の頭を上からぐりぐり撫でまわすのは日向。
確実に聞こえてたんだな…と隣の佐野は苦笑いする。
「決勝戦では世話になったな。」
「っせー!!来年はぜってー勝つかんな!!」
同級生にも敬語を使われるぐらいの日向なのに、
なぜか新田は他校とはいえ後輩のくせに一切敬語を使う気がないらしい。
しかし日向もなんだかんだ言いながら、結構新田をかわいがっているところがこれまた可笑しい。
たぶん弟みたいな感じで嬉しいんだろうな…と、二人の後ろ姿を見ながら松山は思った。
(それにしても、このタイミングで日向と同室か…)
2人部屋の合宿所でなかっただけマシなのかもしれないが、
どう考えても年下二人でつるむことが多いに決まっている。
(…でも、逆にそれは、言うチャンスがあるってことか。)
すうっと息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

反町と小田から言われ、松山はそれ以上逃げるのをやめた。
そして考えた。
日向に対する自分の気持ちを。
そしてそれを、どう伝えるべきかを。
そう。
結論は、もう出ている。


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